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第30話 揺れない基準
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第30話 揺れない基準
季節が、ゆっくりと一段進んだ。
朝の空気はまだ冷たいが、土の匂いが変わり始めている。
辺境伯領の政庁では、いつも通りの朝が始まっていた。
「今月の報告です」
資料が回る。
数字は、派手ではない。
だが、前月とほとんど同じ位置に並んでいる。
「……変わっていませんね」
若い補佐官が、少し不安そうに言う。
「ええ」
ミディア・バイエルンは、頷いた。
「それで、いいのです」
王都なら、停滞と呼ばれる。
成果を出せ、と急かされる。
だが、ここでは違う。
「変わらない、というのは」
ミディアは、言葉を選ぶ。
「基準が揺れていない、ということです」
会議室に、静かな理解が広がる。
基準。
それは、誰かの機嫌でも、上位の思惑でもない。
――生活が壊れないこと。
――続けられること。
それだけだ。
昼前、現場の巡回に出る。
倉庫では、前回と同じ手順で荷が動いている。
水路では、補修が定期的に行われている。
「変わり映えしませんね」
同行した職員が、冗談めかして言う。
「ええ」
ミディアは、少しだけ微笑む。
「それが、合格です」
午後、地方貴族連合の一人から、短い書簡が届いた。
――例の方法、試してみた。
――数字は増えないが、苦情が減った。
ミディアは、返事を書かない。
必要がないからだ。
方法は、渡した。
評価は、それぞれが持てばいい。
夕方、アイロス・アルツハイムが、政庁の廊下で立ち止まった。
「……王都から、正式な動きはありません」
「はい」
ミディアは、歩みを止めない。
「それも、基準の一つです」
「基準?」
「こちらが揺れなければ、向こうも揺らせません」
感情で押せば、反発が返る。
だが、基準で立てば、触れにくい。
夜、執務室に灯りが残る。
机の上には、過去の記録と、今の計画。
二つを見比べても、大きな差はない。
――同じように、進んでいる。
「……それでいい」
ミディアは、静かに確信する。
王都では、いまも評価が揺れている。
誰が正しいか、誰が上か。
だが、ここでは違う。
揺れない基準があれば、
立場も、噂も、届かない。
ミディア・バイエルンは、ペンを置いた。
選ばれなくてもいい。
呼ばれなくてもいい。
揺れない基準の上に立っている限り、
この場所は、崩れない。
それが、彼女が手に入れた、
いちばん静かな強さだった。
季節が、ゆっくりと一段進んだ。
朝の空気はまだ冷たいが、土の匂いが変わり始めている。
辺境伯領の政庁では、いつも通りの朝が始まっていた。
「今月の報告です」
資料が回る。
数字は、派手ではない。
だが、前月とほとんど同じ位置に並んでいる。
「……変わっていませんね」
若い補佐官が、少し不安そうに言う。
「ええ」
ミディア・バイエルンは、頷いた。
「それで、いいのです」
王都なら、停滞と呼ばれる。
成果を出せ、と急かされる。
だが、ここでは違う。
「変わらない、というのは」
ミディアは、言葉を選ぶ。
「基準が揺れていない、ということです」
会議室に、静かな理解が広がる。
基準。
それは、誰かの機嫌でも、上位の思惑でもない。
――生活が壊れないこと。
――続けられること。
それだけだ。
昼前、現場の巡回に出る。
倉庫では、前回と同じ手順で荷が動いている。
水路では、補修が定期的に行われている。
「変わり映えしませんね」
同行した職員が、冗談めかして言う。
「ええ」
ミディアは、少しだけ微笑む。
「それが、合格です」
午後、地方貴族連合の一人から、短い書簡が届いた。
――例の方法、試してみた。
――数字は増えないが、苦情が減った。
ミディアは、返事を書かない。
必要がないからだ。
方法は、渡した。
評価は、それぞれが持てばいい。
夕方、アイロス・アルツハイムが、政庁の廊下で立ち止まった。
「……王都から、正式な動きはありません」
「はい」
ミディアは、歩みを止めない。
「それも、基準の一つです」
「基準?」
「こちらが揺れなければ、向こうも揺らせません」
感情で押せば、反発が返る。
だが、基準で立てば、触れにくい。
夜、執務室に灯りが残る。
机の上には、過去の記録と、今の計画。
二つを見比べても、大きな差はない。
――同じように、進んでいる。
「……それでいい」
ミディアは、静かに確信する。
王都では、いまも評価が揺れている。
誰が正しいか、誰が上か。
だが、ここでは違う。
揺れない基準があれば、
立場も、噂も、届かない。
ミディア・バイエルンは、ペンを置いた。
選ばれなくてもいい。
呼ばれなくてもいい。
揺れない基準の上に立っている限り、
この場所は、崩れない。
それが、彼女が手に入れた、
いちばん静かな強さだった。
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