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22話 戻らないという選択
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22話 線を引く覚悟
線を引くという行為は、冷酷さと誤解されやすい。
だが実際には、それは守るための選択だ。守る対象が曖昧なままでは、いずれ全てが崩れる。
王宮の朝は、いつもより静かだった。
ざわめきがないというより、息を潜めている――そんな空気。
「殿下、本日の議題です」
差し出された書類の中に、一通の嘆願書があった。
差出人は、古参貴族の一派。改革初期から不満を抱きつつも、露骨な反発は避けてきた集団だ。
「内容は?」
「基準の再考を求めています。特例措置の復活を」
レオンハルトは、ゆっくりと書類に目を通した。
言葉は丁寧で、論調も穏やかだ。だが、行間にあるのは明確な意図――線を曖昧にしたい。
「理由は?」
「“これまで通りのやり方”が通用しなくなった、と」
「通用しないから、変えた」
即答だった。
議論は不要。理由はすでに共有されている。
会合の場で、その判断は公にされた。
一瞬、空気が張りつめる。
「殿下、それでは一部が立ち行かなくなります」 「承知しています」
「救済は?」 「再計画の支援のみです」
救わない、とは言っていない。
だが、戻さないとも、はっきり示した。
「線は引いた。越えさせない」
その言葉に、反論は続かなかった。
納得ではない。ただ、理解したのだ。押しても動かない、と。
一方、フォーマルハウト領。
私は集会所で、同じ種類の問題に向き合っていた。
「以前の特例を、今回も適用できませんか?」
若い役人の問いに、私は首を横に振る。
「できません」
「ですが、事情が……」
「事情は理解しています。でも、基準を曲げれば、次も求められます」
声を荒げる必要はない。
線は、静かに示せばいい。
「代替案はあります。こちらを」
机に置いたのは、条件を満たす別の手続き。
時間はかかる。手間も増える。だが、線は越えない。
「……分かりました」
彼は深く頭を下げた。
失望ではない。納得だ。
午後、領内を巡回する。
不満が全くないわけではない。それでも、混乱は起きていない。
(線が、見えているから)
人は、越えられない線がある方が、かえって動きやすい。
同じ頃、王宮では反応が出始めていた。
強い反発はない。だが、水面下で距離を取る者が現れる。
「殿下、一部が離反気味です」
「構わない」
レオンハルトは、静かに言った。
「全員を連れて行く必要はない。基準を守る者だけで、進む」
選別ではない。
選択だ。
夜。
王宮の廊下は長く、静かだった。レオンハルトは一人歩きながら、心の中で名を呼ぶ。
(タリタなら、どうする)
答えは分かっている。
彼女は、同じ線を引く。迷いなく。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌に短く記す。
――線を引いた。今日も。
ためらいはない。
線の向こうに残るものより、線のこちら側を守る方が、ずっと大切だから。
線を引く覚悟は、孤独を伴う。
だが、その孤独こそが――
日常を守る、最後の砦だった。
線を引くという行為は、冷酷さと誤解されやすい。
だが実際には、それは守るための選択だ。守る対象が曖昧なままでは、いずれ全てが崩れる。
王宮の朝は、いつもより静かだった。
ざわめきがないというより、息を潜めている――そんな空気。
「殿下、本日の議題です」
差し出された書類の中に、一通の嘆願書があった。
差出人は、古参貴族の一派。改革初期から不満を抱きつつも、露骨な反発は避けてきた集団だ。
「内容は?」
「基準の再考を求めています。特例措置の復活を」
レオンハルトは、ゆっくりと書類に目を通した。
言葉は丁寧で、論調も穏やかだ。だが、行間にあるのは明確な意図――線を曖昧にしたい。
「理由は?」
「“これまで通りのやり方”が通用しなくなった、と」
「通用しないから、変えた」
即答だった。
議論は不要。理由はすでに共有されている。
会合の場で、その判断は公にされた。
一瞬、空気が張りつめる。
「殿下、それでは一部が立ち行かなくなります」 「承知しています」
「救済は?」 「再計画の支援のみです」
救わない、とは言っていない。
だが、戻さないとも、はっきり示した。
「線は引いた。越えさせない」
その言葉に、反論は続かなかった。
納得ではない。ただ、理解したのだ。押しても動かない、と。
一方、フォーマルハウト領。
私は集会所で、同じ種類の問題に向き合っていた。
「以前の特例を、今回も適用できませんか?」
若い役人の問いに、私は首を横に振る。
「できません」
「ですが、事情が……」
「事情は理解しています。でも、基準を曲げれば、次も求められます」
声を荒げる必要はない。
線は、静かに示せばいい。
「代替案はあります。こちらを」
机に置いたのは、条件を満たす別の手続き。
時間はかかる。手間も増える。だが、線は越えない。
「……分かりました」
彼は深く頭を下げた。
失望ではない。納得だ。
午後、領内を巡回する。
不満が全くないわけではない。それでも、混乱は起きていない。
(線が、見えているから)
人は、越えられない線がある方が、かえって動きやすい。
同じ頃、王宮では反応が出始めていた。
強い反発はない。だが、水面下で距離を取る者が現れる。
「殿下、一部が離反気味です」
「構わない」
レオンハルトは、静かに言った。
「全員を連れて行く必要はない。基準を守る者だけで、進む」
選別ではない。
選択だ。
夜。
王宮の廊下は長く、静かだった。レオンハルトは一人歩きながら、心の中で名を呼ぶ。
(タリタなら、どうする)
答えは分かっている。
彼女は、同じ線を引く。迷いなく。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌に短く記す。
――線を引いた。今日も。
ためらいはない。
線の向こうに残るものより、線のこちら側を守る方が、ずっと大切だから。
線を引く覚悟は、孤独を伴う。
だが、その孤独こそが――
日常を守る、最後の砦だった。
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