婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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23話 交わらない線

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23話 交わらない線

 王宮に戻った“普通”は、静かで、そして容赦がなかった。
 基準が定まり、例外が消え、判断は速い。だが、速さは常に正しさを保証しない。だからこそ、結果がそのまま評価になる。

「殿下、今月の集計です」

 側近が置いた帳票には、明確な差が並んでいた。
 基準に適応した部局は、進捗が良い。適応できなかった部局は、遅れと摩擦を抱えている。

「原因は?」

「判断の遅れです。責任の引き受けを、最後まで躊躇しました」

 レオンハルトは頷いた。
 躊躇は理解できる。だが、理解しても、線は引いたままだ。

「支援は?」

「基準の再説明のみです。例外は、ありません」

「それでいい」

 救済ではなく、再提示。
 線を越えさせないための配慮だ。

 昼過ぎ、評議室で小さな衝突が起きた。
 古参の一人が、静かに言葉を選んだ。

「……殿下。以前のやり方に戻せば、摩擦は減ります」

「摩擦が減る代わりに、責任が薄まる」

「ですが、現場が――」

「現場は、判断を待つためにあるわけではない」

 言い切りは冷たく聞こえた。
 だが、その冷たさが、基準を保つ。

 沈黙の後、古参は小さく頭を下げた。
 納得ではない。理解だ。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の巡回は、いつもと同じ速度で進む。私は倉庫で在庫を確認し、担当者と短く話した。

「次の入荷は?」

「予定通りです。遅延はありません」

「なら、変更なしで」

 判断は短く、理由は数字にある。
 線は、ここでは日常だ。

 午後、執事が一通の書簡を差し出した。
 差出人は、王宮の名のある官僚。内容は丁寧で、しかし核心を避けている。

『現行の基準を、地方にも共有したい。協力を願えないか』

 私は読み終え、静かに首を振った。

(共有は、命令になる)

 私は返事を書かない。
 線を交わらせないという選択は、相手を尊重することでもある。

 同じ頃、王宮では“交わらない”という事実が、少しずつ理解され始めていた。

「彼女は、協力しない」 「だが、妨害もしない」

「……それが、一番厄介だな」

 厄介ではある。
 だが、健全だ。

 夜。
 レオンハルトは執務室に一人残り、帳票を閉じた。
 基準は守られている。だが、全員がついて来るわけではない。

(交わらない線)

 それは分断ではない。
 役割を混ぜないための境界だ。

 同じ夜、フォーマルハウト領の灯りは静かに並んでいた。
 私は日誌を閉じ、窓辺に立つ。

 線は、交わらなくていい。
 交わらないからこそ、互いに自分の道を進める。

 星を見上げ、短く息を吐く。
 戻らない距離は、変わらない。

 だが、その距離の上で――
 王宮は王宮として、
 私は私として、
 それぞれの責任を、静かに果たし始めていた。
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