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第16話: 心の揺らぎ
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第16話: 心の揺らぎ
辺境の領地は、秋の柔らかな陽光に包まれていた。
薬草園は収穫の最盛期を迎え、村人たちが笑顔で作業に励んでいる。
エルカミーノは屋敷のテラスで、届いたばかりの手紙を読み返していた。
ヴィオラからの二通目の手紙――王都の魔瘴病がさらに悪化し、父上も体調を崩し始めているという内容だった。
『エルカミーノ、あなたの薬が本当に必要なの。
もし可能なら、少しだけでも王都へ送ってくれないかしら……
家族として、誇らしいけど、心配でたまらないわ』
エルカミーノは手紙を胸に押し当て、静かに目を閉じた。
(王都へ……か)
これまで、彼女は意地を張っていたわけではない。
ただ、追放された身として戻る気はなかったし、元婚約者のカイロンに頭を下げるつもりもなかった。
しかし、家族のことになると話は別だ。
セシルが心配そうに近づいてくる。
「お嬢様、また姉様からのお手紙ですか?
……王都の病、本当にひどいみたいですわね」
エルカミーノは頷き、手紙を畳んだ。
「少し、薬を送ってみようかしら。
匿名で、ヴィオラ経由で」
その時、村の入り口で馬の蹄の音が響いた。
黒と紫の馬車――ラクティスが、また予定より早く訪れたのだ。
彼は一人で庭に入り、エルカミーノの前に立った。
今日はいつもより柔らかな表情で、懐から小さな包みを取り出す。
「約束の薬草の種だ。
君が欲しがっていた、希少な月光花のもの」
エルカミーノは驚きながら受け取った。
「ありがとうございます……でも、どうして今日?」
ラクティスは薬草園を見回し、静かに言った。
「王都の病が、こちらにも波及し始めていると聞いた。
お前のポーションがなければ、対処は難しい」
彼は一歩近づき、声を低くした。
「だから、改めて頼む。
エルドラントへ来てくれ。
そこなら、君の薬を大陸全体に届けられる。
……そして、僕のそばにいてほしい」
紫の瞳が、真っ直ぐにエルカミーノを見つめる。
そこにあったのは、冷徹な魔導公爵ではなく、ただ一人の男の願いだった。
エルカミーノの心が、大きく揺れた。
(恋愛なんて面倒、と思っていたのに……
この人といると、錬金が楽しくて、毎日が輝いてる)
彼女は視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「……まだ、答えは出せません。
でも、ラクティス殿下が来てくれるのは、嬉しいです」
ラクティスはわずかに目を細め、優しく微笑んだ。
「それで十分だ。
急がない。君が決めるまで、待つ」
その直後、村の入り口で別の馬車が止まった。
今度はアルディア王国の紋章入り――王都からの公式使者だ。
使者が屋敷に上がり、深々と頭を下げた。
「エルカミーノ・フォン・リンデル様。
王宮より緊急の要請です。
魔瘴病の治療薬を、至急王都へお届けいただきたい。
……王太子殿下も、聖女様も、皆様がお待ちしております」
エルカミーノの表情が、静かに硬くなった。
ラクティスが横から、冷ややかな視線を使者に向ける。
セシルが小声で呟く。
「お嬢様……どうなさいます?」
秋風が薬草を揺らし、
エルカミーノの黒髪を優しく撫でた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、
まだ答えを出さないまま、ただ静かに微笑んだ。
辺境の領地は、秋の柔らかな陽光に包まれていた。
薬草園は収穫の最盛期を迎え、村人たちが笑顔で作業に励んでいる。
エルカミーノは屋敷のテラスで、届いたばかりの手紙を読み返していた。
ヴィオラからの二通目の手紙――王都の魔瘴病がさらに悪化し、父上も体調を崩し始めているという内容だった。
『エルカミーノ、あなたの薬が本当に必要なの。
もし可能なら、少しだけでも王都へ送ってくれないかしら……
家族として、誇らしいけど、心配でたまらないわ』
エルカミーノは手紙を胸に押し当て、静かに目を閉じた。
(王都へ……か)
これまで、彼女は意地を張っていたわけではない。
ただ、追放された身として戻る気はなかったし、元婚約者のカイロンに頭を下げるつもりもなかった。
しかし、家族のことになると話は別だ。
セシルが心配そうに近づいてくる。
「お嬢様、また姉様からのお手紙ですか?
……王都の病、本当にひどいみたいですわね」
エルカミーノは頷き、手紙を畳んだ。
「少し、薬を送ってみようかしら。
匿名で、ヴィオラ経由で」
その時、村の入り口で馬の蹄の音が響いた。
黒と紫の馬車――ラクティスが、また予定より早く訪れたのだ。
彼は一人で庭に入り、エルカミーノの前に立った。
今日はいつもより柔らかな表情で、懐から小さな包みを取り出す。
「約束の薬草の種だ。
君が欲しがっていた、希少な月光花のもの」
エルカミーノは驚きながら受け取った。
「ありがとうございます……でも、どうして今日?」
ラクティスは薬草園を見回し、静かに言った。
「王都の病が、こちらにも波及し始めていると聞いた。
お前のポーションがなければ、対処は難しい」
彼は一歩近づき、声を低くした。
「だから、改めて頼む。
エルドラントへ来てくれ。
そこなら、君の薬を大陸全体に届けられる。
……そして、僕のそばにいてほしい」
紫の瞳が、真っ直ぐにエルカミーノを見つめる。
そこにあったのは、冷徹な魔導公爵ではなく、ただ一人の男の願いだった。
エルカミーノの心が、大きく揺れた。
(恋愛なんて面倒、と思っていたのに……
この人といると、錬金が楽しくて、毎日が輝いてる)
彼女は視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「……まだ、答えは出せません。
でも、ラクティス殿下が来てくれるのは、嬉しいです」
ラクティスはわずかに目を細め、優しく微笑んだ。
「それで十分だ。
急がない。君が決めるまで、待つ」
その直後、村の入り口で別の馬車が止まった。
今度はアルディア王国の紋章入り――王都からの公式使者だ。
使者が屋敷に上がり、深々と頭を下げた。
「エルカミーノ・フォン・リンデル様。
王宮より緊急の要請です。
魔瘴病の治療薬を、至急王都へお届けいただきたい。
……王太子殿下も、聖女様も、皆様がお待ちしております」
エルカミーノの表情が、静かに硬くなった。
ラクティスが横から、冷ややかな視線を使者に向ける。
セシルが小声で呟く。
「お嬢様……どうなさいます?」
秋風が薬草を揺らし、
エルカミーノの黒髪を優しく撫でた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、
まだ答えを出さないまま、ただ静かに微笑んだ。
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