婚約破棄された千年転生令嬢は、名も居場所も縛られずに生きると決めました ――助けを乞うなら条件付きですわあ

ふわふわ

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第12話 私は、もうこの国の人間ではありません

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第12話 私は、もうこの国の人間ではありません

 翌朝、王城に正式な通達が出された。
 疫病対策の指揮権は段階的に現地医師団へ移譲され、私の役目は「特別顧問」という、きわめて曖昧な立場へと移行する――そして、それは事実上の任務終了を意味していた。

 引き止めはない。
 過度な称賛も、英雄扱いもない。

(……理解が早くて助かりますわね)

 災厄のあとに、英雄を祭り上げる国は多い。
 だが、それは往々にして次の歪みを生む。
 この国は――少なくとも今回、その過ちを選ばなかった。

 執務室で最後の引き継ぎを行う。
 症例の整理、再発防止策、医療拠点の分散計画。
 どれも“私がいなくなったあと”を前提にした内容だ。

「……ここまで、徹底されるとは」

 宰相が、書類を抱えたまま呟いた。

「私がいなくても回る仕組みでなければ、意味がありませんもの」
 私は淡々と答える。
「人に依存する国は、必ず同じ過ちを繰り返します」

 宰相はしばらく黙り込み、それから深々と頭を下げた。

「……この国は、多くを学びました」
「そして、我々はあなたに、返しきれない恩を負いました」

「恩など、結構ですわ」

 私は書類を閉じ、はっきりと言った。

「それは、この国がこれからどう変わるかで、返してください」
「私に向ける必要はありません」

 称号の提案が出た。
 永住権、特別待遇、王城医療顧問の地位。

 すべて、辞退した。

 それらは、かつての私なら“当然の報酬”として受け取っていたものだ。
 聖女として、英雄として、国に縛られていた頃の私なら。

(……もう、いりませんわね)

 城門へ向かう途中、私は一度だけ足を止めた。
 礼拝堂の前。

 重い扉の向こうから、微かな祈りの声が漏れてくる。

(……まだ、ですのね)

 聖女リリカ。
 彼女は今も、祈ることで自分の存在を繋ぎ止めている。

 私は扉を開けなかった。
 助言は、求められた時にだけ意味を持つ。
 それに――

(彼女が立ち上がるかどうかは、私の仕事ではありませんわ)

 城門の外では、数人の市民が待っていた。
 医師、看護人、名も知らぬ人々。

「ありがとうございました!」
「あなたが来てくれなければ……!」

 その言葉に、私は首を横に振る。

「感謝は、ここに残る人たちに」
「この国を立て直す力を、彼らに向けてくださいな」

 誰か一人を讃えるより、
 多くの人が“自分の役割”を取り戻すほうが、ずっと大切だ。

 馬車に乗り込み、扉が閉まる。

 その瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が、すっと抜けた。

(……終わりましたわ)

 追放された国での役目は、完全に。

 街並みが遠ざかり、国境が近づく。
 かつて涙もなく追い出された道を、今度は自分の意志で進んでいく。

 国境の門番が、私を見て一瞬ためらい、やがて問いかける。

「……お名前を」

 私は、少しだけ考え――微笑んだ。

「ただの旅人ですわ」

 それだけ答え、門をくぐる。

 外の空気は、驚くほど澄んでいた。
 肩書きも、義務も、期待もない。

(帰る場所は……)

 自然と浮かぶのは、ガルディア王国。
 名を名乗らぬ青年。
 誰も私を“役割”で縛らない場所。

「千年生きて、ようやくですわね」

 馬車の中で、私は静かに微笑んだ。

 選ばれる人生ではなく、
 自分で選ぶ人生を歩けるようになった。

 この先、私は再び何かを救うかもしれない。
 あるいは、ただ穏やかに日々を過ごすだけかもしれない。

 それを決めるのは――
 国でも、神でも、称号でもない。

 私自身だ。

 物語は、ここで一区切り。
 そして同時に――
 本当の人生が、ここから始まるのだから。
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