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第二十話 揺るがぬ現在
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第二十話 揺るがぬ現在
辺境公爵領に、穏やかな雨上がりの朝が訪れていた。
石畳はまだ湿っているが、空気は澄み、城下町にはいつもどおりの喧騒が戻っている。
市場では商人が荷を広げ、街道から戻った馬車が次々と門をくぐった。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、城のテラスからその様子を眺めていた。
「……動いていますね」
それは感想であり、確認でもある。
この領は、今日も滞りなく機能している。
執務室に戻ると、すでに数件の報告が届いていた。
物流拠点の稼働率、税収の速報値、街道沿いの治安状況。
どれも想定の範囲内で、極端な偏りはない。
「問題なし……ではありませんが、対処可能ですね」
小さく呟き、必要な指示を走り書きする。
完璧な日など存在しない。
重要なのは、問題が「見える」ことと、「手を打てる」ことだ。
午前の会議では、若い文官が一つの提案を出した。
「物流拠点の管理についてですが、将来的に自治的な運営組織を設けてはどうかと」
一瞬、場が静まる。
新しい試みだ。
管理を手放すことへの不安もある。
だが、マルグリットはすぐに口を開いた。
「段階的に、なら検討する価値はあります」
文官が、驚いたように顔を上げる。
「ただし、責任の所在と監査の仕組みは必須です。
丸投げではなく、“任せる準備”をすることが前提です」
「……はい」
「試験的に、小規模な区域から始めましょう。
失敗しても、取り返せる範囲で」
フェリクス・フォン・グランツは、腕を組んだまま頷いた。
「良い判断だ。
この領は、次の段階に入っている」
誰も反対しなかった。
それは信頼の結果であり、同時に、彼女一人に依存していない証でもある。
昼過ぎ、マルグリットは短い休憩を取った。
用意された紅茶を口に含み、窓の外を眺める。
王宮で過ごしていた頃と、同じ時間帯。
だが、感じる重さはまるで違う。
「……今は、重くありませんね」
忙しい。
責任もある。
だが、息が詰まることはない。
それが、“揺るがぬ現在”なのだと、彼女は思う。
一方、王宮では。
ロイド・ヴァルシュタインが、新設された実務調整官の報告を受けていた。
「……運用は、どうだ」
「正直に申し上げますと……まだ、機能しきれておりません」
側近の言葉は慎重だ。
「権限分担に慣れていない者が多く、判断が滞る場面も見られます」
「……そうか」
ロイドは、ゆっくりと息を吐いた。
仕組みを作れば、すぐに回ると思っていた。
だが、それは幻想だった。
人が育たなければ、仕組みは形骸化する。
そして、人を育てるには、時間が必要だ。
「辺境公爵領は、どうだ」
「……安定しています。
むしろ、次の段階を見据えているようです」
ロイドは、目を閉じた。
追いつけない。
だが、追い戻すこともできない。
それが、現実だった。
夕方、辺境公爵領の城では、簡単な報告会が終わったところだった。
「今日は、ここまでにしましょう」
マルグリットの言葉で、皆が立ち上がる。
「明日は、自治組織案の詳細を詰めます。
無理はしませんが、準備は進めます」
「了解しました」
人々の返事には、余裕があった。
仕事が終わり、マルグリットは城の外に出る。
雨上がりの空に、夕焼けが滲んでいる。
「……ここは、今日も揺れていません」
王宮のことを考えないわけではない。
だが、それに引きずられることもない。
過去は、すでに整理された。
未来は、誰かが選んでくれるものではない。
今、この場所で、
自分が選び、積み上げているもの。
それこそが、彼女の現在だ。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、歩き出す。
次の判断へ。
次の積み上げへ。
揺るがぬ現在は、
奇跡のように突然訪れたものではない。
選び続けた結果として、
静かに、確かに、ここにある。
辺境公爵領に、穏やかな雨上がりの朝が訪れていた。
石畳はまだ湿っているが、空気は澄み、城下町にはいつもどおりの喧騒が戻っている。
市場では商人が荷を広げ、街道から戻った馬車が次々と門をくぐった。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、城のテラスからその様子を眺めていた。
「……動いていますね」
それは感想であり、確認でもある。
この領は、今日も滞りなく機能している。
執務室に戻ると、すでに数件の報告が届いていた。
物流拠点の稼働率、税収の速報値、街道沿いの治安状況。
どれも想定の範囲内で、極端な偏りはない。
「問題なし……ではありませんが、対処可能ですね」
小さく呟き、必要な指示を走り書きする。
完璧な日など存在しない。
重要なのは、問題が「見える」ことと、「手を打てる」ことだ。
午前の会議では、若い文官が一つの提案を出した。
「物流拠点の管理についてですが、将来的に自治的な運営組織を設けてはどうかと」
一瞬、場が静まる。
新しい試みだ。
管理を手放すことへの不安もある。
だが、マルグリットはすぐに口を開いた。
「段階的に、なら検討する価値はあります」
文官が、驚いたように顔を上げる。
「ただし、責任の所在と監査の仕組みは必須です。
丸投げではなく、“任せる準備”をすることが前提です」
「……はい」
「試験的に、小規模な区域から始めましょう。
失敗しても、取り返せる範囲で」
フェリクス・フォン・グランツは、腕を組んだまま頷いた。
「良い判断だ。
この領は、次の段階に入っている」
誰も反対しなかった。
それは信頼の結果であり、同時に、彼女一人に依存していない証でもある。
昼過ぎ、マルグリットは短い休憩を取った。
用意された紅茶を口に含み、窓の外を眺める。
王宮で過ごしていた頃と、同じ時間帯。
だが、感じる重さはまるで違う。
「……今は、重くありませんね」
忙しい。
責任もある。
だが、息が詰まることはない。
それが、“揺るがぬ現在”なのだと、彼女は思う。
一方、王宮では。
ロイド・ヴァルシュタインが、新設された実務調整官の報告を受けていた。
「……運用は、どうだ」
「正直に申し上げますと……まだ、機能しきれておりません」
側近の言葉は慎重だ。
「権限分担に慣れていない者が多く、判断が滞る場面も見られます」
「……そうか」
ロイドは、ゆっくりと息を吐いた。
仕組みを作れば、すぐに回ると思っていた。
だが、それは幻想だった。
人が育たなければ、仕組みは形骸化する。
そして、人を育てるには、時間が必要だ。
「辺境公爵領は、どうだ」
「……安定しています。
むしろ、次の段階を見据えているようです」
ロイドは、目を閉じた。
追いつけない。
だが、追い戻すこともできない。
それが、現実だった。
夕方、辺境公爵領の城では、簡単な報告会が終わったところだった。
「今日は、ここまでにしましょう」
マルグリットの言葉で、皆が立ち上がる。
「明日は、自治組織案の詳細を詰めます。
無理はしませんが、準備は進めます」
「了解しました」
人々の返事には、余裕があった。
仕事が終わり、マルグリットは城の外に出る。
雨上がりの空に、夕焼けが滲んでいる。
「……ここは、今日も揺れていません」
王宮のことを考えないわけではない。
だが、それに引きずられることもない。
過去は、すでに整理された。
未来は、誰かが選んでくれるものではない。
今、この場所で、
自分が選び、積み上げているもの。
それこそが、彼女の現在だ。
マルグリット・フォン・ルーヴェンは、歩き出す。
次の判断へ。
次の積み上げへ。
揺るがぬ現在は、
奇跡のように突然訪れたものではない。
選び続けた結果として、
静かに、確かに、ここにある。
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