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第4話 辺境送りと聞いて、なぜか心が軽くなりました
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第4話 辺境送りと聞いて、なぜか心が軽くなりました
その通達は、思っていたよりもあっさりと届いた。
王城を発つ三日前の朝。
執務用の簡素な封筒が、私の控えの間に静かに置かれていた。
「エリシア・ヴァレンシュタイン侯爵令嬢に告ぐ。
今後、あなたは王都を離れ、クロイツ公爵領に身を置くものとする――」
淡々とした文面。
情も配慮もなく、ただ事実だけが記されている。
私は書面を最後まで読み終え、そっと机の上に置いた。
「……やはり、辺境ですのね」
予想通りだった。
婚約破棄された元王太子妃候補が、王都に留まる理由などない。
周囲の反応も、ほとんど想像がつく。
――厄介払い。
――名目上は保護、実態は追放。
けれど。
胸の奥に広がった感情は、落胆ではなかった。
(静か……)
それが、最初に浮かんだ言葉だった。
辺境公爵領。
王都から遠く、華やかな社交も、過剰な期待もない場所。
噂によれば、厳しい土地ではあるものの、領政は安定しており、無用な干渉も少ないという。
――それは、今の私にとって、理想に近い。
「エリシア様……」
背後から、控えめな声がした。
振り返ると、マルタが心配そうな表情で立っている。
「通達、届きましたか?」
「ええ。クロイツ公爵領へ、ですって」
私がそう言うと、彼女は思わず声を上げた。
「そ、そんな……! あそこは辺境です。冬は厳しく、王都とは比べ物にならないほど――」
「静かでしょう?」
「……え?」
遮るようにそう言うと、マルタは一瞬言葉を失った。
「人も少なく、噂話も届きにくい。
社交の義務も、王太子妃教育もない」
私は、少しだけ微笑む。
「悪くないと思いませんか?」
マルタは、驚いたように私を見つめていた。
そして次の瞬間、困ったように眉を下げる。
「……エリシア様は、本当にお強い方ですね」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「強いのではなく、もう無理をしたくないだけです」
これ以上、誰かの理想に応えるために、自分を削る気力は残っていなかった。
それが弱さだと言われるなら、私はそれで構わない。
むしろ――
ようやく、自分の限界を認められた気がしていた。
その日の午後、数名の貴族が私の元を訪れた。
中には、昨日まで親しげに話しかけてきた顔もある。
「突然のことで、お気の毒ですわね」
「辺境送りだなんて……」
口々に同情の言葉を並べながら、彼らの視線は、どこか好奇心に満ちている。
――どんな顔をするのか。
――どれほど落ち込んでいるのか。
そう期待しているのが、はっきりと分かった。
「ご心配、ありがとうございます」
私は、いつも通りの声音で答えた。
「でも、静かな場所で過ごすのも、悪くありませんわ」
一瞬、場の空気が止まる。
「……お嫌では、ないのですか?」
「ええ」
私ははっきりと頷いた。
「むしろ、ありがたいくらいです」
その言葉に、彼らは返す言葉を失ったようだった。
期待していた反応ではなかったのだろう。
ほどなくして、彼らは早々に引き上げていった。
静かになった部屋で、私は深く息を吐く。
(もう、演じなくていい)
悲しむ令嬢。
不幸な元婚約者。
哀れな追放者。
そうした役割を、私は引き受けるつもりはなかった。
夜、荷造りを始めながら、私はふと思う。
クロイツ公爵とは、どんな人物なのだろうか。
王都ではほとんど姿を見せず、必要最低限の報告しか寄越さない人物。
冷静で、無駄を嫌い、感情を表に出さない――そんな噂ばかりだ。
(……少し、私に似ているかもしれませんわね)
そう思った瞬間、ほんのわずかに興味が湧いた。
誰かの期待に応えるためではない。
役割を演じるためでもない。
ただ、自分として生きるために向かう土地。
辺境送り――
世間では、そう呼ばれるのだろう。
けれど私にとっては。
(ようやく、休める場所)
そう思うと、胸の奥に小さな安堵が灯った。
王城を離れる日が、刻一刻と近づいている。
けれど、不思議と名残惜しさはなかった。
期待も、評価も、理想も置いていく。
持っていくのは、必要最低限の荷物と――
これからは、無理をしないという決意だけ。
辺境送りと聞いて、
私は初めて、未来に向かって歩き出せる気がしていた。
その通達は、思っていたよりもあっさりと届いた。
王城を発つ三日前の朝。
執務用の簡素な封筒が、私の控えの間に静かに置かれていた。
「エリシア・ヴァレンシュタイン侯爵令嬢に告ぐ。
今後、あなたは王都を離れ、クロイツ公爵領に身を置くものとする――」
淡々とした文面。
情も配慮もなく、ただ事実だけが記されている。
私は書面を最後まで読み終え、そっと机の上に置いた。
「……やはり、辺境ですのね」
予想通りだった。
婚約破棄された元王太子妃候補が、王都に留まる理由などない。
周囲の反応も、ほとんど想像がつく。
――厄介払い。
――名目上は保護、実態は追放。
けれど。
胸の奥に広がった感情は、落胆ではなかった。
(静か……)
それが、最初に浮かんだ言葉だった。
辺境公爵領。
王都から遠く、華やかな社交も、過剰な期待もない場所。
噂によれば、厳しい土地ではあるものの、領政は安定しており、無用な干渉も少ないという。
――それは、今の私にとって、理想に近い。
「エリシア様……」
背後から、控えめな声がした。
振り返ると、マルタが心配そうな表情で立っている。
「通達、届きましたか?」
「ええ。クロイツ公爵領へ、ですって」
私がそう言うと、彼女は思わず声を上げた。
「そ、そんな……! あそこは辺境です。冬は厳しく、王都とは比べ物にならないほど――」
「静かでしょう?」
「……え?」
遮るようにそう言うと、マルタは一瞬言葉を失った。
「人も少なく、噂話も届きにくい。
社交の義務も、王太子妃教育もない」
私は、少しだけ微笑む。
「悪くないと思いませんか?」
マルタは、驚いたように私を見つめていた。
そして次の瞬間、困ったように眉を下げる。
「……エリシア様は、本当にお強い方ですね」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「強いのではなく、もう無理をしたくないだけです」
これ以上、誰かの理想に応えるために、自分を削る気力は残っていなかった。
それが弱さだと言われるなら、私はそれで構わない。
むしろ――
ようやく、自分の限界を認められた気がしていた。
その日の午後、数名の貴族が私の元を訪れた。
中には、昨日まで親しげに話しかけてきた顔もある。
「突然のことで、お気の毒ですわね」
「辺境送りだなんて……」
口々に同情の言葉を並べながら、彼らの視線は、どこか好奇心に満ちている。
――どんな顔をするのか。
――どれほど落ち込んでいるのか。
そう期待しているのが、はっきりと分かった。
「ご心配、ありがとうございます」
私は、いつも通りの声音で答えた。
「でも、静かな場所で過ごすのも、悪くありませんわ」
一瞬、場の空気が止まる。
「……お嫌では、ないのですか?」
「ええ」
私ははっきりと頷いた。
「むしろ、ありがたいくらいです」
その言葉に、彼らは返す言葉を失ったようだった。
期待していた反応ではなかったのだろう。
ほどなくして、彼らは早々に引き上げていった。
静かになった部屋で、私は深く息を吐く。
(もう、演じなくていい)
悲しむ令嬢。
不幸な元婚約者。
哀れな追放者。
そうした役割を、私は引き受けるつもりはなかった。
夜、荷造りを始めながら、私はふと思う。
クロイツ公爵とは、どんな人物なのだろうか。
王都ではほとんど姿を見せず、必要最低限の報告しか寄越さない人物。
冷静で、無駄を嫌い、感情を表に出さない――そんな噂ばかりだ。
(……少し、私に似ているかもしれませんわね)
そう思った瞬間、ほんのわずかに興味が湧いた。
誰かの期待に応えるためではない。
役割を演じるためでもない。
ただ、自分として生きるために向かう土地。
辺境送り――
世間では、そう呼ばれるのだろう。
けれど私にとっては。
(ようやく、休める場所)
そう思うと、胸の奥に小さな安堵が灯った。
王城を離れる日が、刻一刻と近づいている。
けれど、不思議と名残惜しさはなかった。
期待も、評価も、理想も置いていく。
持っていくのは、必要最低限の荷物と――
これからは、無理をしないという決意だけ。
辺境送りと聞いて、
私は初めて、未来に向かって歩き出せる気がしていた。
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