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第20話 静かな場所で、私は未来の話をしました
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第20話 静かな場所で、私は未来の話をしました
王都からの知らせが途絶えてから、さらに数日が過ぎた。
公爵邸の日常は、変わらず穏やかだ。
慌ただしさも、緊張も、ここにはない。
けれど私は、少しだけ気づいていた。
(……私、もう「過去」のことばかり考えていませんわね)
王都の混乱。
王太子の焦り。
失われた調整役。
それらは確かに、私の過去の一部だ。
けれど最近は、それよりも――
「この先」を考える時間の方が、増えていた。
午後、庭の奥の東屋で、私は紅茶を飲んでいた。
特別な意味はない。
ただ、ここが気に入っているだけだ。
「……珍しいな」
静かな声が聞こえ、顔を上げる。
アルトゥール・クロイツ公爵が、
いつの間にか東屋の前に立っていた。
「ここにいるとは思わなかった」
「私もですわ。
気づいたら、ここにいました」
そう答えると、
彼は少しだけ視線を外し、
東屋の柱に寄りかかる。
「……落ち着いているようだな」
「ええ」
即答だった。
この場所では、
嘘をつく必要がない。
「王都の件で、
心が揺れることはないか」
その問いに、私は少し考える。
「……全くない、と言えば嘘になります」
正直に答える。
「でも、それは後悔ではありません。
ただ……距離を感じるだけです」
「距離」
「はい。
あちらは、もう私の世界ではないのだと」
口にして、
自分でも驚くほど、自然な言葉だった。
アルトゥール公爵は、
それを否定しない。
「ならば」
彼は、低い声で続ける。
「これからの話をする頃合いだな」
その言葉に、
胸がわずかに跳ねた。
「……これから、ですか?」
「いつまでも、
“何もしない場所”に
留まる必要はない」
責める響きは、ない。
追い立てる気配も、ない。
ただ、選択肢としての提示。
「君が望むなら、
この領地での役割を持つこともできる。
望まなければ、持たなくてもいい」
私は、紅茶のカップを見つめる。
役割。
その言葉に、以前ほどの抵抗はない。
「……正直に申し上げますと」
私は、ゆっくりと口を開いた。
「今すぐ、何かを成し遂げたいとは思えません」
「そうだろうな」
「でも」
一度、言葉を切る。
「何もしないままでいたい、とも思っていません」
それは、自分でも意外な本音だった。
休むことを覚えた。
何もしない選択を、肯定できるようになった。
けれど同時に、
ここでなら――
自分を削らずに、
何かをしてもいいのではないか。
そんな気持ちが、
静かに芽生えていた。
「……少しずつで、いいのですわよね」
「もちろんだ」
即答だった。
「急ぐ理由は、どこにもない」
その言葉に、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「例えば」
私は、勇気を出して続けた。
「人と人を繋ぐこと。
衝突を和らげること。
……そういう役割なら」
王都で、
知らないうちに担っていたもの。
でも今度は、
誰かに押しつけられる形ではなく。
「やりたいと思ったときに、
自分の意思で」
アルトゥール公爵は、
静かに頷いた。
「それは、この領地にとっても有益だ」
評価ではない。
事実としての言葉。
「だが、条件がある」
「条件、ですか?」
「無理をしないこと。
限界を越えないこと」
彼は、こちらをまっすぐに見た。
「それが守れないなら、
やらない方がいい」
その真剣さに、
私は思わず微笑む。
「……厳しいのですね」
「前例がある」
短く、そう返された。
前例――
それが、私自身を指していることは、
言うまでもない。
東屋を抜ける風が、
紅茶の香りを運んでいく。
(……未来の話)
かつての私にとって、
未来とは、
期待に応え続ける一本道だった。
でも今は違う。
選んでいい。
立ち止まっていい。
引き返してもいい。
そう思える未来。
「……少しずつ、考えてみます」
「それでいい」
短く、穏やかな返事。
夕暮れが近づき、
空がゆっくりと色を変えていく。
静かな場所で、
私は初めて――
誰かに急かされることなく、
未来の話をしていた。
それは、
不安よりも、
ほんのわずかな期待を伴った、
とても穏やかな時間だった。
王都からの知らせが途絶えてから、さらに数日が過ぎた。
公爵邸の日常は、変わらず穏やかだ。
慌ただしさも、緊張も、ここにはない。
けれど私は、少しだけ気づいていた。
(……私、もう「過去」のことばかり考えていませんわね)
王都の混乱。
王太子の焦り。
失われた調整役。
それらは確かに、私の過去の一部だ。
けれど最近は、それよりも――
「この先」を考える時間の方が、増えていた。
午後、庭の奥の東屋で、私は紅茶を飲んでいた。
特別な意味はない。
ただ、ここが気に入っているだけだ。
「……珍しいな」
静かな声が聞こえ、顔を上げる。
アルトゥール・クロイツ公爵が、
いつの間にか東屋の前に立っていた。
「ここにいるとは思わなかった」
「私もですわ。
気づいたら、ここにいました」
そう答えると、
彼は少しだけ視線を外し、
東屋の柱に寄りかかる。
「……落ち着いているようだな」
「ええ」
即答だった。
この場所では、
嘘をつく必要がない。
「王都の件で、
心が揺れることはないか」
その問いに、私は少し考える。
「……全くない、と言えば嘘になります」
正直に答える。
「でも、それは後悔ではありません。
ただ……距離を感じるだけです」
「距離」
「はい。
あちらは、もう私の世界ではないのだと」
口にして、
自分でも驚くほど、自然な言葉だった。
アルトゥール公爵は、
それを否定しない。
「ならば」
彼は、低い声で続ける。
「これからの話をする頃合いだな」
その言葉に、
胸がわずかに跳ねた。
「……これから、ですか?」
「いつまでも、
“何もしない場所”に
留まる必要はない」
責める響きは、ない。
追い立てる気配も、ない。
ただ、選択肢としての提示。
「君が望むなら、
この領地での役割を持つこともできる。
望まなければ、持たなくてもいい」
私は、紅茶のカップを見つめる。
役割。
その言葉に、以前ほどの抵抗はない。
「……正直に申し上げますと」
私は、ゆっくりと口を開いた。
「今すぐ、何かを成し遂げたいとは思えません」
「そうだろうな」
「でも」
一度、言葉を切る。
「何もしないままでいたい、とも思っていません」
それは、自分でも意外な本音だった。
休むことを覚えた。
何もしない選択を、肯定できるようになった。
けれど同時に、
ここでなら――
自分を削らずに、
何かをしてもいいのではないか。
そんな気持ちが、
静かに芽生えていた。
「……少しずつで、いいのですわよね」
「もちろんだ」
即答だった。
「急ぐ理由は、どこにもない」
その言葉に、
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「例えば」
私は、勇気を出して続けた。
「人と人を繋ぐこと。
衝突を和らげること。
……そういう役割なら」
王都で、
知らないうちに担っていたもの。
でも今度は、
誰かに押しつけられる形ではなく。
「やりたいと思ったときに、
自分の意思で」
アルトゥール公爵は、
静かに頷いた。
「それは、この領地にとっても有益だ」
評価ではない。
事実としての言葉。
「だが、条件がある」
「条件、ですか?」
「無理をしないこと。
限界を越えないこと」
彼は、こちらをまっすぐに見た。
「それが守れないなら、
やらない方がいい」
その真剣さに、
私は思わず微笑む。
「……厳しいのですね」
「前例がある」
短く、そう返された。
前例――
それが、私自身を指していることは、
言うまでもない。
東屋を抜ける風が、
紅茶の香りを運んでいく。
(……未来の話)
かつての私にとって、
未来とは、
期待に応え続ける一本道だった。
でも今は違う。
選んでいい。
立ち止まっていい。
引き返してもいい。
そう思える未来。
「……少しずつ、考えてみます」
「それでいい」
短く、穏やかな返事。
夕暮れが近づき、
空がゆっくりと色を変えていく。
静かな場所で、
私は初めて――
誰かに急かされることなく、
未来の話をしていた。
それは、
不安よりも、
ほんのわずかな期待を伴った、
とても穏やかな時間だった。
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