言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹

文字の大きさ
66 / 78
聖国の大神官長様がやって来た

09 愛し方を間違えたから

しおりを挟む


 厳かに過ぎた祈りの時間。

 瞬く間に時間は過ぎ去る。

 全ての祈りが終わった後、私たちは陣営に戻った。誰一人、口を開く者はいない。

 少し休んだ後、出発してもよかったが、大神官長様がとても疲れている様子なので、出発は明日となった。

 その日の深夜。
 
 妙な興奮で眠れない私はテントを抜け出し、昼間、イシリス様と一緒に昼ご飯を食べた丸太に座っていた。

「……星は綺麗よね」

 顔を上げれば、無数の星が夜空を彩っていたわ。地上とは全く違う美しさ。ベルケイド王国で見る星空と一緒。それがかえって胸を締め付ける。なのに、私は目を反らせることができなかった。

 見上げていると、枝が折れる乾いた音がした。音がした方に顔を向けると、大神官長様が立っていた。

「ミネリア王女殿下も眠れないのですか?」

 驚くほど柔らかな声で、大神官長様は声を掛けてきた。

「……そのような声も出せるのですね」

 思わず、かなり失礼なことを言ってしまったわ。

「失礼ですね。隣、よろしいですか?」

 失敗しちゃったと思ったけど、意外にも怒った風には見えない。口調も声音もね。反対に笑顔を浮かべてる。

 怖っ。

 それに、私が許可してないのに座ってるし。今ここで腰を上げたら、完全に喧嘩売ってるよね……あ~すっごく、気まずいんだけど。なに喋ったらいいの? 誰か教えて。

 そんな状況下でも、笑顔を見せ動じないのが淑女というもの。なので私も、

「……どうぞ、大神官長様。今日は、本当にありがとうございます」
 
 淑女の仮面を被り直す。

「礼を言われることではありません。私がそうしたいから、そうしたまでのこと」

 ストンと台詞が頭に入ってきた。

 大神官長様の本心のような気がする。

 妙に人間らしい一面に、さらに私はビックリしたわ。耳を疑ったもの。今まで、腹黒、石膏人間、またはゴーレムって思ってたからね。大概、私も失礼よね。でも、しょうがないじゃない。そういう一面しか見てなかったんだから。

「だとしても、お礼は言わせてください、大神官長様」

 社交辞令的なお礼ではなく、これは心からのお礼の言葉。

「貴女やあの少年といい、ベルケイド王国の方々は素直な方ばかりですね」

 嫌味な言い方ではなく、少し困った様子に、私は自然と笑みが溢れた。

「田舎者ばかりですからね。それになにより、自分の国を愛していますもの。大神官長様もそうでしょう?」

 そう尋ねると、一瞬目を見開いた後、大神官長様ははっきりとした口調で答えた。

「……そうですね。私も、聖国を愛しています」

 そうだよね。その想いはひしひしと伝わってくる。今日の大神官長様、とても身近な存在に思えるわ。たぶん、二人っきりだからかな……この時間、思っていたほど悪くない。

「私、思いますの。王国が潰れた直接的要因は、創世神様とイシリス様に対する不敬。……でも、根本的は違うと思うのです。彼らは自国を愛さなかった。愛していたのは自分だけ。自国でさえ、自分を愛し続けるための道具でしかなかったと、私は思うのです」

 私がそう告げると、大神官長様は少し考えた後口を開いた。

「自分を愛するのは、とてもいいことです。しかし、彼らは愛し方を間違ったのでしょう。私も気を付けないといけません」

 人は簡単に道を踏み外す。ちょっとした道の踏み外しは修正できるけど、そのことに気付かないこともある。

 そして気付いた時には、その幸せにどっぷりとはまり抜け出すことができなくなることもあるんだ。

 私たち王族や、大神官長様みたいな力ある者がそうなったら、悲劇しか生み出さない。

「愛し方を間違った……そうですね、私もそう思います。私も大神官長様、いえ、ユーリ様同様、気を付けないといけませんね」

 心底、怖くて身震いする。

 だって、私たちの道はいつも真っ直ぐとは限らないのだから。数多くの選択肢があって、トラップも多く仕掛けられている。怖いからといって、立ち止まることもできない。許されない。

「……ミネリア様が私の名前を呼んでくれたのは、本当に久し振りですね」

 柔らかな口調で、ユーリ様はにっこりと微笑んだ。

 その顔を見ると、意固地になっていた自分が馬鹿らしくなったわ。あっでも、名前を呼ぶのは二人っきりの時だけね。皆の前で呼ぶ勇気はないわ。

 
しおりを挟む
感想 78

あなたにおすすめの小説

その発言、後悔しないで下さいね?

風見ゆうみ
恋愛
「君を愛する事は出来ない」「いちいちそんな宣言をしていただかなくても結構ですよ?」結婚式後、私、エレノアと旦那様であるシークス・クロフォード公爵が交わした会話は要約すると、そんな感じで、第1印象はお互いに良くありませんでした。 一緒に住んでいる義父母は優しいのですが、義妹はものすごく意地悪です。でも、そんな事を気にして、泣き寝入りする性格でもありません。 結婚式の次の日、旦那様にお話したい事があった私は、旦那様の執務室に行き、必要な話を終えた後に帰ろうとしますが、何もないところで躓いてしまいます。 一瞬、私の腕に何かが触れた気がしたのですが、そのまま私は転んでしまいました。 「大丈夫か?」と聞かれ、振り返ると、そこには長い白と黒の毛を持った大きな犬が! でも、話しかけてきた声は旦那様らしきものでしたのに、旦那様の姿がどこにも見当たりません! 「犬が喋りました! あの、よろしければ教えていただきたいのですが、旦那様を知りませんか?」「ここにいる!」「ですから旦那様はどこに?」「俺だ!」「あなたは、わんちゃんです! 旦那様ではありません!」 ※カクヨムさんで加筆修正版を投稿しています。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法や呪いも存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。 ※クズがいますので、ご注意下さい。 ※ざまぁは過度なものではありません。

それは私の仕事ではありません

mios
恋愛
手伝ってほしい?嫌ですけど。自分の仕事ぐらい自分でしてください。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

婚約解消しろ? 頼む相手を間違えていますよ?

風見ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢である、私、リノア・ブルーミングは元婚約者から婚約破棄をされてすぐに、ラルフ・クラーク辺境伯から求婚され、新たな婚約者が出来ました。そんなラルフ様の家族から、結婚前に彼の屋敷に滞在する様に言われ、そうさせていただく事になったのですが、初日、ラルフ様のお母様から「嫌な思いをしたくなければ婚約を解消しなさい。あと、ラルフにこの事を話したら、あなたの家がどうなるかわかってますね?」と脅されました。彼のお母様だけでなく、彼のお姉様や弟君も結婚には反対のようで、かげで嫌がらせをされる様になってしまいます。ですけど、この婚約、私はともかく、ラルフ様は解消する気はなさそうですが? ※拙作の「どうして私にこだわるんですか!?」の続編になりますが、細かいキャラ設定は気にしない!という方は未読でも大丈夫かと思います。 独自の世界観のため、ご都合主義で設定はゆるいです。

<完結> 知らないことはお伝え出来ません

五十嵐
恋愛
主人公エミーリアの婚約破棄にまつわるあれこれ。

酷いことをしたのはあなたの方です

風見ゆうみ
恋愛
※「謝られたって、私は高みの見物しかしませんよ?」の続編です。 あれから約1年後、私、エアリス・ノラベルはエドワード・カイジス公爵の婚約者となり、結婚も控え、幸せな生活を送っていた。 ある日、親友のビアラから、ロンバートが出所したこと、オルザベート達が軟禁していた家から引っ越す事になったという話を聞く。 聞いた時には深く考えていなかった私だったけれど、オルザベートが私を諦めていないことを思い知らされる事になる。 ※細かい設定が気になられる方は前作をお読みいただいた方が良いかと思われます。 ※恋愛ものですので甘い展開もありますが、サスペンス色も多いのでご注意下さい。ざまぁも必要以上に過激ではありません。 ※史実とは関係ない、独特の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。魔法が存在する世界です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ
恋愛
「ミレニア・エンブル侯爵令嬢、貴様は自分が劣っているからといって、自分の姉であるレニスに意地悪をして彼女の心を傷付けた! そのような女はオレの婚約者としてふさわしくない!」 「……っ、ジーギス様ぁ」  キュルルンという音が聞こえてきそうなくらい、体をくねらせながら甘ったるい声を出したお姉様は。ジーギス殿下にぴったりと体を寄せた。 「貴様は姉をいじめた罰として、我が愚息のロードの婚約者とする!」  お姉様にメロメロな国王陛下はジーギス様を叱ることなく加勢した。 「ご、ごめんなさい、ミレニアぁ」 22歳になる姉はポロポロと涙を流し、口元に拳をあてて言った。 甘ったれた姉を注意してもう10年以上になり、諦めていた私は逆らうことなく、元第2王子であり現在は公爵の元へと向かう。 そこで待ってくれていたのは、婚約者と大型犬と小型犬!? ※過去作品の改稿版です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観や話の流れとなっていますのでご了承ください。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

処理中です...