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聖国の大神官長様がやって来た
09 愛し方を間違えたから
しおりを挟む厳かに過ぎた祈りの時間。
瞬く間に時間は過ぎ去る。
全ての祈りが終わった後、私たちは陣営に戻った。誰一人、口を開く者はいない。
少し休んだ後、出発してもよかったが、大神官長様がとても疲れている様子なので、出発は明日となった。
その日の深夜。
妙な興奮で眠れない私はテントを抜け出し、昼間、イシリス様と一緒に昼ご飯を食べた丸太に座っていた。
「……星は綺麗よね」
顔を上げれば、無数の星が夜空を彩っていたわ。地上とは全く違う美しさ。ベルケイド王国で見る星空と一緒。それがかえって胸を締め付ける。なのに、私は目を反らせることができなかった。
見上げていると、枝が折れる乾いた音がした。音がした方に顔を向けると、大神官長様が立っていた。
「ミネリア王女殿下も眠れないのですか?」
驚くほど柔らかな声で、大神官長様は声を掛けてきた。
「……そのような声も出せるのですね」
思わず、かなり失礼なことを言ってしまったわ。
「失礼ですね。隣、よろしいですか?」
失敗しちゃったと思ったけど、意外にも怒った風には見えない。口調も声音もね。反対に笑顔を浮かべてる。
怖っ。
それに、私が許可してないのに座ってるし。今ここで腰を上げたら、完全に喧嘩売ってるよね……あ~すっごく、気まずいんだけど。なに喋ったらいいの? 誰か教えて。
そんな状況下でも、笑顔を見せ動じないのが淑女というもの。なので私も、
「……どうぞ、大神官長様。今日は、本当にありがとうございます」
淑女の仮面を被り直す。
「礼を言われることではありません。私がそうしたいから、そうしたまでのこと」
ストンと台詞が頭に入ってきた。
大神官長様の本心のような気がする。
妙に人間らしい一面に、さらに私はビックリしたわ。耳を疑ったもの。今まで、腹黒、石膏人間、またはゴーレムって思ってたからね。大概、私も失礼よね。でも、しょうがないじゃない。そういう一面しか見てなかったんだから。
「だとしても、お礼は言わせてください、大神官長様」
社交辞令的なお礼ではなく、これは心からのお礼の言葉。
「貴女やあの少年といい、ベルケイド王国の方々は素直な方ばかりですね」
嫌味な言い方ではなく、少し困った様子に、私は自然と笑みが溢れた。
「田舎者ばかりですからね。それになにより、自分の国を愛していますもの。大神官長様もそうでしょう?」
そう尋ねると、一瞬目を見開いた後、大神官長様ははっきりとした口調で答えた。
「……そうですね。私も、聖国を愛しています」
そうだよね。その想いはひしひしと伝わってくる。今日の大神官長様、とても身近な存在に思えるわ。たぶん、二人っきりだからかな……この時間、思っていたほど悪くない。
「私、思いますの。王国が潰れた直接的要因は、創世神様とイシリス様に対する不敬。……でも、根本的は違うと思うのです。彼らは自国を愛さなかった。愛していたのは自分だけ。自国でさえ、自分を愛し続けるための道具でしかなかったと、私は思うのです」
私がそう告げると、大神官長様は少し考えた後口を開いた。
「自分を愛するのは、とてもいいことです。しかし、彼らは愛し方を間違ったのでしょう。私も気を付けないといけません」
人は簡単に道を踏み外す。ちょっとした道の踏み外しは修正できるけど、そのことに気付かないこともある。
そして気付いた時には、その幸せにどっぷりとはまり抜け出すことができなくなることもあるんだ。
私たち王族や、大神官長様みたいな力ある者がそうなったら、悲劇しか生み出さない。
「愛し方を間違った……そうですね、私もそう思います。私も大神官長様、いえ、ユーリ様同様、気を付けないといけませんね」
心底、怖くて身震いする。
だって、私たちの道はいつも真っ直ぐとは限らないのだから。数多くの選択肢があって、トラップも多く仕掛けられている。怖いからといって、立ち止まることもできない。許されない。
「……ミネリア様が私の名前を呼んでくれたのは、本当に久し振りですね」
柔らかな口調で、ユーリ様はにっこりと微笑んだ。
その顔を見ると、意固地になっていた自分が馬鹿らしくなったわ。あっでも、名前を呼ぶのは二人っきりの時だけね。皆の前で呼ぶ勇気はないわ。
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