言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹

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最終章

01 一番怖いのは

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 結婚式を二か月後に控えた頃、イシリス様の口から結婚という単語が一切出てこなくなった。

 あれほど、待ち遠しいって言ってたのに。

 不安と違和感が私の心を蝕んでいく。だからといって、素直に訊くこともできないでいた。どう切り出せばいいかわからなかったから。

 普通の人同士なら、教会で結婚式をあげるのだけど、イシリス様と私は少し違ったの。

 そもそも、教会であげたりしない。

 聖獣様しか知らない、聖なる森の最奥にある洞窟に二人で赴き、創世神様たちに結婚の許しをこう。そこで認められて、はじめて、イシリス様と私は夫婦になれるらしい。
 
 すでに番なのにね。

 最初は首を傾げたよ。番は夫婦と同意語だと解釈してたからね。実際、獣人たちはそうだし。

 だけど、聖獣様に関しては、さらに追加の儀式が必要なんだって。

 その儀式が成功したら、私の寿命が格段と延びるらしい。イシリス様ほどじゃないけどね。不老不死ってわけじゃないけど、それに近い体になるんだって。

 なら、私の前の番はどうなったんだろう。どうしても、そんな疑問が頭を過る。

 だって、イシリス様は、ずっと、番をもたないで一人っきりだったわけじゃないから。イシリス様に、私以外の番がかつていたことは、お伽噺でも語られている事実だからね。

 結婚式が近付くにつれて、私は胸がモヤモヤが増していく。イシリス様の態度にも違和感がある。そのせいで、この頃は、イシリス様と顔を合わせづらくなっていた。

 それじゃあいけないって、わかってる。だから、訊いてみた。ユーリ様に。いいよね。ずっと、エンドキサン王国の王太子殿下の愚痴聞いてるんだから。

「望まなかったそうですよ」

「望まなかった? どうして?」

 意外な答えに、私は驚いた。

「人の枠から外れてしまうからでしょう。……大切な家族、友人、全ての人が、歳をとり死んでいく。当然です。彼らは人間なのだから。それを受け止め続ける未来に恐怖したのでしょう」

 ユーリ様の台詞に、頭を思いっきり殴られた気がした。それほどの衝撃だった。

「あっ、そうよね……そうなるわね」

 乾いた笑みしか浮かべられない。

 ほんと、私って馬鹿だわ。そんな、当たり前のことに気付かなかったなんて。想像力なさすぎでしょ。だから、イシリス様は結婚式には触れようとはしなかったのね。ストンと不安と違和感が消えた。

「人の心って、繊細で壊れやすいもの。聖獣様は自分の望みを口にはせずに、人としての結婚式をあげ、番様を看取った」

 イシリス様ならそうするよね……優しすぎるから。いつも、私を優先に考えてるから。

「人の心が繊細で壊れやすいのはわかる。だったら、イシリス様の心は!?」

 どうなるの!?

 思いのほか大きい声で、ユーリ様に詰め寄った。ユーリ様が悪いわけじゃないのに。答えられないよね。困った表情しかできないよね。ごめん……

「…………ミネリア様!!」

 私はベッドから下りると、椅子に掛けていた羽織りものを手に取り、部屋を飛び出した。

 私は走る。月明かりしかない廻廊を。

 番だからわかる。愛する人の居場所は。

「……ミネリア、どうしたんだ?」

 驚いた表情で私を見るイシリス様。

 私は何も言わずに、その胸に飛び込んだ。

 難なく受け止めてくれるその胸の中で、私は顔をあげ言った。

「聖なる森に行くのに、何日掛かるのですか」ってね。

 心配させないように、微笑みながら言ったつもりだけど、ボロボロと涙が出て、上手く微笑むことはできなかった。

「…………いいのか?」

 小さな声で問い掛けられる。

「勿論。私は強欲ですから、私の死後、新たな番を持つことは許しません」

 そう答えると、イシリス様は強く私を抱き締めた。肩が濡れているのは言わないでおこう。私の顔もグシャグシャだからね。

 人の枠から外れるのは怖い。

 でも……それよりも怖いことがあるの。

 それは、イシリス様の心が壊れてしまうこと。

 血を流し、消えない傷を背負い、一人苦しむことが、私には耐えられない。昔に背負った傷を癒せるかなんてわからないけど、これ以上、傷を増やさないようにならできる。

 それができるのは、番である私だけなのだから。

 

 

☆☆☆

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 いよいよ、ラストが近くなってきました。少しは恋愛小説になったでしょうか。

 さて、私事ですが、〈第六回 ライト文芸大賞〉に参加しています。

 タイトルは【俺は妹が見ていた世界を見ることはできない】です。

 完結してますので、安心して読んでいただけると思います。是非、読んでみて下さい。

 これからも頑張って書いていくので、引き続き、応援宜しくお願い致します。

 

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