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第一話 婚約破棄
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第一話 婚約破棄騒動
建国祭の宴である。
とうの昔に見慣れた豪華絢爛な内装、着飾った貴族と外国からの賓客。国王の来場を待つ会場は既に賑やかだ。
レナートは二階席からホールを見下ろしシャンパンを傾けた。
「やぁ、レナート」
「おぉ、セヴァリアーノ。久しいな」
声を掛けてきたのは、旧くからのレナートの友人だ。貴族学園を統括する若き侯爵は、学園の卒業式典と建国祭、続く祭典に疲労しているようである。
「一年ぶりかな? 前に会ったのは君の外遊前だ」
「あぁ。子が生まれたそうだな。おめでとう、と改めて言わせてくれ」
「ありがとう」
セヴェリアーノは弾けんばかりの笑みを浮かべた。ひとつ年上の妻と結婚して6年、なかなか子が出来ずに悩んでいた折での懐妊に、友が喜び浮かれ、はしゃぎまわっていたのを知っている。
「名はなんだったか」
「アレッシオと名付けた。今度、見に来ておくれよ」
「暇になったら行こう」
他愛ないことを友人と語らっていると、突然耳にこんな宣言が飛び込んできた。
「カヴァリエリ令嬢! 私はここに、そなたとの婚約を破棄することを宣言する!」
水を打ったように静まり返ったホール内に、繊細な友人が落としたワイングラスが割れる音が細く響く。
「……レナート、今幻聴が」
「残念だな、幻聴ではないぞ。我が甥御殿――王太子殿下は婚約破棄すると宣言した」
レナートは階下を冷めた目で見下ろした。突然の騒動に、貴族たちや勅使たちは興味深そうな視線を向ける。
会場の中央、こちらからは表情が見えない方に王太子が、対峙する方に王太子の婚約者であるカヴァリエリ侯爵令嬢ヴェロニカが立っている。令嬢は困ったように笑みを浮かべていた。
「そなたは子爵家令嬢のジュリアマリアを妬み、嫌がらせを繰り返した! 悪評を流し、教科書を隠し、ドレスを裂き、剰え怪我をさせようとした!」
「身に覚えがございません」
ジュリアマリアなる令嬢はすぐに見つかった。彼女の周りだけ、ぽっかりと人がいなかった。亜麻色の髪と瞳、大して特徴もなさそうな令嬢だが、王太子はどこに惹かれたのだろう。婚約者の不貞に耐えきれず、流されたか。
「この証拠を見よ! 証言者がいるのだぞ!」
「このような場で証拠を検分するのはよろしくありません。後日、陛下と父を交えお話ししたく存じます」
「ならぬ!」
「殿下に恥をかかせぬためでございます」
「……何?」
「証拠の信憑性も分かりませんもの」
「しっかりとした証拠だ。宣誓書もあるのだぞ!」
レナートは目を瞬いた。神の名の下に宣誓を行うと記した宣誓書は、全ての文書の効力を高める。王太子がそれを持ち出してくるとは思わなかった。
「わたくしはこの場での検分は望まないと申し上げましたのに……仕方ありませんね」
カヴァリエリ嬢は紙を数枚拾い上げると、そこに書いてある証拠を次々否定していった。王妃教育で王宮にいた、友人邸でお茶をしていた……反駁の材料は、十分過ぎるほどだった。
勅使や貴族たちは興味深そうな顔をしているが、神殿関係者は厳しい顔をしている。
「ほぉ、これはなかなか面白い。甥御殿もその婚約者も、張りぼてが顕になっているぞ」
「面白い、の問題ではないだろう......殿下だけの問題では済まなくなってしまった」
「——それで、わたくしが何をしたと?」
「……っ、王太子に歯向かうとは不敬だぞ!」
「わたくしは過ちを正しただけですわ」
「黙れ! 貴様は……そなたは国外追放だ! 二度と顔を見せるなっ!」
そろそろ潮時か、と階下に声をかけようとした時だ。カヴァリエリ嬢に走り寄る者がいた。
「ヴェロニカ嬢。罪なきあなたが去ってしまうのならば、どうか私をお供に」
「ティベリオ様」
セヴェリアーノはとうとう倒れた。
「意識は保っておけ――全員お前のところの今年の卒業生だろう」
「寧ろ気絶したい……」
手で顔を覆い、さめざめと泣くセヴェリアーノを立ち上がらせる。
「ですがわたくしは、婚約破棄をされた身……」
「構いません。私は幼少の|砌「みぎり》より、あなたをお慕いしておりました。どうかこの手を取ってはいただけますまいか」
躊躇いながらもカヴァリエリ嬢はティベリオの手を取る。
茶番もここまでか、と声を上げようとした時、レナートは視界の端でひとりの令嬢の姿を捉えた。なぜ目についたのか、レナートにも分からない。ただ、彼女が笑みを浮かべたのがやけに印象に残った。まるで悪巧みが成功した子供のような、あどけない笑みを。
「ベル。あれはジュリアマリアの姉か」
「あれ? 黒髪の令嬢かい?」
「あぁ。1年前にアンヌンツィアータの養女となった、確かフェデリカといったか」
「うん。件のデアンジェリス嬢の姉で間違いないよ。女性貴族としては4番目かな、大学に進学してるよ」
「ふむ」
セヴェリアーノはレナートの横顔を見て息を飲む。
笑っていた。それはそれは美しく。苛立たし気に。
「レナ、」
「——なあ、ベル」
「あ、あぁ」
「あの娘、どうすれば合法的に尋問できるかな」
「は」
冗談だ、と全く冗談ではない顔で言って、レナートは人好きのする笑みを浮かべ直した。パン、とひとつ柏手を打つと、視線がこちらに集まる。
「――我が甥御殿。それより先は国王陛下の裁量だ」
建国祭の宴である。
とうの昔に見慣れた豪華絢爛な内装、着飾った貴族と外国からの賓客。国王の来場を待つ会場は既に賑やかだ。
レナートは二階席からホールを見下ろしシャンパンを傾けた。
「やぁ、レナート」
「おぉ、セヴァリアーノ。久しいな」
声を掛けてきたのは、旧くからのレナートの友人だ。貴族学園を統括する若き侯爵は、学園の卒業式典と建国祭、続く祭典に疲労しているようである。
「一年ぶりかな? 前に会ったのは君の外遊前だ」
「あぁ。子が生まれたそうだな。おめでとう、と改めて言わせてくれ」
「ありがとう」
セヴェリアーノは弾けんばかりの笑みを浮かべた。ひとつ年上の妻と結婚して6年、なかなか子が出来ずに悩んでいた折での懐妊に、友が喜び浮かれ、はしゃぎまわっていたのを知っている。
「名はなんだったか」
「アレッシオと名付けた。今度、見に来ておくれよ」
「暇になったら行こう」
他愛ないことを友人と語らっていると、突然耳にこんな宣言が飛び込んできた。
「カヴァリエリ令嬢! 私はここに、そなたとの婚約を破棄することを宣言する!」
水を打ったように静まり返ったホール内に、繊細な友人が落としたワイングラスが割れる音が細く響く。
「……レナート、今幻聴が」
「残念だな、幻聴ではないぞ。我が甥御殿――王太子殿下は婚約破棄すると宣言した」
レナートは階下を冷めた目で見下ろした。突然の騒動に、貴族たちや勅使たちは興味深そうな視線を向ける。
会場の中央、こちらからは表情が見えない方に王太子が、対峙する方に王太子の婚約者であるカヴァリエリ侯爵令嬢ヴェロニカが立っている。令嬢は困ったように笑みを浮かべていた。
「そなたは子爵家令嬢のジュリアマリアを妬み、嫌がらせを繰り返した! 悪評を流し、教科書を隠し、ドレスを裂き、剰え怪我をさせようとした!」
「身に覚えがございません」
ジュリアマリアなる令嬢はすぐに見つかった。彼女の周りだけ、ぽっかりと人がいなかった。亜麻色の髪と瞳、大して特徴もなさそうな令嬢だが、王太子はどこに惹かれたのだろう。婚約者の不貞に耐えきれず、流されたか。
「この証拠を見よ! 証言者がいるのだぞ!」
「このような場で証拠を検分するのはよろしくありません。後日、陛下と父を交えお話ししたく存じます」
「ならぬ!」
「殿下に恥をかかせぬためでございます」
「……何?」
「証拠の信憑性も分かりませんもの」
「しっかりとした証拠だ。宣誓書もあるのだぞ!」
レナートは目を瞬いた。神の名の下に宣誓を行うと記した宣誓書は、全ての文書の効力を高める。王太子がそれを持ち出してくるとは思わなかった。
「わたくしはこの場での検分は望まないと申し上げましたのに……仕方ありませんね」
カヴァリエリ嬢は紙を数枚拾い上げると、そこに書いてある証拠を次々否定していった。王妃教育で王宮にいた、友人邸でお茶をしていた……反駁の材料は、十分過ぎるほどだった。
勅使や貴族たちは興味深そうな顔をしているが、神殿関係者は厳しい顔をしている。
「ほぉ、これはなかなか面白い。甥御殿もその婚約者も、張りぼてが顕になっているぞ」
「面白い、の問題ではないだろう......殿下だけの問題では済まなくなってしまった」
「——それで、わたくしが何をしたと?」
「……っ、王太子に歯向かうとは不敬だぞ!」
「わたくしは過ちを正しただけですわ」
「黙れ! 貴様は……そなたは国外追放だ! 二度と顔を見せるなっ!」
そろそろ潮時か、と階下に声をかけようとした時だ。カヴァリエリ嬢に走り寄る者がいた。
「ヴェロニカ嬢。罪なきあなたが去ってしまうのならば、どうか私をお供に」
「ティベリオ様」
セヴェリアーノはとうとう倒れた。
「意識は保っておけ――全員お前のところの今年の卒業生だろう」
「寧ろ気絶したい……」
手で顔を覆い、さめざめと泣くセヴェリアーノを立ち上がらせる。
「ですがわたくしは、婚約破棄をされた身……」
「構いません。私は幼少の|砌「みぎり》より、あなたをお慕いしておりました。どうかこの手を取ってはいただけますまいか」
躊躇いながらもカヴァリエリ嬢はティベリオの手を取る。
茶番もここまでか、と声を上げようとした時、レナートは視界の端でひとりの令嬢の姿を捉えた。なぜ目についたのか、レナートにも分からない。ただ、彼女が笑みを浮かべたのがやけに印象に残った。まるで悪巧みが成功した子供のような、あどけない笑みを。
「ベル。あれはジュリアマリアの姉か」
「あれ? 黒髪の令嬢かい?」
「あぁ。1年前にアンヌンツィアータの養女となった、確かフェデリカといったか」
「うん。件のデアンジェリス嬢の姉で間違いないよ。女性貴族としては4番目かな、大学に進学してるよ」
「ふむ」
セヴェリアーノはレナートの横顔を見て息を飲む。
笑っていた。それはそれは美しく。苛立たし気に。
「レナ、」
「——なあ、ベル」
「あ、あぁ」
「あの娘、どうすれば合法的に尋問できるかな」
「は」
冗談だ、と全く冗談ではない顔で言って、レナートは人好きのする笑みを浮かべ直した。パン、とひとつ柏手を打つと、視線がこちらに集まる。
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