58 / 59
番外編 元王太子の出会い
しおりを挟む学年が上がっても、何も変化はなかった。父王はブルーノを責め立て、気の置けない友人もおらず、人に囲まれていても孤独感が絶えなかった。
「本日はよろしくお願いいたします、殿下」
「あぁ......よろしく」
婚約者であるカヴァリエリ令嬢との仲も相変わらずだった。同学年に在籍している宰相家の次男、ティベリオとお似合いだと囁かれており、実際にふたりも仲睦まじい様子だった。従兄妹ですので、とふたりは言うが、その瞳に隠し切れない情熱があることに、ブルーノはとうに気づいていた。
王太子教育の一環として、時々王都を視察することになっていた。恐らくはブルーノの周囲を手薄にしたとき、狙ってくる貴族がいないかを確認するための措置である。稀にカヴァリエリ令嬢も同伴するのだが、常に澄まして沈黙を保っているので、ブルーノはこの時間が苦手だった。黙々と市場を歩いていると、不意にカヴァリエリ令嬢が声をあげた。
「あ」
「どうかしましたか」
「ブレスレットを落としてしまったようです。探しにまいりますので、こちらで暫しお待ちいただけますか?」
「私も探しましょうか」
「いえ、結構です。では」
カヴァリエリ令嬢はすたすたと元来た道を引き返していく。ここで待っていてくださいと言われたが、店の真ん前で待つわけにもいかない。仕方なく、店と店の間に立って待つことにする。しかし、カヴァリエリ令嬢はいっかな戻ってこない。流石に戻った方がいいか、と思い始めた時、強い力で肩を引かれた。
「おうおう兄ちゃん、金持ってねえか~?」
柄の悪そうな男が4人ばかり立っていた。ブルーノは歯噛みする。護衛と影はいるのだが、ほんとうに危険な時以外は出てこないのだ。
「黙ってないでなんか言えよ」
胸倉をつかまれる。ひとりなら手首を捻って投げればいい話だが、4人ともなれば太刀打ちできない。なされるがままでいよう、と諦めて目を瞑った瞬間、背後から声がした。
「おーにいーさん」
「なんだ嬢ちゃん。この兄ちゃんの知り合いか?」
顔を覆っているが、声と服で若い少女だと分かり、ブルーノは焦った。誰かを巻き込むのは本意ではなかった。
「知り合いっちゃ知り合いなんだけどぉ......この人に絡むの、やめといた方がいいよ?」
「はぁ? 何言ってやがる」
「だってさぁ、この男、すっごい厄病神なんだよ。家族はみんなばたばた病気で死ぬし、嫁に迎えようとした女の子は通り魔に刺されて死んだしこの人と仲良くしてた友達のお兄ちゃんは採掘場で埋もれて死んだし果ては通りすがった人でさえころっと死んだっていう、死神なんだよ?」
なんかすごいデマを流されている。ブルーノが思わず真顔になったところで、少女が顔を覆う布を取った。ブルーノは思わずひょえ、と変な声をあげる。
少女の顔は赤と黒で斑に塗られていた。
男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。胸倉を離され尻餅をついたブルーノは、呆然として少女を見上げた。手を差し伸べられてようやく、体が動き始める。
「あ、あの......その、ありがとう。たすけて、くれたんだよね?」
「なんだ、分かってたんだ」
「さ、流石に分かる......その顔は、大丈夫なのか?」
「あぁこれ? さっき泥とペンキ混ぜて顔に塗ったの。もーほんと最悪だよ。王都初日なのに、もうこれじゃ観光できない」
「すっ、すまない」
「いや別に、あたしが助けようと思って助けたから謝ってもらう必要はないんだけど」
「だ、だが初日なのだろう? 楽しみだっただろうに」
「そりゃあ、まあ」
「済まない.......」
見知らぬ少女の予定を台無しにしたと知って、ブルーノは落ち込んだ。
「じゃあさ、また今度あたしに街を案内してよ。あんたこの辺の人なんでしょ? おいしいお店とか知ってる?」
「あ、あぁ......少しは」
「じゃあ決まりね。明日の午前中暇?」
「.......予定を開けておく」
「ありがと。じゃ、また明日。このお店の前でいい?」
「あっ、うん.......き、君の名前は?」
少女は振り返り答える。
「ジュリア! あんたは?」
「ぶ、じゃなくてルーノ。ルーノだ」
「ルーノ。いい名前だね!」
朗らかな笑みと声を最後に、ジュリアの姿は雑踏に消えた。
その日の内に、カヴァリエリ令嬢から謝罪が届いた。ブレスレットが見つからず、捜し歩いているうちに日が暮れたので先に邸宅に戻ったことを詫びる手紙であった。多分、ブレスレットを落としたというのは嘘で、ティベリオと会っていたのだろう。学年が上がるにつれ衝動を抑えられなくなったのか、ふたりはよく密会をしているらしい。ブルーノは2年後に控えた結婚式を思い、溜息を吐いた。
***
翌日、ブルーノが街に行くと、ジュリアは少し遅れてやってきた。ブルーノは市場を歩くのには慣れているが、買い物には慣れていない。ジュリアの方がよほど慣れた手つきだった。ジュリアはパンをかじりながら、昨日のことについて尋ねてきた。待っていてと言われたこと、路地裏に行ってしまったこと、結局帰ってしまったこと。説明すると、ジュリアはくそだね、と言った。単語としては知っていても、実際に口にしている者は見たことがない。ブルーノがぽかんとしていると、ジュリアはくそ野郎のやることは気にしなくていい、と断言した。ちなみに彼女の理論で行くと、くそ野郎というのはカヴァリエリ令嬢のことを指す。勿論、彼女はカヴァリエリ令嬢のことを知らないだろう。それでも、才媛だと持ち上げられている彼女がくそ野郎で、その彼女の言動に煩わされることはないと太鼓判を押されたようで、ブルーノは嬉しかったのだ。
貴族だと言っていたから——完全に平民だと思っていたが——もしかすると、貴族学園の生徒かもしれない。見覚えはないから、下級貴族の令嬢だろうか。
また会えたらいい、とブルーノは思った。
***
それから1か月後、ブルーノはジュリアと——ジュリアマリアと図書室で再会した。天才令嬢の妹が編入してきた、と噂になっていたので存在は知っていたが、会うのは初めてだった。学園の制服に身を包み、カーテシーを披露する姿は貴族のそれだが、口と頭が直結しているのは変わらないらしい。ブルーノは久しぶりに声をあげて笑った。
それからも、ブルーノは時々ジュリアマリアと図書室で会った。互いに、昼休みの図書室という人気のない空間を好んでいるらしかった。おすすめの物語や授業で役立つ書物を教えるうちに、随分と仲良くなった。一度カツアゲされているところを見られていたから、気を張らずに済むのが幸いだった。
「殿下。差し出がましいことを申しますが、お付き合いなさる方は選んだ方が宜しいかと」
カヴァリエリ令嬢がそう進言してきたのは、ジュリアマリアが編入してきて半年ほど経った頃のことだった。
「愛人を迎えるのは結構ですが、時期と身分は弁えていただかねば困ります」
何のことだ、と問う必要もなかった。
「よもや、子爵家の娘如きをお選びになるとは思いませんでした」
体は燃えるように熱くなっていくのに、頭だけは冷えていく。
「......随分な言い様だね。自分のことは棚に上げて、私の行動は咎めるつもりかな?」
「わたくしはなにひとつ恥じるべき行いをしておりません」
「ではその言葉、そのまま君に返すよ」
剣呑な雰囲気が流れる。失礼いたします、と一礼してカヴァリエリ令嬢は去っていった。
1
あなたにおすすめの小説
毒姫ライラは今日も生きている
木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。
だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。
ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。
そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。
それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。
「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」
暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。
「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」
暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。
「お前を妃に迎える気はない」
そして私を認めない暴君。
三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。
「頑張って死んでまいります!」
――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【1月18日完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
ベルガー子爵領結婚騒動記
文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。
何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。
ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。
だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。
最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。
慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。
果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。
ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。
『めでたしめでたし』の、その後で
ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。
手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。
まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。
しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。
ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。
そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。
しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。
継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。
それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。
シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。
そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。
彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。
彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。
2人の間の障害はそればかりではなかった。
なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。
彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる