そんなの真実じゃない

イヌノカニ

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Iの言うこと

02

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綺麗に片付けたはずの机には、身に覚えのないダンボールが置かれていた。
どうやら注文したお香が届いたらしい。さっき頼んだばかりなのにと、不思議に思ってスマホで日付を確認するとあれからもう三日が経っていた。

取り出して封を開けてみたけれど普通のお香と変わらない気がする。やっぱり偽物なのか……?試しに火を付けてみると、淡いピンク色をした怪しげな煙が、ふわふわとゆっくりと上がっていった。
部屋の中に充満する甘い香り。
煙は視界を覆い隠して、自分がどこにいるのかも分からなくなってしまう。
鼻から入り込む甘い香りに、思考が奪われていくような気がした。

それは煙の合間から見える、断片的な光景。

教室でイヤホンを分けて好きなバンドの曲を聞きながら笑い合う俺達。うるさくないか斜め後ろの席が少し気になる。
二人並んで座る図書室の受付で、おすすめの本を教えてくれた。
人通りのない旧校舎。階段から転げ落ちて行くアイツ。手を伸ばす、届かない。届かない……!

どんどん広がっていく煙が邪魔をして、全ては見えない。

アイツの顔が分からない!

――――――「アイツと二人きりになっちゃダメだ。何があっても逃げろ。」


ぐるりと視界が一転する。
「ここは……?」
気が付くと俺は、頂上が見えないくらい高いタワーマンションの前に建っていた。あれ、さっきまで、家にいたはずなのに。スマホで日付を確認すると、アイツと会う約束の日になっていた。どうやらあれからまた時間が経っていたらしい。鞄の中身を見ると、あのお香が入っていて、もう片方の手にはハンバーグの食材が入ったスーパーの袋を持っていた。俺が買ったのか?いつの間にこんなことを。
帰らないと。なぜだか分からないけれど、彼に会ってはいけない気がした。
踵を返し駅の方へ帰ろうとする。

「あれ、ゆうくん?」
「あっ……。」
「よかったぁ、そろそろ来る頃かなって迎えに来たんだ。わぁ、その袋なに、もしかして何か作ってくれるの。楽しみだな。あっ持つよ。さぁ行こうか。」

彼は見た目通りにスマートな奴で、あっという間に俺から鞄と袋を取ったかと思うと、もう片方の手では俺の手を握った。エントランスの門を通り過ぎ、直通だというエレベーターへ乗り込む。その間もずっと手は握られたままだった。両手が塞がって歩きにくくないのかなっと思ったけれど、小さい頃に山で俺が迷子になった事がトラウマで心配だからと、高校生になっても手を握りたがっていた事を思い出す。



名前を呼ぶと彼はピクリと肩を揺らし、ものすごい力で俺の手を握ってきた。

「いたっ…」
「俺、そう呼ばれるの好きじゃないって言ったよね。ちゃんと呼んで?」
「ご、ごめん、郁実いくみくん。」
「ううん、いいよ。さぁ着いたよ早く部屋に入ろうか。」

ニコリと笑っている彼は、誰にでも好かれるような優しい顔をしているのに瞳は仄暗く、なんだかとても怖く感じた。

「早く、入って?」

本当に入って良いんだろうか、躊躇っていると、彼は俺を力強く引っ張り部屋の中へ入れた。
ドアの鍵が閉まる音がやけに大きく聞こえた。
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