【完結】ただのADだった僕が俳優になった話

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立川 龍之介

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一週間前から新しいドラマの撮影が始まった。
ベストセラーになった小説を実写化したものだ。
ベテラン刑事と新人刑事のサスペンスコメディで、大人から子供まで楽しめる内容となっている。
話題性は抜群だった。
なぜなら人気小説なだけでなく、キャスティングも豪華絢爛と言われているからだ。

今を時めくアイドルの津上廉が主演で、新人の刑事役。
その新人のバディ、ベテラン刑事役が立川龍之介。
立川龍之介は現在85歳ではあるが、どう見ても60代にしか見えない俳優だ。
デビューは20歳で、芸歴65年の超ベテランである。
若い頃もだが、今でも女性にモテるイケオジだ。そんな彼は独身で、仕事一筋の男である。

その二人がメインキャストとなり、脇を固める俳優陣も自身で主演を張れるほど人気のある人達だった。
毎回ゲストが出演するのだが、俳優だけじゃなく芸人やアナウンサー、ニュースのコメンテーターなども出演する予定となっていた。

撮影は順調だった。
そう、撮影は…。

「龍さん。次のシーン、始まるのちょっと遅れそうです。」

立川のマネージャー、畠山頼人がしかめ面で楽屋に入ってきた。

「原因は?」

「いつものやつですよ。」

頼がドアの方へ視線を向ける。

完全に閉まっておらず、少しだけ開いている。

立川はゆっくりドアに近づき耳をそばだてた。

『っと使えねーな!だからADしかできねーんだよ!』

『す…すみません』

『<すみません>じゃなく、<申し訳ございません>だろーが!』

ドカッと何かを殴る音と、ガシャンと何かが落ちる音がする。

立川はその声の主に「またか…」とため息をつく。

噂には聞いていたが、ここまで酷いとは思っていなかった立川は、どうしたものかと考える。

先程の声の主は、主演の津上だ。
人気アイドルグループの一員である彼は、マネージャーやスタッフ、新人の芸能人にでさえ暴言を吐くのはこの現場が初めてではない。

お偉いさんや、ベテラン俳優にはゴマをするが、新人俳優やスタッフには偉そうな態度をとることが多く、あまり好かれてはいなかったりする。

ただ人気アイドルグループの一員なので、こうやってオファーが来る。
演技が上手いわけでもないが、彼目当ての視聴者はそんな事気にしないのだろう。

『津上さん、監督がお呼びです。』

『チッ…そこ片付けとけよ』

どうやら他のADが津上を呼びに来たらしく、津上は去っていったようだ。
ドアの隙間から覗いてみると、床に蹲っている男の背中を撫でながら声をかけている少年が見えた。

「気にしないでください。ああいう人はその内、役者として使ってもらえなくなるんだから。」

「でも……」

「知らないんですか?あの人、グループ内での人気は下から数えた方が早いんですよ。しかもグループ内で嫌われてるし、グループの一番人気の子が『マジで同じグループとか無理。アイツが続けるなら脱退しようかな』ってこの前言ってましたから。あ、これオフレコでお願いします。僕しか聞いてないから、マスコミに流したら僕が喋ったってバレちゃう。」

「何で相田君がそんな事知ってるんだ?」

「この前歌番組のADに派遣された時に聞いちゃったんです。アイツがグループのマネージャーさんに手を挙げてて…庇った僕がいる前で、一番人気君が他のメンバーに言ってたんですよ。」

「マジかよ……絶対言わねぇ。……ありがとな、相田君はアルバイトなのに、社員の俺がこんなんでカッコ悪ぃ……」

「何言ってるんですか。綾部さんがいつも僕達に被害が来ないよう、率先してああいう人を相手してくれてるの知ってますよ。
他の社員さんは僕達に押し付けるのに。綾部さんはカッコいいです。ありがとうございます、いつも守ってくれて。」

立川はチラリと頼に視線を送ると、心得たとばかりに頼は頷いた。

二人はまだ話しながら、その場を去っていった。

最後までその光景を見ていた立川は一本の電話をかけるのだった。


一ヶ月後、あのドラマが放送された。

しかし視聴者の反応は、上層部が期待していたものと違っていた。

ADの相田はあの日を最後に他の現場へ派遣されたので知らなかったが、第一話のゲストが老若男女から絶大な支持を持つ叶響だったのだ。

叶響は犯罪コンサルタントとして登場する。

叶響の演技はやはりピカイチで、立川龍之介の演技も素晴らしい。

しかし間に挟まれた津上は、お世辞にも演技が上手いとは言えない。

二人に挟まれた事で、津上の演技が棒読みすぎると話題になった。

もちろん、ベテラン俳優相手と比べるのは可哀想だと彼のファンが擁護に回った。
しかし第二話、第三話と続き、お笑い芸人がゲストで出て、津上よりちゃんとした演技をした事でファンも擁護できなくなった。

けれども流石はファン、演技ができなくても本業はアイドルだから!と言い始めた。
しかしそのグループが歌番組に出た際、メンバーとぎこちなく接する津上が映し出されていた。別にメンバーが津上を無視している訳ではないが、全くもって興味なさげなのだ。

津上が主演しているドラマのエンディングに使われている曲なので、津上がインタビューされるのだが、その間他のメンバーは、メンバー同士で喋っている事が多く、どの歌番組でもそんな状態だった為に不仲説が流れていた。

視聴率も少しずつ下がっていき、津上を押していたお偉いさん達は焦って、犯罪コンサルタントをランダムに登場させて視聴率をあげようとした。

しかし、その役をやっていた叶響からスケジュールを空けることはできないと言われ、最終回まで視聴率は低空飛行が続いたのだった。


「龍さん、彼の事調べがつきましたよ。」

ドラマのクランクアップ後、立川は響と事務所で喋っていた。
そこに頼が一枚の紙を持って現れた。

「相田彼方、18歳。高校を卒業したばかりで4月から大学生になります。現在派遣でADのアルバイトをしています。
両親はすでに他界していて、今は病気の祖母と二人暮らしをしているようです。」

「ふーん?」

頼から紙を受け取りすぐに読み終えた立川は、その紙を響に渡す。

響は受け取り読んだが、ADの男の子の身辺調査の紙だった。

「龍さん、この子が何か?」

響は顔をあげる。

「この子、ちょっと気になるんだよね。」

「気になる?」

「ほら、ドラマの撮影の時に電話しただろ?特別ゲストの話、受けろって。あれ、この子が『ああいう人はその内、役者として使ってもらえなくなるんだから』って言っててな。現実にしてやろうと思ったからなんだ。」

「何ですかそれ。俺、あの撮影の為だけにパリから急遽帰国したんですよ?」

響は呆れた顔をする。

「その価値はあったじゃないか。」

「津上君、めちゃくちゃ叩かれてますからね。」

立川も頼も楽しそうにニヤニヤ笑った。

「二人とも性格悪…そんなにこの子が気に入ったんですか?」

ピラピラと調査書を振る。

「まぁな。響も会ったらわかるんじゃないか?」

立川は響の頭をグリグリ撫でる。

叶響にこんなことできるのは、この立川くらいだろう。
立川と響は前の事務所からの付き合いで、現事務所の社長は、元々響のマネージャーだった男だ。
独立し、事務所を開く事になった時、立川も響も頼も、そのマネージャーについていく事にした。
他にも俳優とマネージャーが何人も、前の事務所から移籍している。

「今度この子に会ったら、ナンパしてみようかなぁ」

立川のその言葉に響は呆れていたが、立川は実際相田に会えた時は毎回ナンパしに「本読み付き合って」と言い、連れ出していた。

相田は不思議な子だった。
見た目はまだ少年のようなあどけなさを残しつつも、本読みに付き合わせると、その表情を一変させる。
本人は無意識にその役を演じ始めるのだ。
立川はそんな相田を本人にも気づかれないように育てる事にした。

本読みをして貰う時は、難しいシーンばかり選び、「この時このキャラは何を感じていたと思う?」とか、「その抑揚よりこっちの方が気持ちが籠っている」などアドバイスをしたりした。

相田はADの中でも気が利き、よく周りを見ていて、スタッフやスポンサーの人にも顔と名前を覚えられている不思議な子だ。
ただの派遣ADなのに、立っているだけなのに、視線を集める事もある。

立川は頼に「あいつを芸能界へ引きずり込めれば、響の隣に立てる人間になるぞ」と言った。

立川がこの芸能界の中で認めている者など片手で足りるほどしかいない。

そして、叶響に関しては誰よりも認めていた。
俳優としても、人間としても。

その響の隣に立てると、短期間の交流で立川にそう思わせた相田に、頼も興味をもつようになった。

一方叶響も、自身は会ったことはないが、役者仲間から相田の事を聞かされる事が増えた。
「あの子がマネージャーだったらなぁ」とか「あの子がいる現場って、スタッフの質がいいんだよなぁ。フォローし合ってるから、ミスがあっても撮影に影響ないし。」
「マジで相田君もっとシフトに入って欲しいよ。大学があるから、テストの時は一切出勤しないらしい」
「大学は成績優秀者の奨学金受けてるんだって。大変だよな、勉強に通学に仕事にって。俺達より忙しいんじゃね?」

聞いてもいないのに、相田の情報が集まるにつれ、響も相田の事が気になり始めた。

立川がやたらと相田の話をしてくるのも原因の一つだ。
立川は相田が現場にいると、いつも台本の台詞合わせを頼むようになっていた。
現場もその事を分かっていて、相田が出勤の日は立川の付き人のような扱いで、手が空けばADの仕事を振る。
大御所に気に入られている相田を無下に扱えば、立川に睨まれ面倒なことになると、上層部が忖度した結果だった。
立川は何度も言っていた。
「相田は俳優の原石だ。お前に似ている。きっと役者の道に進めばあの子は化けるぞ。響、同じ現場になったら一度台詞合わせを頼んでみろ。お前もあの子の虜になるぞ。」と。
そして、「一度で良いから、あの子と共演したいもんだな。」とも言っていたのだ。

立川がそこまで望むのは響以来の事だった。



そんな時、立川のマネージャーの頼から、珍しくテレビ通話がかかってきた。
シーっとジェスチャーされ、口を開かず画面を見ていると、映し出されたのは立川が誰かとスタジオの隅で喋っているところだった。

『親父、いい加減にしろよ。お袋がどんな思いで死んでいったと思ってんだ!』

立川の胸ぐらを掴み、怒鳴る少年に見覚えがあった響は、ジッと画面を見る。

『俺だって……俺だってこんな親父、見たくねぇんだよ…』

掴んでいた手が、その台詞の言い方一つで、すがっているように見えた。

立川がその手を自分の手で握る。

『すまなかった…。すまなかったな、駿…』

多分これは、立川が今撮影中の映画のワンシーンだ。
なかなかOKが出ていないと言っていたシーンだろう。
頼が二人から周囲にアングルを変えると、こっそりと二人を見ている監督と若い男が映る。
若い男は、呆然とした顔をしていた。
きっとこの若い男が、相田が演じていた息子役の俳優なのだろう。

監督も立川も酷な事をする。
息子役の彼がどんな演技をしているのかは知らないが、OKを出して貰えない状態で、誰かも知らない少年が完璧に演じている所を見せられた彼は、今どんな気持ちだろうか。

絶望?嫉妬?自分への不甲斐なさ?自分の役を見知らぬ者が演じている事への怒り?

もし不甲斐なさを感じているならば、成長できる可能性は十分あるが…

『どうだった?相田君の演技は。』

頼が響に問いかける。

「龍さんが言った通り原石だな。ガッツリ稽古も受けずにあれかよ。」

『凄いだろ?龍さんの目は確かだよなぁ。』

「まぁな。で、あれを見せつけられた息子役の俳優は大丈夫かよ?」

『どうかなぁ?ショックは受けてたけど戻っていく時、相田君を睨んでるのを龍さんが見てたから、怒られるんじゃねぇ?』

「最近の新人は謙虚さの欠片もないな。」

『それ、お前が言う?お前が新人の時はもっと酷かったじゃねぇか。』

「まぁな、でも仕事はできてたぞ。」

『だからこそ質が悪かった。』

「確かにな。」






そして約2年後、立川の思いを受け継いだ響は相田彼方と共演を果たし、関係を築いていくことになる。






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