【完結】貴方の愛は信じても良いのでしょうか?【大正恋愛奇譚】

白井ライス

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字の読めない私

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私という人間は字が読めずに生きてきました。
誰に教わってもただぼやっとしか見えておらず読むことが出来ないのです。
一つ一つ丁寧に教わっても字はすぐに頭から消え失せ、言葉は何処かに行ってしまいました。
これに苦労したのが両親です。
私に必死に覚えさせようとしてくれましたが、私が一向に読める気配がなく周りには「馬鹿」だの「白痴」だの言われ続けたのです。
両親は私への希望を捨て、後に生まれた妹ばかりを可愛がるようになりました。
それからは両親からは腫れ物扱いで育てられました。
そんな私も十六という歳になり、いつ結婚してもおかしくない年齢となりましたが、私には一つの縁談も来ず、とうとう身一つで追い出される事になりました。
その先はというと、とある小説家の先生の御屋敷で働くというものでした。
先生は大変に気難しい方だそうですが、私の追い出し先としては何処でも良かったのでしょう。仕方ありません。
幸い、両親は私には学業ではなく家事全般を教えてくれたので行く先でもさして困ることは無いでしょう。
しかしながら、字の読めない私が字を生業としている先生の所で働くなんて何と皮肉なことでしょうか。
妹からは「せいぜい追い出されないように頑張ってね」との嘲笑混じりの声掛けを受けました。
そして私はと言うとこれからの暮らしに希望を少しだけ寄せながら家から出ていったのです。

ーーー

渡された住所からするとこの家で間違いないと運んでくれたタクシーの方が言っていました。
枝川えだがわ修司しゅうじ様、この御名前こそがこれからお世話になる先生の御名前です。
文字こそ読めないものの音はキチンと覚えてきました。
そしてタクシーの方が表札を見てこれがかの有名な『堕落』を書いた先生の御屋敷なのだと言いました。
とても大きく立派な御屋敷で先生の並々ならぬ財力を感じさせるものでした。
私は字が読めないものですから先生の作品は読めないので活動写真で見てきました。
ですが先生の作品は難しくやはり馬鹿な私には到底理解できぬものでした。
簡単に作品を説明してみれば、とある女好きの学生が恋した女と心中するお話なのですが、何故死なねばならないのか私には皆目検討つきませんでした。
そんな事を考えていると御屋敷の勝手口から出てきた女中と目が合いました。
私は声を掛けました。

「この度はこれからお世話になる宮本みやもと咲子さきこです。宜しくお願いします」

するとその女中は私の頭から足先までザッと品定めするように眺め、嫌そうに言いました。

「あんたが子爵家からやって来た新人かい?
あたしはどんな身の上か知らないから平等に扱わせて貰うよ。良いかい?」

「はい。それは覚悟の上です」

そう返事をすると女中はぶっきらぼうに言います。

「あたしは小山こやまキヌ。ちゃんとキヌさんって呼ぶんだよ。分かったかい?」

「分かりました。キヌさん」

「じゃあ、屋敷を案内してやる。今、先生は御取り込み中だから先生には会えないよ」

「分かりました」

するとキヌさんは御屋敷に通してくれました。

「ほら入りな」

「失礼いたします」

玄関を開けると広い部屋と美術品が見えてきました。

「わぁ~」

思わず声が出てしまいました。

なんと綺麗な御屋敷でしょうか。
私の家は子爵家と言えど差程裕福ではなくこの御屋敷にあるような美術品はありませんでした。

「此処が応接間」

「そうなんですね」

「あっちが台所」

「はい」

「そっちが風呂」

「はい」

しばらくキヌさんに部屋を案内して貰ってると奥の部屋から奇妙な音が聞こえてきました。

「あ……あっ……」

女の人の声です。
やけに甲高く切羽詰まったような声です。
するとキヌさんが声のする奥の部屋を指差しました。

「あそこが先生の部屋だ。今は絶対に入るんじゃないよ」

「はい。承知しました」

奥の部屋からはなおも声が聞こえます。

「あん……あ……先生っ先生っ」

その時、私は悟りました。

枝川修司先生が女を食い物にしていると。
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