【完結】貴方の愛は信じても良いのでしょうか?【大正恋愛奇譚】

白井ライス

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編集の吉田さん

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翌朝、キヌさんが普通に挨拶してきたので昨日の風呂での一件はバレていないようでした。
私はホッとすると同時に二度と屋敷の風呂には入らないと心に誓いました。

ーーー

玄関先を掃除していると洋装姿の男性が現れました。

「どうもこんにちは」

「こんにちは」

挨拶を済ませると男性は笑顔で聞いてきました。

「枝川先生の原稿の進み具合はどうですかね?」

その時、私は出版社の方だと気付きました。

「ちょっとそれは分からないです。上がっていきますか?」

「ええ、そうさせて頂きます」

私は出版社の方を応接間まで案内すると先生を呼びに行きました。
一番奥の先生の部屋をノックしました。

コンコンッ

「先生、出版社の方が見えています。原稿はどうでしょうか」

「……」

返事がありません。

「先生ーいらっしゃらないんですか?」

「……」

厠かしら、と思っていると急にドサッという音が庭から聞こえてきました。
慌てて見に行くと

「先生!」

「あれ?バレちゃった?」

どうやら先生が部屋の窓から逃げ出していたようです。

「吉田さんには居ないって伝えといて~」

そう言ってピューッと何処かへ去っていきました。

「先生!せんせーい!」

呼び掛けてみるも後ろ姿はもう見えなくなってしまいました。
するとツネさんが現れ

「先生には困ったもんだの。すぐに逃げるんだ」

「そうなんですね」

「今、先生は絶賛というやつでな。全然原稿が進まんらしいんだ」

ですか……」

意味は良く分かりませんでしたが多分執筆が上手く行っていないということなんでしょう。

「編集の吉田さんにはすまないが帰って頂くしかないね。適当に理由でも作って言いくるめると良いよ」

そう言うとツネさんは掃除へと向かいます。
私は応接間に戻り、吉田さんに事情を話すことにしました。

「吉田さん申し訳御座いません。先生は今居らっしゃらなくて」

「またですか」

呆れ顔の吉田さん。その顔は整っており、服装も合間ってとても上品に見えました。

「はい。なんでも先生は今スランプだとか」

「それを聞くのももう何度目でしょうかねぇ」

「申し訳御座いません」

「私もね、仕事で遥々遠くから来ているんですよ。今日こそ原稿を頂くまで帰りませんからね」

「ですが……」

「駄目です。もう締め切りまで3日もないんです。先生には書いて貰わないと私も食いっぱぐれてしまう」

「そうですか」

吉田さんはそう言うと家に居座りました。

私は先生の作品について少し気になり、吉田さんに聞いてみました。

「吉田さん、先生が今まで書いてきた作品について教えて貰っても良いですか?」

「え?まぁ……良いですよ。先生が帰ってくるまで時間がありそうですし」

「私は“堕落”しか知らないのですが他にどんなものがありますか?」

「そうですね。他に有名なのは“夕日”でしょうか。没落貴族の子女が恋に溺れても力強く生きていく話ですね。他にもありますが先生の作品は浮世離れしていて破滅に向かっていく恋愛の話が多いですね」

「へぇ。そうなんですね。私は字が読めないのでそんなお話を書いているなんて知りませんでした。
でも上手く行かない恋愛というのが何だか先生を現しているみたいですね」

その時、吉田さんの顔がハッとした表情になりました。

「鋭いですね……!先生の作品は先生自身の体験から産まれていくるものが多いのだと思いますよ。
いや、凄い。瞬時に見抜いてしまうなんて」

吉田さんが褒めるので恥ずかしくなり、私は謙遜しました。

「いえいえ、そんなことありません」

すると吉田さんは何かを考え込み、少し黙りました。
そして、出てきた言葉は意外なものでした。

「そう言えば、字が読めないとの事ですが、活動写真には興味はおありで?」

「ええ活動写真は好きです」

すると唐突に吉田さんが言ってきました。

「良かったら今度一緒に見に行きませんか?」

「え……」

初めての男性からの誘いに私は少し困ってしまいました。

「嫌なら良いんです。貴方さえ良ければなんですが」

「えと……その……」

言葉に詰まりましたが心の内では嬉しさが込み上げてきていました。
そして、私は言ってしまいました。

「良いですよ。お休みの日が合えば」

「やった!こんな美人な方との活動写真は楽しみだな。っておっと、すみませんがまだ御名前を聞いていませんでしたね。いや、その前に私が名乗っていませんでしたね。吉田ただしです」

「吉田さんですね。私は宮本咲子です」

「咲子さんか、良い名前ですね」

「いえ、それほどでも」

その後は、吉田さんと他愛もない話をして先生の帰宅を待ちました。
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