お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第1章:希代の聖女

第11話 エルメーテ公爵家(6)

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 お父さんの微笑みが楽しいことになっていた。

 国を憂う気持ちと娘を思う気持ちがないまぜになり、実に複雑な表情だ。

「お父さん? 無理をしないで言いたいことを言った方が良いよ?」

「……では言わせてもらうが、シトラスの夫は私が認められる男であって欲しいと願っている。
 軟弱な男に大切なまなむすめを任せる気にはなれん!」

 お母さんがあわててお父さんにすがりついた。

「あなた! シトラスはもう、書類上は私たちの娘じゃないのよ?!
 そんなことを主張する権利なんてないんだから、自重してください!」

「わかっている! わかっているがこれは気持ちの問題だ!
 シトラスの縁談に口を挟むつもりはないが、シトラスを泣かせるような男であれば闇討ちしてでも命を奪ってやろう!」

「お父さん……シャレにならないからその辺で抑えておこう? ね?」

 公爵家の私兵が王子の闇討ちを公言するなど、誰かに聞かれたらお父様の首すら危うい。

「う、うむ……だがシトラス一人をきちんと背負えない男が、国家を背負える訳もあるまい。
 不甲斐ない王の性根を叩き直すのも臣下の務めだろう」

 叩き直すつもりならいいんだけど、お父さんの場合は本気で命を狙いそうで怖いんだよなぁ。

 お父様が苦笑を浮かべながら告げる。

「婚約の話はこの際、棚上げしておこう。
 どちらにせよ陛下や殿下たちと早期に顔合わせをする必要がある。
 その時に改めて、シトラスの感想を聞きたいと思う。
 それで構わないかい?」

 私はおずおずと頷いた。

「そうですね、確かに私も今現在の殿下たちの様子をよく知りません。
 きちんとお会いしたことも多くありませんから。
 それにシュミット宰相を早期に排除できれば、殿下たちに良い影響が出るかもしれません。
 今すぐ何かを決めてしまう必要もないでしょう」

 グレゴリオ最高司祭が頷いた。

「シトラス様はご自分が望む相手と結ばれるのが一番よろしいでしょう。
 そう考えれば、シトラス様の人生を犠牲に国を救うのは最後の手段とするべきかと。
 まずはお互いを知り、そこから始めましょう」

 私は小さく息をついた。

「望む相手ですか……十七歳まで生きた記憶はありますが、そのような相手に巡り合った覚えはありませんわ。
 今回の人生では、そんな縁があると良いのですけれど。
 ――そうだ、グレゴリオ最高司祭に聞きたいことがあったのですわ」

「私に? どのようなことですかな?」

 私はふと思い出したことを口に乗せる。

「私の聖名で、授かっている加護の種類がわかるそうですね。
 それを教えていただけませんか?」

 グレゴリオ最高司祭が頷いた。

「構いませんとも。
 まず癒しの奇跡、≪慈愛の癒しセイント・ヒール≫をお持ちです。
 これは病や怪我をたちどころに癒してしまう神の奇跡。ですが消耗が激しいので、多用はお勧めいたしません」

 私は頷いた。

 これは前回の人生でも与えられた加護だから、消耗が激しいのもよく知っていた。

「次に守りの奇跡、≪清廉なる壁セイント・ウォール≫をお持ちです。
 邪悪なものが決して踏み越えられない障壁を好きな場所に好きなように設置できます。
 拳にまとえば、相手を殴る武器にもなりますぞ? 緊急時には役立つ小技ですな」

 私は頬をひきつらせた。

 聖女が拳で語り合うとか、絵面がひどい。

「相手を殴り倒せと、そうおっしゃるの? ……まぁ、お父さんの技を使えばできなくはないでしょうけれど。
 他にはなにがありますの?」

「最後に隣人の奇跡、≪無垢なる妖精セイント・フェアリー≫。
 これは任意の物に意思を宿らせ、妖精として顕現けんげんさせるというものです。
 どのような妖精になるかは、条件によってさまざまに変化します。
 寂しい時の話し相手に便利な奇跡ですな。
 これも消耗が激しい奇跡ですので、お気を付けください」

 そんなに疲れながら話し相手を作るって……なんだかしょうもない気がする。

「それだけですの? 特別な聖名の割に、加護は三つだけですのね」

「与えられた聖名が三つですから、加護が三つなのでしょう。
 加護の影響で、邪悪な魔物を察知する感知能力や、危険を察知する危機察知能力なども常人よりずっと優れているはずです。
 どれも、とても強力な奇跡です。使いどころを間違えないようにご注意ください」

 なるほど、魔物の気配を知る能力は正式な加護の内にはいらないのか。少しお得なおまけ能力?

 私は一応うなずいたけど、最後の≪無垢なる妖精セイント・フェアリー≫だけはよくわからなかった。

 せっかくグレゴリオ最高司祭がこの場に居るのだし、試しに使ってみようかな。

 おとぎ話に出てくる妖精の定番は……たとえば風かなぁ?

 私はそよそよとなびいてくる春風に向かって、無心で≪無垢なる妖精セイント・フェアリー≫を祈ってみた。

 すると目の前に、手のひらサイズの小さな女の子が現れていた。

 蝶の羽が生えていること以外は、ドレスを着た人間――というか、私自身の姿と変わらなかった。

「うわ……これが妖精?」

『そうだよ! 私は風の妖精!
 私に姿を与えてくれてありがとう!』

「あなたは何ができるの?」

 風の妖精が眉をひそめて困っていた。

『んー、難しいことを聞くんだね。
 風ができることならなんでもできるよ?
 それに、私は風がれることができる場所のことも知ることが出来るんだ。
 たとえばそう――向こうの生け垣の裏に、変な人が隠れてるのとかね!』

 風の妖精が遠くの生け垣を指差すと同時に、お父様とお父さんが血相を変えて立ち上がった。

「ギーグ!」

「おうよ!」

 お父さんの俊足が発揮され、あっという間に生垣まで駆け寄っていった。

 それと同時に、生け垣の裏から誰かが逃げ出していく様子も見て取れた。

 お父さんが生け垣を飛び越え、飛び蹴りを繰り出しているのが見えた後――

「誰か来てくれ! 不審者だ!」

 お父さんの声に呼ばれ、周囲から兵士たちが近寄っていった。

 しばらくするとお父さんが生け垣の向こうから帰ってきて、お父様に告げる。

「口は割らなかったが、おそらく宰相派閥の諜報員だろう。
 こちらの会話は聞こえていないはずだが、警備体制に問題があるんじゃないのか?」

 お父様が苦笑を浮かべて応える。

「返す言葉もない。
 後で改めて警備体制を見直すとしよう。
 これからはシトラスが我が家に住むことになる。
 今まで以上の警戒態勢を敷く必要があるだろう」

「まぁ、中に入りこまれても私が何とでもしてやるがな。
 変なやからが近寄らないのが一番だ。
 ……それにしても、小さくて可愛らしい妖精だな。
 その上にこれほど役立つとは頼もしい」

 お父さんがまじまじと妖精を見つめ、妖精は照れるようにスカートの裾を持ってもじもじとしていた。

『可愛らしいだなんて当たり前なこと……もっと言ってください! 自尊心が満たされます!』

 あ、この子案外良い性格してるな。

 グレゴリオ最高司祭が楽しそうに微笑んだ。

「ちなみに妖精の性格はシトラス様の人格の一部を借りる形になります。
 つまりこの性格は、シトラス様がお持ちの一面ということですな」

「私はこんな性格してませんわよ?!」

「ほっほっほ。人格というのは複雑怪奇、様々な要素が折り重なってその人を作り上げています。
 ですがシトラス様の中に、確かに自信過剰で愛されたがる一面があるのは確かですぞ?」

 私は恥ずかしくなって、顔が火照ほてるのを自覚しながらうつむいていた。
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