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第3章:月下の妖精
第36話 幸福な家庭
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その夜、クリザンティ伯爵たちを歓待する会食が開かれた。
私がファウスト伯爵令息に拒絶反応を示さなかったことと、アンリ兄様がファウスト伯爵令息の剣術の腕前を認めたことで、あのあと両家の中が深まっていた。
お父様が会食を提案し、クリザンティ伯爵がそれを受けた形だ。
公爵家のダイニングで、みんなが楽しそうに会話を交わしながら食事を進めている。
私は一人静かに、食事を進めていた。
食べながら、ちらちらと視線を感じる――会話をしながら、みんなが私を見るのだ。
なんでお父様たちまでが私を見るんだろう……私なんて見慣れてるでしょ? 一緒に暮らしてるんだし。
クリザンティ伯爵の楽しそうな声が聞こえる。
「何度見ても、シトラス様は美しい令嬢ですな。
さすがは希代の聖女、聖神様の使わした存在です。
しかし我が自慢の息子でもお眼鏡にかなわないとなると、縁談をまとめるのが大変そうですな」
いや、私に縁談とか、それこそ縁がないし……
お父様が楽しそうに応える。
「シトラスはどうやらブラコンの気があるようだしな。
アンリ以上の男でなければ、シトラスを納得させることはできまい。
親として頭が痛いところだ」
ブラコンじゃ! ないから!
アンリ兄様が優れた男性で、生ける美術品のような美貌を持っているのは、客観的事実!
前回の人生でも、アンリ公爵令息以上の男性なんて見た覚えがないし!
それが今回の人生では、妹としてデロデロに甘やかしてくるんだぞ?!
兄びいきになって当然じゃないか!
私は澄まし顔をしながら、心の中で必死に抗議の声を上げていた。
コホンと咳払いをしてから告げる。
「お父様、私の縁談はお父様にお任せしますわ。
私の意志など、どうでもよいではありませんか。
親の言う通りの家に嫁ぐ――貴族令嬢として、ごく当たり前の姿ですわ」
お父様なら、この国が最も安定するように私の縁談を組めるはずだ。
それこそ最悪、ダヴィデ殿下と婚姻しろと言われても、私は渋々だけど頷く覚悟がある。
そこに私の意志は必要ない。
聖玉が砕けないようにするのが最も重要なことなんだから。
この三年間、定期的にグレゴリオ最高司祭から聖玉の様子を報告されている。
今のところ、聖玉の力に陰りが出る様子はないらしい。
周辺国と平和的な外交を続けている今、聖神様の封印は衰える兆候がないということだ。
あとはこのまま国を安定させ続ければ、私の使命は果たされるはずだ。
お父様が寂しそうな微笑みで私に告げる。
「シトラス、何度も言うが、お前はお前の人生を歩んで欲しい。
お前が心配する気持ちもわかるが、それは我々大人に任せて欲しいんだ。
この三年間で宰相派閥の力はさらに衰え、ここから挽回する目はほとんどない。
あとは陛下の暴走だけが怖いが、今は陛下に力を貸す貴族も居ない。
充分、我々だけで国を安定させることが出来る」
「お父様?! そのように油断をしてはなりません!
懸念が残る以上、私は全力を尽くさねばならないのです!
全ての目が潰えてようやく、私は安心して自分の人生を歩むことが出来ます。
それが婚姻後になるのだとしたら、それが私の人生なのだと受け入れるまでですわ」
戦争する未来を封じたことで、戦費で重税を課されて苦しむ民衆は居なくなった。
戦地で命を落とす兵士たちもまた、居なくなった。
魔物の集団発生は劇的に発生件数が減っているとお父様から聞いている。
魔物に襲われ命を落とす民衆の数も、比べ物にならないくらい減っているはずだ。
だけどまだまだ、悪意を持って領地を統治する貴族は存在する。
そんな領主が居る限り、聖神様の封印が陰る可能性は残ってる。
聖玉の力が衰えているのも間違いがない。
新しい聖玉を作る方法は調べてもらっている最中だ。
自分の恋愛にうつつを抜かすなんて余裕、私にはないのだから。
気勢を上げた私に、お母様が悲しそうに告げる。
「シトラス、あなたは聖女であると同時に、一人の公爵令嬢よ。
聖女の役割が今すぐ必要とされていないなら、公爵令嬢としての人生を歩んでも構わないとは思えないかしら。
私たち一家はあなたに救われた。その恩を返したいのよ。
どうかあなたにも、私たちのような幸福な家庭を持ってほしいと願っているの」
――幸福な家庭か。
私にとっての幸福な家庭のイメージは、生まれ故郷での暮らしだ。
農家を営むお父さんとお母さんに、愛されながら育った遠い記憶。
そんな家庭なら、私は築いてみたいと思う。
だけど今の私に、そんな家庭を築く未来はない。
公爵令嬢として別の家に嫁ぎ、社交界に多少なりとも関わらなくてはならない。
貴族の一人として生きて行く人生だ。
そこに幸福を見出そうとしても、私にはできなかった。
私は食卓を見渡した。
お父様とお母様、アンリ兄様とコルラウトにエルベルト――新しい家族たちの姿。
食卓には手の込んだ豪華な夕食が並び、私は綺麗なドレスを着てテーブルについている。
客観的に見れば、きっとここは幸せな場所だ。
だけど『この世界は私の住む世界じゃない』とも思ってしまう。
私はぽつりと告げる。
「いったい何が幸福なのか、私にはもうわからないのです」
今この場は、とてもあたたかい場所なのだ思える。
だけどこれが私の幸福なのかと問われると、自信を持って頷くことができなかった。
愛も恋も、私にはわからない。
胸にあるのは唯一つ、聖神様に世界を託されたという使命感だけ。
それだけが、確かなものだった。
私はみんなの悲しそうな瞳に耐え切れず、黙って夕食の皿だけを視界に納め、食事を進めだした。
****
――ああ、またこの夢だ。
私の死を願う民衆、侮蔑の眼差しを向ける陛下とラファエロ殿下。
ゆっくりと落ちてくる刃が、私の首を落としていく。
悪意が渦巻く空間で、私は一人、後悔に苛まれるのだ。
聖女に何て、なりたくは――
勢いよく私は起き上がり、荒い息を整えた。
サイドテーブルのコップに水差しで水を注ぎ、一気に飲み干す。
――人がやってくる気配はなさそうだ。
どうやら今夜も、錯乱して絶叫することはなかったらしい。
聖女の使命を強く感じると、その日の夜は必ず悪夢にうなされる。
だけど覚悟していれば、叫ばずに居られるのかもしれない。
三年経った今でも、悪夢は私を苛んだ。
この悪夢はいつ終わってくれるんだろう。
すぐに眠る気にもなれず、窓からベランダへ出た。
春先の外気はまだ冷たくて、ネグリジェだと身が震えるほど寒い。
眼下に広がるチューリップ畑が、うっすらと見える。
空を見上げると、薄曇りの向こう側に丸い月が出ていた。
「明るいんだな、今夜は」
ぽつりとつぶやいてから、私は部屋の中へ戻っていった。
窓を背中で閉めた後、ゆっくりと窓辺の椅子に座った。
刺繍道具が置いてあるけど、今はそんな気分でもない。
指で糸をもてあそんでいると、扉が小さく叩かれた。
……気のせいかな? こんな時間に誰かが来るなんて事、ないはずだし。
再び扉がノックされ、声が聞こえてくる。
「シトラス、起きているんだろう? 開けても構わないか?」
「お兄様?! どうなさったの?!」
私はガウンを着ると、急いで扉を開けた。
そこに居るのは間違いなくアンリ兄様だ。
その後ろには、少し眠そうなファウスト伯爵令息も居る。
「どうしてこんな時間に起きてらっしゃるの?」
「お前が悪夢にうなされるだろうと思ってな。
眠れないんだろう? 気晴らしに外に行かないか」
そりゃあ、確かに眠れないんだけどさ。もう午前零時を回ってる。
子供が起きてる時間じゃないよ。ファウスト伯爵令息は巻き込まれたのかなぁ?
「お兄様、こんな夜更けに外出などすれば、お父様から雷が落ちますわ。
こうして会っているだけでも怒られますわよ?」
「お嬢様の言う通りです」
その言葉に驚いて声のする方へ振り向いた――紫紺の髪の少年、従僕のレナートだ。
レナートはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「旦那様から、アンリ様がこのようなことをしない様に見張れと密かに命じられていました。
お嬢様は公爵令嬢、兄妹とはいえ、男性と会う時間ではありません。
大人しくお部屋へお戻りください」
アンリ兄様の強気な声が後ろから聞こえる。
「丁度良かった。レナート、貴様も付いて来い。
人数が多い方が、シトラスの気が紛れるはずだ。
お前もシトラスの心を癒したい男の一人だろう? 力を貸せ」
私はアンリ兄様とレナートを交互に見る――不敵に微笑むアンリ兄様と、困惑するレナートの顔。
え? え? どういう状況?
「……わかりました。私がお目付け役として同行しましょう。
それで旦那様の雷は分散されます。それで構いませんか」
レナートがため息とともに告げた言葉に、アンリ兄様が頷いた。
「助かる――見張りの兵士に気付かれないよう、裏手の森に行くぞ。
この時間になると魔物が出ることがある。得物を持っていくことを勧める」
レナートは新しいため息と共に「了解しました」と告げ、どこからかダガーを取り出していた。
「私にはこれがあれば充分です。アンリ様は?」
アンリ兄様は長剣を見せてニヤリと微笑んだ。
「もちろん、準備できている。ファウストにも同じ物を渡してある。
――さぁ、静かに階段を降りよう」
私の意見はどこ?! 本当に外に行くの?!
私は訳が分からないまま、アンリ兄様たちに連れられて公爵邸の外へ向かって歩きだした。
私がファウスト伯爵令息に拒絶反応を示さなかったことと、アンリ兄様がファウスト伯爵令息の剣術の腕前を認めたことで、あのあと両家の中が深まっていた。
お父様が会食を提案し、クリザンティ伯爵がそれを受けた形だ。
公爵家のダイニングで、みんなが楽しそうに会話を交わしながら食事を進めている。
私は一人静かに、食事を進めていた。
食べながら、ちらちらと視線を感じる――会話をしながら、みんなが私を見るのだ。
なんでお父様たちまでが私を見るんだろう……私なんて見慣れてるでしょ? 一緒に暮らしてるんだし。
クリザンティ伯爵の楽しそうな声が聞こえる。
「何度見ても、シトラス様は美しい令嬢ですな。
さすがは希代の聖女、聖神様の使わした存在です。
しかし我が自慢の息子でもお眼鏡にかなわないとなると、縁談をまとめるのが大変そうですな」
いや、私に縁談とか、それこそ縁がないし……
お父様が楽しそうに応える。
「シトラスはどうやらブラコンの気があるようだしな。
アンリ以上の男でなければ、シトラスを納得させることはできまい。
親として頭が痛いところだ」
ブラコンじゃ! ないから!
アンリ兄様が優れた男性で、生ける美術品のような美貌を持っているのは、客観的事実!
前回の人生でも、アンリ公爵令息以上の男性なんて見た覚えがないし!
それが今回の人生では、妹としてデロデロに甘やかしてくるんだぞ?!
兄びいきになって当然じゃないか!
私は澄まし顔をしながら、心の中で必死に抗議の声を上げていた。
コホンと咳払いをしてから告げる。
「お父様、私の縁談はお父様にお任せしますわ。
私の意志など、どうでもよいではありませんか。
親の言う通りの家に嫁ぐ――貴族令嬢として、ごく当たり前の姿ですわ」
お父様なら、この国が最も安定するように私の縁談を組めるはずだ。
それこそ最悪、ダヴィデ殿下と婚姻しろと言われても、私は渋々だけど頷く覚悟がある。
そこに私の意志は必要ない。
聖玉が砕けないようにするのが最も重要なことなんだから。
この三年間、定期的にグレゴリオ最高司祭から聖玉の様子を報告されている。
今のところ、聖玉の力に陰りが出る様子はないらしい。
周辺国と平和的な外交を続けている今、聖神様の封印は衰える兆候がないということだ。
あとはこのまま国を安定させ続ければ、私の使命は果たされるはずだ。
お父様が寂しそうな微笑みで私に告げる。
「シトラス、何度も言うが、お前はお前の人生を歩んで欲しい。
お前が心配する気持ちもわかるが、それは我々大人に任せて欲しいんだ。
この三年間で宰相派閥の力はさらに衰え、ここから挽回する目はほとんどない。
あとは陛下の暴走だけが怖いが、今は陛下に力を貸す貴族も居ない。
充分、我々だけで国を安定させることが出来る」
「お父様?! そのように油断をしてはなりません!
懸念が残る以上、私は全力を尽くさねばならないのです!
全ての目が潰えてようやく、私は安心して自分の人生を歩むことが出来ます。
それが婚姻後になるのだとしたら、それが私の人生なのだと受け入れるまでですわ」
戦争する未来を封じたことで、戦費で重税を課されて苦しむ民衆は居なくなった。
戦地で命を落とす兵士たちもまた、居なくなった。
魔物の集団発生は劇的に発生件数が減っているとお父様から聞いている。
魔物に襲われ命を落とす民衆の数も、比べ物にならないくらい減っているはずだ。
だけどまだまだ、悪意を持って領地を統治する貴族は存在する。
そんな領主が居る限り、聖神様の封印が陰る可能性は残ってる。
聖玉の力が衰えているのも間違いがない。
新しい聖玉を作る方法は調べてもらっている最中だ。
自分の恋愛にうつつを抜かすなんて余裕、私にはないのだから。
気勢を上げた私に、お母様が悲しそうに告げる。
「シトラス、あなたは聖女であると同時に、一人の公爵令嬢よ。
聖女の役割が今すぐ必要とされていないなら、公爵令嬢としての人生を歩んでも構わないとは思えないかしら。
私たち一家はあなたに救われた。その恩を返したいのよ。
どうかあなたにも、私たちのような幸福な家庭を持ってほしいと願っているの」
――幸福な家庭か。
私にとっての幸福な家庭のイメージは、生まれ故郷での暮らしだ。
農家を営むお父さんとお母さんに、愛されながら育った遠い記憶。
そんな家庭なら、私は築いてみたいと思う。
だけど今の私に、そんな家庭を築く未来はない。
公爵令嬢として別の家に嫁ぎ、社交界に多少なりとも関わらなくてはならない。
貴族の一人として生きて行く人生だ。
そこに幸福を見出そうとしても、私にはできなかった。
私は食卓を見渡した。
お父様とお母様、アンリ兄様とコルラウトにエルベルト――新しい家族たちの姿。
食卓には手の込んだ豪華な夕食が並び、私は綺麗なドレスを着てテーブルについている。
客観的に見れば、きっとここは幸せな場所だ。
だけど『この世界は私の住む世界じゃない』とも思ってしまう。
私はぽつりと告げる。
「いったい何が幸福なのか、私にはもうわからないのです」
今この場は、とてもあたたかい場所なのだ思える。
だけどこれが私の幸福なのかと問われると、自信を持って頷くことができなかった。
愛も恋も、私にはわからない。
胸にあるのは唯一つ、聖神様に世界を託されたという使命感だけ。
それだけが、確かなものだった。
私はみんなの悲しそうな瞳に耐え切れず、黙って夕食の皿だけを視界に納め、食事を進めだした。
****
――ああ、またこの夢だ。
私の死を願う民衆、侮蔑の眼差しを向ける陛下とラファエロ殿下。
ゆっくりと落ちてくる刃が、私の首を落としていく。
悪意が渦巻く空間で、私は一人、後悔に苛まれるのだ。
聖女に何て、なりたくは――
勢いよく私は起き上がり、荒い息を整えた。
サイドテーブルのコップに水差しで水を注ぎ、一気に飲み干す。
――人がやってくる気配はなさそうだ。
どうやら今夜も、錯乱して絶叫することはなかったらしい。
聖女の使命を強く感じると、その日の夜は必ず悪夢にうなされる。
だけど覚悟していれば、叫ばずに居られるのかもしれない。
三年経った今でも、悪夢は私を苛んだ。
この悪夢はいつ終わってくれるんだろう。
すぐに眠る気にもなれず、窓からベランダへ出た。
春先の外気はまだ冷たくて、ネグリジェだと身が震えるほど寒い。
眼下に広がるチューリップ畑が、うっすらと見える。
空を見上げると、薄曇りの向こう側に丸い月が出ていた。
「明るいんだな、今夜は」
ぽつりとつぶやいてから、私は部屋の中へ戻っていった。
窓を背中で閉めた後、ゆっくりと窓辺の椅子に座った。
刺繍道具が置いてあるけど、今はそんな気分でもない。
指で糸をもてあそんでいると、扉が小さく叩かれた。
……気のせいかな? こんな時間に誰かが来るなんて事、ないはずだし。
再び扉がノックされ、声が聞こえてくる。
「シトラス、起きているんだろう? 開けても構わないか?」
「お兄様?! どうなさったの?!」
私はガウンを着ると、急いで扉を開けた。
そこに居るのは間違いなくアンリ兄様だ。
その後ろには、少し眠そうなファウスト伯爵令息も居る。
「どうしてこんな時間に起きてらっしゃるの?」
「お前が悪夢にうなされるだろうと思ってな。
眠れないんだろう? 気晴らしに外に行かないか」
そりゃあ、確かに眠れないんだけどさ。もう午前零時を回ってる。
子供が起きてる時間じゃないよ。ファウスト伯爵令息は巻き込まれたのかなぁ?
「お兄様、こんな夜更けに外出などすれば、お父様から雷が落ちますわ。
こうして会っているだけでも怒られますわよ?」
「お嬢様の言う通りです」
その言葉に驚いて声のする方へ振り向いた――紫紺の髪の少年、従僕のレナートだ。
レナートはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。
「旦那様から、アンリ様がこのようなことをしない様に見張れと密かに命じられていました。
お嬢様は公爵令嬢、兄妹とはいえ、男性と会う時間ではありません。
大人しくお部屋へお戻りください」
アンリ兄様の強気な声が後ろから聞こえる。
「丁度良かった。レナート、貴様も付いて来い。
人数が多い方が、シトラスの気が紛れるはずだ。
お前もシトラスの心を癒したい男の一人だろう? 力を貸せ」
私はアンリ兄様とレナートを交互に見る――不敵に微笑むアンリ兄様と、困惑するレナートの顔。
え? え? どういう状況?
「……わかりました。私がお目付け役として同行しましょう。
それで旦那様の雷は分散されます。それで構いませんか」
レナートがため息とともに告げた言葉に、アンリ兄様が頷いた。
「助かる――見張りの兵士に気付かれないよう、裏手の森に行くぞ。
この時間になると魔物が出ることがある。得物を持っていくことを勧める」
レナートは新しいため息と共に「了解しました」と告げ、どこからかダガーを取り出していた。
「私にはこれがあれば充分です。アンリ様は?」
アンリ兄様は長剣を見せてニヤリと微笑んだ。
「もちろん、準備できている。ファウストにも同じ物を渡してある。
――さぁ、静かに階段を降りよう」
私の意見はどこ?! 本当に外に行くの?!
私は訳が分からないまま、アンリ兄様たちに連れられて公爵邸の外へ向かって歩きだした。
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