お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第4章:夢幻泡影

閑話 ある伯爵令嬢と聖女の昔話

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「いつ見ても、この光景は綺麗ですわね」

 私が貧民区画の礼拝堂で祈りを捧げる背後で、マリアがつぶやいた。

 祈りをささげ終わった私はマリアに振り返り、舞い落ちてきた花びらを捕まえてマリアに手渡す。

「マリアは本当にこの光景が好きなのね。
 こんな危ない所に頻繁に来て、バルベーロ伯爵は何もおっしゃらないの?」

 マリアは弱々しく微笑んだ。

「私の縁談は望み薄です。
 力のある貴族どころか、同格の貴族にすら相手にされません。
 シトラス様ほどじゃなくても、私も悪評が多い人間ですから」

 私たちは夜会で知り合った仲だ。

 だけど貴族たちの目がある中で、私たちは親しい姿を見せることが出来なかった。

 マリアが言うには、お父様であるエリゼオ公爵が『私に近寄るな』と派閥内の貴族令嬢たちに命じたとか。

 何が目的でそんな事を言ったのか、お父様を問い質してみたけど、嫌らしい笑いを浮かべられるだけだった――つまり、私への嫌がらせなのだろう。

 親しい友人が出来ないように、私が孤立するようにしているんだと思う。

 だから私たちが仲良くしてる所を貴族の誰かに見られてしまうと、エリゼオ公爵派閥のバルベーロ伯爵の立場が危うくなる。

 それを嫌がって、マリアも私も、社交場ではお互い距離を取るようにしていた。

 こんな場所に、エリゼオ公爵派閥の貴族はやってこない。

 たまにくる中立派の貴族たちも、私たちの仲には興味がないみたいだ。

 奇跡を見るだけ見ると、すぐ帰ってしまっていた。

 今のところ、私に友人がいるという噂は聞いたことがなかった。

 私たちは礼拝堂の椅子に腰を下ろして小さく息をついた。

 二人で並んで、ぼーっと聖教会の従者たちが花びらを集めていくのを、無言で眺める。

 『戦場の医療箱』だとか、『張りぼて公爵令嬢』だとか、散々好き勝手に呼ばれている私だ。

 四年前から始まったバイトルス王国との戦争に、たびたび駆り出されていた。

 戦地で薄汚れた法衣を着る私を、公爵令嬢として見る貴族はマリア以外居なかった。

「また陛下から戦地へ行けと命令が来たわ。
 今度は少し、長くなるかもしれないの。
 もしかしたら、これがマリアと会える最後かもしれませんわね」

 戦地に行けば、私にだって命の危険はある。

 周りの兵士たちは、あまり私を守るつもりがないみたいだ。

 いつまで悪運が続くのかは、聖神様だけが知るのだろう。

 マリアが私の手を両手で握りしめて、私の目を見つめた。

「シトラス様、そのように弱気になってはいけません。
 あなたは聖女、それは間違いないのです。
 それに王都で待つ私を、また一人ぼっちにするおつもりですか?
 どうか私のためにも、生きて戻られてください」

 その悲しげな瞳を見て、私は涙を流しながら頷いた。

「わかりました……マリアのためにも、生きて帰ってきますわね」

 私が苦しくても生きて行こうと思えるのは、マリアがこうして励ましてくれるからだ。

 聖女なんていっても、私に出来るのは傷を癒すことだけ。

 それも重症の人間なら、三人も癒せば力尽きてしまう。

 『戦場の医療箱』としても、大して役に立ってる訳じゃなかった。

 もっと多くの苦しんでる人を救いたかった。

 でも私に、そんな力はない。

 お父様や国王陛下の言う通りに軍に同行して、少しでも怪我人を治癒するのが私に出来る事だ。

 国中が魔物の集団発生スタンピードで荒れ、それでも国王陛下は戦争をやめようとしなかった。

 私は陛下に近づくことすら許されていない。

 意見なんて、言える訳もなかった。

 まったく、どこが聖女なのかと自分でもあきれてしまう。

 私はそれでもマリアのために自分を奮い立たせ、椅子から立ち上がった。

「さぁマリア、貧民区画の外まで送りますわ。
 暗くなる前に行きましょう」





****

 貧民区画の道を、周囲を警戒して歩く。

 今のマリアは聖教会の法衣を着て、従者に変装してる。

 街の人たちは空腹で無気力に道に座り込み、私たちには興味も示さない。

 それでも貴族女性とばれれば、マリアの身が危ないのだ。

 路地裏に続く道に、野垂れ人でいる人の姿が見えて思わず目をそらした。

 この道は治安がマシな方だけど、貧民区画の荒廃は酷いものだった。

 平民区画ですら、一か月後の生活が危ぶまれる――それほどの重税が課されているらしい。

 王都だけじゃない、国内の殆どの街が、そうやって重税に苦しんでいた。

 噂ではウェストニア王国との開戦準備も開始してるらしい。

 バイトルス王国との戦争だって終わったわけじゃないのに、何を考えてるんだろうか。

 貴族たちだけが裕福な暮らしをしてるように見える。

 民衆の苦しみなんて、知る気もないのだろう。

 聖玉に亀裂が入った以上、もう猶予はないというのに。

 グレゴリオ最高司祭も、必死に陛下を止めようとしてるみたい。

 だけど開戦派のお父様が私を抱えているせいで、グレゴリオ最高司祭も大きく口出しできないらしい。

 会うたびに、無念そうに「申し訳ありません」と、頭を下げてくれた。

 グレゴリオ最高司祭の邪魔をしてるのは私の方だから、謝りたいのはこちらの方だ。

 このままだと、いつか聖玉は砕けてしまう。

 そうなったら魔神が復活するだろうと、グレゴリオ最高司祭は言っていた。

 その日を恐ろしく思うけど、それでも私は自分に出来る救済に走り回らないと。

「シトラス様、どうしましたか?」

 小声でつぶやかれたマリアの言葉に、あわてて応える。

「なんでもありませんわ。
 私は聖女として、使命を果たさねばと決意していただけです」

 そうだ、私は聖女。

 少しでも悲しい涙を減らすために、自分に出来ることをするだけ。

 それが私に新しい救国の聖女ファム・ミレウスという聖名を与えてくれた聖神様に応えることになるのだから。




 貧民区画を抜け、馬車に乗りこむマリアを見送る。

「では、またお会いしましょう。必ず、生きて」

「ええ、マリア。あなたのためにも、必ず生きて戻ってきますわ」

 馬車が走り去るのを、私は見送った。

 それから私は、ゆっくりとエリゼオ公爵家別邸に向けて歩き出す。

 私は馬車なんて使わせてもらえない。

 家に帰っても、粗末な食事と小さくて汚れた部屋が待っているだけ。

 でもそれがなんだっていうんだ!

 私は人々を救う! 私を信じてくれるマリアのような子が居る限り、私の心が負けることなんてないんだから!

 夕日に染まり始める陰鬱な街並みの中を、私は静かに歩いていった。
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