お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
49 / 71
第5章:魔性の少女

第46話 暗躍する影

しおりを挟む
 私は王都の聖教会で、偽の聖水を厳しくとがめ、それを製造する人間を反逆者として宣告した。

 この言葉が布告されれば、各地で取り締まりが開始される。ここから先は、お父様やグレゴリオ最高司祭の仕事だ。

 次に私は、聖教会から囚人の収容所へと足を向けた。

 凶暴になったという平民を実際に見るためだ。

 お父様が直々に案内してくれた収容所では、二十人を超える人間が収容されていた。

「近づくのはやめておくんだ。距離を取って様子を見るといい」

「はい」

 まぁこんな人たちが攻撃してきても、私には当たらないけどね。

 牢屋の中の若い男性をまじまじと見ていく。

 彼はこちらを見ると「女ァッ!」と私に向かって飛び掛かってきて、その勢いで鉄格子にぶつかっていた。

 目を血走らせて必死に手を伸ばしているけれど、その手が私に届くことはない。

 ……うーん、こんな人が街中に居ると、確かに危ないな。

 見かけた女性を見境なく襲いそうだ。

 私は早速、癒しの奇跡を祈る。

「≪慈愛の癒しセイント・ヒール≫!」

 まばい光が若い男性を包み込んだ。

 光が消えるとそこには、ぽかんと口を開けた冷静な男性が佇んでいた。

「ここは……牢屋?! なぜ私はこんなところに?!」

 私は小さく息をついた。

「どうやら、癒しの奇跡で治せるみたいですわね。
 ということはおそらく、私の作る聖水を飲ませても治すことが出来そうです」

 私は次々と収容されている人たちを癒していった。

 お父様は兵士に指示を出し、収容されている人たちから事情を聞き出していた。

「彼らの話をまとめるまで時間がかかる。
 今日はこのまま、別邸に戻るといい」

 私は小首を傾げた。

「陛下は癒さなくても構わないのですか?」

 同様の症状が出ているなら、陛下も同じように癒せるはずだけど。

 お父様が苦笑を浮かべた。

「あのように凶暴になった陛下の前にお前が姿を見せたら、お前の身が危ない。
 お前は体術に自信があるかもしれないが、陛下を前に委縮いしゅくしてしまえば、攻撃をかわすことができなくなるかもしれない。
 別邸で聖水を作って欲しい。それを陛下に飲ませよう」

「……わかりました。
 ではそのように手配をお願いします」




****

 私は王都の別邸に行き、アンリ兄様と一緒に紅茶を飲んでいた。

 聖水を作成するにも準備が必要だ。

 お父様がその手配を済ますまで、時間を潰していた。

「お兄様、今回のことをどうお考えですか」

「宰相が関わっているのではないか、うっすらとそう感じる」

 私はアンリ兄様をまじまじと見つめた。

「それはどういう意味でしょう?」

「違法薬物の密売を、偽の聖水という形で流通させた。
 これはおそらく、里帰りしていたお前をこの場所に戻す意図があったように思う。
 お前が出て来れば、すぐに解決してしまう問題だからな」

 なるほど、それは確かに。

「そして偽聖水として出回っている違法薬物だが、禁断症状で凶暴化するらしい。
 今は父上が収容された人間を調べているが、おそらく全員が偽の聖水を口にしたのではないかと見ている。
 父上も同じ意見で、今はその裏を取っている段階だろう」

 私は眉をひそめてアンリ兄様を見た。

「善良そうに見えましたけど、あの人たち全員が薬物を辞さないほどの好色家だと、そうおっしゃるの?」

 収容されていた人の中には、若い女性の姿もあった。

 とてもそうは見えなかったんだけどなぁ?

「偽の聖水と知らずに飲まされた者もいるんじゃないかな。
 『倉庫の奥からたまたま在庫が見つかった』と言われれば、飲んでしまうかもしれない。
 ただの水といつわって飲まされた者も、中には居るかもわからない。
 料理や酒に混ぜられても、知らずに口にしただろう。
 だが凶暴化した人間の正体が禁断症状だとするならば、そういったあの手この手で偽の聖水を飲まされている可能性が高いと思う」

 うーん、ピンとこないなぁ。

「お兄様? そこまでして私を呼び戻して、宰相は何をしたいのかしら」

「お前は十二歳、もう社交界に出てもおかしくない年齢だ。
 そしてそろそろ、婚約者を決めなければならない年齢でもある。
 宰相は現王家に見切りをつけ、配下の人間をお前の夫にしようと画策しているんじゃないか?
 そうして新しい王家を擁立ようりつし、力を回復させたいのかもしれない」

「そんな稚拙ちせつ謀略ぼうりゃくを、あの宰相がするでしょうか。
 私は宰相派閥の人間になど、近寄るつもりはありませんわよ?」

 アンリ兄様が苦笑を浮かべた。

「それはお前が、前回の人生の記憶を持つからだ。
 今回の人生で、お前は一切、宰相派閥と関わっていない。
 奴はお前に警戒されていると気づいていないんだ」

 なるほど、言われてみれば今回の人生は王家と少し接触した程度で、宰相派閥の貴族とは会った事がないや。

「ですがお父様が宰相派閥の人間との婚姻にうなずくとは思えません。
 そこはどうするつもりなのかしら」

「お前が『望む相手だ』と主張すれば、父上もそれを無碍むげにはできない。
 どうにかお前に取り入り、攻略できてしまえば、次の王位を手に入れることが出来るんだ」

 攻略って。

 私ってそんなにチョロい人間に見えるのかな?

 ……チョロいか。前回の人生で散々宰相の手のひらの上で転がされたし。

 私は小さくため息をついた。

「そんなくだらない野心のために、私たちの夏の夢は壊されてしまったのですわね。悔しいですわ。
 やはり宰相も早くなんとかしてしまわないと、私の平穏な生活は望めないということかしら」

「ああ――だがそれだけじゃない。
 陛下も早い所、ダヴィデ殿下に王位を譲ってもらった方が良いだろう。
 その辺りは、父上が巧く動いてくださるはずだ」

 そんなにうまくいくのかな?

 王家の周辺は宰相派閥が固めていたはず。

 その切り崩しも、進んでいたのかなぁ。


 その後、聖水の材料が届くと私は久しぶりの聖水製作を行い、失神するまで作り続けた。

 その聖水はすぐに陛下の元に届けられ、陛下の乱心も鎮静できたという報告を後に受けた。

 面と向かって会わなくても治せたので、私も胸をなでおろした。




****

 シュミット侯爵邸で派閥の定例夜会が開かれていた。

 シュミット宰相は酒をあおりながら、上機嫌で派閥の人間と言葉を交わしていく。

「無事に聖女を王都に呼び戻すことが出来たな。
 エルメーテ公爵家嫡男が聖女と共に居ると聞いて、一時は焦ったが……間に合ったようだ」

 歳の若い男女が田舎で共に暮らす――たとえ義兄妹だろうと、それで仲が進展してしまえばエルメーテ公爵家が次の王統として確定してしまう。

 シュミット宰相はそれを最も恐れ、早急な手を打った。

 少し乱暴だったが違法薬物の流通ともなれば、エルメーテ公爵も聖女を呼び戻さざるを得ない。

 結果としては宰相の思った通りに事が進んでいた。

「だがあの身体の弱い聖女を、社交界に引っ張り出せるのか?
 エルメーテ公爵のガードは硬いぞ」

 十二歳になっても、聖女が社交場に姿を見せたという話は聞かなかった。

 エルメーテ公爵が社交場に一切連れて行かないのだ。

 聖教会も、もよおし物に聖女を呼ぶ事すら極力控えている。

 聖女認定の儀式以来、聖女の実物を見たことがある人間はほとんど居なかった。

 グレゴリオ最高司祭が時折ときおり交流していると噂に聞くだけだ。

 シュミット宰相が不敵な笑みを浮かべる。

「そこはダヴィデ殿下を利用する。
 殿下の誕生祝賀会が十月にある。
 殿下が直々に招待状を出せば、断るのは難しいだろう」

「だがあの聖女は陛下を忌避きひしている。
 ダヴィデ殿下の招待状だとしても、断りかねないぞ」

「なに、その頃に陛下には病で倒れて頂くだけだ。
 病床に陛下がおられれば、聖女も安心して出てくるだろう。
 あとは――エリゼオ公爵、お前の手腕次第だ」

 エリゼオ公爵が不敵に笑みを浮かべた。

「村娘ごとき、我が息子が骨抜きにして見せましょう。
 それで我らは勢力を取り戻す」

「我らの栄光のために――」

 男たちがグラスを合わせた後、酒をあおっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...