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第7章:彼女の幸福
第66話 新しい自分
しおりを挟むダヴィデ殿下は騎士たちによって、王都に護送されて行った。
最後まで私に「その男を信用してはなりません!」と叫んでいた。重傷だ。
私たちは着替えも忘れてサロンに集まり、頭を悩ませていた。
「どうしましょう……欲しくもない王位を継げとか言われても、困るんですが」
王妃ともなれば、宮廷の社交場と無縁では居られない。
私が最も嫌悪する場所に居なくてはいけなくなってしまう。
アンリ兄様がため息をついた。
「私だって、国王など御免だ。
だがもう私たち以外、次の王位を継げる人間が居ない。
逃げ道がないな」
お母様も憂鬱そうに告げる。
「シトラスが婚姻するまでは待ってもらえるでしょう。
でも婚姻と同時に、王位を継ぐよう求められるはずよ。
奇跡が起きてダヴィデ殿下が許されることを祈るしかないわ」
そんな奇跡は聖神様でも起こせない気がする。
私は聖玉を作って死ぬ予定なのに、王妃をやれって言われても困ってしまう。
アンリ兄様が王家を守ることになるんだろうか。
あーもー! 死ぬ前は故郷に帰ってのんびりスローライフするつもりだったのに!
全部台無しじゃないか!
ダヴィデ殿下、あんなことする人間だったのか……。はぁ。
私たちは誰ともなく立ち上がり、着替えを済ませて部屋に戻っていった。
アンリ兄様の部屋をノックして中に入る。
慣れたようにアンリ兄様がベッドにスペースを空け、そこに私が滑り込む。
「今日は疲れたよ、アンリぃ」
思いっきり抱き着いて、胸に顔を埋める。
アンリが私を優しく抱きしめて、背中をさすってくれた。
「そうだな。私も疲れた。今日は早く寝てしまおう」
手足を絡ませ合いながら、密着してアンリを身体全体で感じ取る。
そのまま私は、安心しながら意識を手放していった。
****
今日は月に一度の貧民区画の礼拝堂参りの日。
私は道を歩きながら、感慨に耽っていた。
「来るたびに区画が整備されて行きますね……あちこちに兵士たちも立っていますし」
お父様が有言実行する人なのは知ってるけど、たった一年で随分な変わりようだ。
これなら私が通う道は、王都市民が通っても安全だと確信できる。
グレゴリオ最高司祭が楽しそうに応えてくれる。
「エルメーテ公爵が来る日のため、計画を推し進めてますからな。
そのために必要なら、この程度の区画整理はしますとも」
「こんな大規模な区画整理をする予算があったのですか?」
「シュミット侯爵派閥が国庫から吸い出していた分を、全て奪い返しましたからな。
奴らが貯め込んでいた資産も含めれば、これくらいは何とでもなります」
どんだけ悪党に吸われてたの……この国のお金……。
ああそうだ、せっかくだから聞いておこう。
「グレゴリオ最高司祭、聖教会はダヴィデ殿下の件をどう考えているんですか?」
「やはり現王家を処罰し、取りつぶすよう求める意見が強いですな。
シトラス様の婚姻も目途が立っています。
物的証拠はありませんが、状況証拠で国王陛下が聖女毒殺の共謀者であることは明らか。
陛下の命を助ける代わりに退位を迫る線が濃厚かと思います」
つまり、私が王妃になるのは既定路線ということだ。
「憂鬱ですわね……良い思い出のない宮廷になんて、住みたくありませんわ」
「ダヴィデ殿下に王の資格がないことが判明した以上、どうしようもありません。
あのように暴走する人間に、国家の手綱を預ける訳にはいきますまい。
不幸中の幸いなのは、シトラス様のおかげで被害が実質的になかったことです。
これが国家の実権を得た後の暴走であれば、民が巻き込まれ、多くの者が命を落としかねなかった」
今の聖玉の力で戦乱なんか起きたら、一発で砕けそうだしなぁ。
そういう意味では不幸中の幸いで合ってるのかなぁ。
綺麗になった礼拝堂に入り、今日も奇跡を起こしていく。
コッツィ司祭も、区画整理で治安が良くなったことを喜んでいるようだった。
街が綺麗になるにつれて、無法者たちがこの区画から他へ移動していってるらしい。
そりゃそうだ、あちこちに兵士が立っていたら、悪さなんてしづらいだろうし。
帰り道、私はひとつの質問を投げかけてみた。
「グレゴリオ最高司祭、あの聖地で聖玉の力を回復させることは可能だと思いますか?」
「聖地の力を利用するのですか?
……あの場所には聖神様の力が満ちています。
それを聖玉に注ぎ込めれば、亀裂の修復はできるかもしれません。
ですが、どうやって注ぎ込むというのです?」
それを私に聞かれてもなぁ。
私が悩んでいると、グレゴリオ最高司祭が語りかけてくる。
「聖神様の力の本質は、善良な人間の祈りです。
誰かを救いたいという想いや、幸福な者の充足感、そういった明るい感情のこもった祈りが、聖神様の力と言えます。
大勢の善良な人間がそのような祈りを捧げ、その力を集約することが出来たなら……あるいは可能かもしれません」
「そんな人間が、大勢いるんですか?」
グレゴリオ最高司祭が楽しそうに笑った。
「ははは! 疑いたくなるあなたの気持ちも、わからなくはありません。
ですが、長年あなたが作り続けた花びらや聖水で救われた人々が居ます。
あなたを救いたいと願ってくれる人なら、貧民区画だけでもそれなりの数になるでしょう。
その力を集約する方法は、現在調査中です」
グレゴリオ最高司祭が、私の顔をまじまじと見つめた。
私は小首を傾げて尋ねる。
「どうなさったのですか?」
「いえ、あなたには秘められた力が確かにあります。
あるいはそれが、祈りを集約する力かもしれません。
その萌芽が近いようにも感じますが、それには何かきっかけが必要にも感じます。
今のあなたでは、その萌芽は期待できないでしょう。
あなたが生まれ変わるような経験をすれば、それは起こるかもしれません」
生まれ変わる? どういうこと?
「一度、愛しい男性に身を任せてみてはいかがでしょうか」
「はい?!」
なんて言った?! 一番偉い司祭が、淑女に婚前交渉を勧めたの?!
「女性にとってのそれは、生まれ変わるに等しい経験です。
それがきっかけで、あなたは新しい力を覚醒させるかもしれません。
聖玉を修復できれば、あなたは死なずに済みます。
試してみる価値はあるのではないですか?」
そんな焦らなくても、婚姻すれば経験する事のはずだしなぁ。
……って、グレゴリオ最高司祭の視線はアンリ兄様に向いていた。
どうやら私に話しかける形で、アンリ兄様に聞かせてたみたい。
アンリ兄様は、深く考え込みながら歩いていた。
別に、アンリ兄様になら襲われてもいいけどさー。
そんなに焦る必要もないんじゃない?
****
別邸に宿泊した夜、今日も私はアンリのベッドに潜り込む。
「ねぇアンリ、私に手を出すの?」
単刀直入、スパッと切りこんだ。
アンリは少し迷ったあと、私に告げる。
「さすがに兄妹の間は、それはできない。
だがお前が生まれ変わるくらい、心から愛を注いで抱きしめてさせてくれないか。
私の心がお前と通じ合わせられたら、それで何かが変わるかもしれない。
明日、それでグレゴリオ最高司祭に確かめてもらわないか。
お前に新しい力が備わり、それが目的のものだったなら、父上も計画を進めやすくなるはずだ」
それはグレゴリオ最高司祭に『助言通り、ちょっと愛し合ってきました!』と宣言するに等しい。
かなり恥ずかしいな……。
でもアンリがそれを望むなら、応えてあげたい。
「アンリがやりたいようにやっていいよ。
私はアンリに身を任せるだけ」
アンリは黙って私の唇をふさいでいった。
久しぶりのキスは、とっても情熱的に感じた。
朝になり、私はそっと目を開けた。
アンリはすっかり安心したように眠っている。
グレゴリオ最高司祭が言う通り、確かになんだか生まれ変わった気分を感じていた。
「……ああいう世界もあるんだなぁ」
昨晩のことを思い出し、軽いカルチャーショックを受けていた。
大人の扉の向こう側は、私の想像もつかない世界だった。
見たこともないアンリ、今まで知らなかった自分。
愛しい人と心を通い合わせる体験は、驚きの連続だった。
私は再びアンリの胸板に、そっと顔を埋めていた。
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