お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第7章:彼女の幸福

第67話 返り咲く友情

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「あなたの新しい力は清純なる恩寵ホーリー・グレイス、人々の祈りを束ねる力。
 それは聖神様の力を増強し、魔神の力を大きくぐことができるでしょう。
 まさに、今求めている力そのものです」

 清純か。いいのかなぁ、愛し合って得た力が清純で。

「では、お父様にそのことをお伝えください。
 祈りを捧げる人々を手配するのにも時間が必要なはず。
 それにはどのくらいかかると思いますか?」

「そうですな……一週間もあれば集めてしまうでしょう。
 エルメーテ公爵も必死ですから、そこは迅速じんそくに動くと思います」

 早くない? たった一週間?

「そ、そうですか……では、領地に帰っている余裕はなさそうですわね」

「はい、エルメーテ公爵夫人には早馬を飛ばしましょう。
 シトラス様を思う人々をなるだけ集めます。
 ですが今回は実験です。
 結果次第では、もう一度大規模な儀式を行う必要があるかもわかりません。
 今回だけで無事に修復が完了すると良いですな」




****

 帰りの馬車の中で、私は王都の街並みを眺めていた。

 前回の人生で見た風景とは全く違う、平和な街並み――お父様の手腕だ。

 人々には笑顔があふれ、幸せに今を生きているように感じる。

 王都は恵まれた人たちの街だけど、この街でこれだけの変化があったのだから、他の街だって同じように変化があったはずだ――そう思いたかった。

 新しい力で聖玉を修復できたなら、今度こそ私は使命を果たしたと胸を張って言えるだろう。

 駄目だった場合でも、私が魂を捧げれば済む話。そこに失敗の可能性はないと思う。

「お父さん、私は今回こそ世界を救えたのかな」

「ああ、お前は立派に聖女の務めを果たしたんだ。
 あとはお前が幸福な人生を送れば完璧だ」

 幸福な人生か。

 宮廷での生活に、それはあるのだろうか。

「……村に、帰りたいな」

 その言葉に応えはなかった。

 無理な話だとみんな理解しているから、応えられなかったのだろう。




 別邸に戻ると、レイチェルから客人が来ていると伝えられた。

「どなたがいらっしゃってるの?」

「バルベーロ伯爵令嬢です」

 驚きのあまり、私の動きが止まっていた。

「……そう、すぐ行くわ」

 私は応接間に足を向けた。




「どうなさったの? バルベーロ伯爵令嬢」

 部屋に入りながら、私は声をかけた。

 マリアは私を見て立ち上がり、勢い良く頭を下げてきた。

「シトラス様、あなたに謝りたくて参りました!」

 謝る? はて? こっちが謝ることはあっても、謝られる覚えはない。

 私はソファに座り、マリアにも座るようにうながした。

「話が見えませんわ。説明していただけないかしら」

 マリアがおずおずと話を切り出してくる。

「以前、夜会にいらした時、私が思わずにらみ付けてしまったのを覚えてらっしゃいますか」

 そりゃまぁ、ショックだったし。

「いえ、そんなことがあったのですか?
 ですがバルベーロ伯爵令嬢が気になさることではありませんわ。
 あの時の私は場にそぐわないドレスを着ておりましたし、何か私がご迷惑をかけたのではなくて?」

 マリアが眉をひそめて応えてくる。

「あの時の、シトラス様の悲しみに満ちた目がどうしても忘れられないのです。
 シトラス様は何も悪い事などなさらなかった。
 私の身勝手な思いで、ついにらみ付けてしまった。
 それであなたをあそこまで悲しませてしまったことを、今でも後悔しているのです」

 ふむ。マリアならそれくらい感じてそうだけど、急な話だな。

 もっと前に謝る機会くらいあったと思うんだけど。

 ……ああ、私とアンリ兄様が次の王位に確定したから、私と親しくなりたいのかな。

 バルベーロ伯爵からそう言われて、渋々動いたってところか。

 私は微笑みながら告げる。

「私はそんなことを覚えておりませんし、バルベーロ伯爵令嬢が気になさることでもありませんわ。
 そんな些末さまつなことなど忘れて、気楽になさって?」

 私の微笑みを見たマリアが、とても悲しそうな眼をした。

「……そこまで私はあなたの心を傷つけてしまったのでしょうか」

「どういう意味かしら?」

「シトラス様の微笑みが、以前とは違って見えます。
 あなたの本来の微笑みは、とても温かいものです。
 ですが今は、温かみを感じることが難しく感じます。
 以前のようにファーストネームで呼んでくださることもない。
 とても他人行儀ですわ」

「私とバルベーロ伯爵令嬢は、そもそもほとんど面識がありませんのよ?
 このぐらいの距離感が普通ではありませんか?
 以前の私が間違っていたのです。
 あなたが悪いのではなく、私が悪かった――それだけですわ」

 拒絶されて傷付くくらいなら、自分から離れる方がマシだ。

 もう二度とあんな思いはしたくない。

 マリアが泣きそうな目で私を見つめてきた。

「お願いです、もう一度だけ機会を頂けませんか。
 親しくなって欲しいという意味ではありません。
 もう一度、あなたの温かい微笑みを見せてはいただけませんか。
 その一心で、お父様の反対を押し切ってここに参りました」

 バルベーロ伯爵の反対を?

 どういうこと?

「どうしてバルベーロ伯爵が反対なさるの?
 今の私と親しくなれば、バルベーロ伯爵にとって有利に働くのではなくて?」

 マリアがうつむきながら応える。

「以前の夜会の様子が、エルメーテ公爵の耳に入ったようなのです。
 シトラス様を悲しませた私たちは、あなたに近づく事のないように言いつけられました。
 これを破れば、お父様の立場が危うくなります。
 ですが私は、どうしてもシトラス様に謝罪をしたかったのです」

「……小心者で弱虫のバルベーロ伯爵令嬢が、父親の反対を押し切り、立場を悪くしてまで私に会いたかったと、そうおっしゃったの?」

 マリアが悲しそうに微笑んだ。

「ええ、私はそのように情けない人間です。
 ですがシトラス様の悲しむ顔を思い出すと、胸が締め付けられる思いなのです。
 私がこうして会いに来たことで、お父様は政界で失脚してしまうでしょう。
 私ももう、貴族社会には居られないかもしれません。
 これが最後にお会いする機会、ですから最後に、シトラス様本来の微笑みを、思い出にいただけませんか」


 ああそうか、マリアはこういう子だった。

 小心者で、弱虫で、好きなものに近づくこともできないような子。

 だけど、自分が誰かを傷つけることを許せない子だった。

 それくらい優しすぎるのが、私の知るマリアだ。


 私はふっと微笑んだ。

「心配はいらないわマリア。
 バルベーロ伯爵が失脚しないよう、私がお父様に口添えをしておきます。
 でも勘違いはしないで?
 お父様は鞍替え組を重用する気が無いみたいなの。
 だから私がマリアと親しくなることも、良く思ってないみたい。
 バルベーロ伯爵の立場が、今より良くなることはないはずよ」

 マリアが溢れんばかりの笑顔で頷いた。

「ええ、ええ! それで構いません!
 ようやくシトラス様の微笑みを見ることが出来ました!
 これで思い残すことはありません。
 私は貴族社会の隅で、ひっそりと生きて行きますわ。
 ご迷惑など、もうおかけしません」

 立ち上がりかけたマリアの手を、私はあわてて掴んだ。

「――どこへ行くおつもり?
 まだお茶の一杯も飲んでないわよ?
 マリアの美青年観察記録、久しぶりに聞きたくなったわ。
 今のお勧めはどなたなのかしら?」

 マリアが呆気あっけに取られたあと、私に微笑んだ。

「今のマイブームは美中年ですわ!
 エルメーテ公爵を筆頭に、渋い美形が今の社交界には多いのです!
 お勧めは――」

 その後、二時間かけて私はマリアと語り合った。

 約十年振りの会話を、私は心の底から満喫していた。




「マリア、いつでも会いに来て。
 あなたの話を、また聞きたいわ」

 別れ際、マリアとハグを交わしてから去り行く馬車を見送った。

 前回の人生とは違う関係だけど、近い仲にはなれた気がした。

「レイチェル、お父様が帰ってきたら教えて。伝えたいことがあるの」

 きちんとお父様に、バルベーロ伯爵のことを伝えておかないとね。

 マリアが社交界からいなくなったら、もう話を聞けなくなっちゃうし!
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