僻地に追放されたうつけ領主、鑑定スキルで最強武将と共に超大国を創る

瀬戸夏樹

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第81話 ブラムの武略

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 1体のケルピーが河に足を踏み入れると、急に歩幅が伸びて加速し、前を行くケルピーにぶつかりそうになる。

「うわっ。急に加速すんなよ」

「すまん、すまん。河に足を踏み入れると、こいつ急に元気になってさ」

「ケルピーも広い河を走れて楽しいんだろ。大目に見てやれ」

 どうやらあの馬は、水面の上に立つと地上よりも加速がつくらしい。

(冗談じゃない。あんなものを使われては、我が軍は渡河する度に蹂躙じゅうりんされてしまうぞ)

 ランバートは急ぎオフィーリアの下へと帰り、水上を疾走する魔獣について報告した。

 バーボンから新規に編入された兵士に聞いてみたところ、その魔獣はケルピーではないかと目星がついた。

 マギア地方の奥深い山地にしか棲息しない生物で、まだどこも実戦には投入していないはずだが、ナイゼル第二公子ブラム・フォン・ナイゼルは、かねてからケルピーの軍事利用を主張し、そのたび退けられながらも熱心に研究を重ねていたという。

 その後すぐにドロシーからブラムがバーボン方面軍の指揮官に任命されたらしいという報告が、ノアとオフィーリアの下にもたらされた。



「ナイゼル第二公子ブラム? 誰だそいつは」

「マギアでも随一の将だともっぱら噂の青年です」

 グラストンはノアに解説した。

「ナイゼル公は彼の軍才を目の当たりにした時、次男に生まれたのを大層惜しがったとか」

「それほどの奴がバーボン方面の指揮官に就任したというのか。けれど、なぜそんな男が今まで無名のまま戦場に現れなかったんだ?」

「第一公子ベルナルドの顔を立てるためだと言われています。ですが、そのような体面も捨ててなりふり構わずブラムを起用してきたということは……」

「ナイゼルもいよいよ本気できたということか」

(オフィーリア、なんとか耐えてくれよ)



(水面を走る馬。敵の方が平面のスピードが速く感じたのはそのためか)

 ランバートから報告を受けたオフィーリアは思案した。

(水上でそれほどの機動力を発揮するユニットとなれば、河の上では奇襲し放題。橋をかけたり、筏をつたって渡河するのも危険か)

 報告に続き、ランバートは献策する。

「オフィーリア様、あの魔獣を使役されては、河は何の障壁にもなりません。急ぎ自陣の前面に馬防柵を巡らせるのが肝要かと」

「そうだな。それは貴殿に任せよう。それで。敵の騎兵部隊は追い返すことができたのか?」

 オフィーリアはゴーレムの守備についていた兵士達に尋ねた。

「は。魔石銃を撃ったところ、あっさりと引き返していきました」

(追い返せたか。となれば、火力では優っているということだな)

 とりあえずオフィーリアはホッとした。

 場合によっては、ケルピーの奇襲に続いて歩兵の渡河から陣地構築まであり得るところだった。

(ただ、だとしたら敵の狙いはなんだ? 渡河して陣地を確保するのが狙いではないとしたら偵察? 単に迎撃後、深入りしすぎただけ?)



「あちゃー。ゴーレムの奪取には失敗か」

 ブラムは帰ってきたケルピー部隊からの報告を聞いて残念そうにした。

「は。ゴーレム部隊の周囲は思いの外、防備が堅く、とても騎兵だけでは突破できそうにありませんでした」

「敵の将もなかなかどうして侮れないな」

(流石にアークロイの虎と言われるだけのことはある。ゴーレムの弱点をよく分かっているな)

 ゴーレムは戦局を左右するほどの火力を持っているが、一方で奪われたり破壊されたりすれば士気がガタ落ちする諸刃の剣でもあった。

(今頃、オフィーリアの本陣ではケルピー対策が練られている頃か。もう同じ手は通じないだろうな)

「ま、しょうがない。敵の渡河を防ぐという狙いは果たした。引き続き哨戒を怠るなよ」

「はっ」

「もう一度奇襲を狙わないのですか?」

 副官が尋ねた。

「このレベルの敵に同じ手が通用するかよ。それよりも……」

 ブラムは引き抜いた芝をいて風向きを調べた。

「いい風だと思わないか?」

「は?」

「適度に湿り気のある。ケルピーが好きそうな気候だ」

 それを聞いて副官もハッと気づく。

「雨……ですな」

「よし。陣地を構築しろ」

 ナイゼル軍は一転、防御陣地の構築に勤しみ始めた。

 その様子はすぐに対岸のアークロイ陣営にも見て取れた。



(!? 防御陣地を構築し始めた!? スピードで優っているはずの敵側が? 狙いは持久戦か)

 確かにケルピーを使えば、広い流域をカバーしながら、こちらの兵力をチマチマ削ることができそうであった。

(なんて奴だ。機動力で機先を制し、目的を果たせば、すぐに持久戦に切り替える。速さと柔らかさ、加えて最新ユニットも実践投入する革新性。こんな奴がナイゼルにいたなんて。しかも……)

 オフィーリアは遠くの空を眺める。

 風は湿り、遠くの空で雷雲がゴロゴロと鳴っている。

 雨雲が近づいてきているのだ。

 ケルピーはおそらく水と相性のいい魔獣。

 雨が降り、河川の水量が増して、湿地が増えれば、ますますその馬力と俊敏さは高くなるのではないだろうか。

(ゴーレムをもっと敵陣に近づけるか……? ダメだ。ケルピーで奇襲される)



(かと言って、このまま待ち続ければ、やがてジーフ軍と雨がやってきてますますこっちが有利になるぜ?)

 ブラムはオフィーリアの陣地から漂う迷いを読み取って、ほくそ笑む。

「さぁ。どうするよアークロイの虎」

(どっからでもかかってこい。このケルピー部隊でナイゼル軍はマギア地方を統一する!)
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