宇宙海賊カーチェス・ナイト

伊東 馨

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放浪者達のバラード

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1 浮遊衛星アルメストにて



 翌日、二人はポリスのセンターに出かけて、新しい獲物の物色をした。
 賞金稼ぎのためにポリスが準備した検索機械の前に立ち、膨大な賞金首リストから、自分たちの実力と装備とを照らし合わせて、確実に捕らえられる相手だけを選びだす。そして選びだしたリストはプリントアウトしておく。
 賞金稼ぎなんて仕事は、決して派手なアクション映画のようなものではない。
 もちろん、犯人を捕まえるときに相手が反抗してくればそういうことにもなるが、普通は人通りの少ないところに追込んで捕らえる。
    一般人に被害が及ぶことは極力避ける必要があった。というのも、一般市民に被害が出た分は、賞金から天引きされるからだ。

 賞金稼ぎは結構厳しい商売だ。

 仕事の手順はこうだ。
 まずリストであたりをつけた賞金首が、いまこの町にいるかどうか調べる。
 住んでいる場所も調べ、相手を捕まえるチャンスが来るまで張り込みだ。首を一つ取るのに、数日から数週間追い回すが、その大半はただひたすらチャンスを待つことに費やされる。
 警察で手に入れられるリストは、現在アルメストに潜伏していると見られる犯罪者ばかりだ。もちろん、中にはうまくアルメストから出ていったものもいるが。
 だが、リストの中に住所までは書いていない。それが分かるくらいなら、アイル達のような賞金稼ぎは必要ないのだった。
 居場所を調べて回るのには、いろいろな方法がある。
 自分の足で調べる手もあるが、ポピュラーな方法としては、情報屋を介してその手の情報を流してもらうことだ。
 つまり、ハッカーのセリアと知り合ったのは、そういう理由からだった。

 ポリスセンターを出た二人は時折行く喫茶店に入った。
 店はポリスセンターの近くにあり、二人は賞金を貰った翌日に必ずここに立ち寄る。午前中に取りに行った賞金首のリストをチェックするためだ。
 落ち着いた雰囲気の店内には煎ったコーヒーの匂いが充満していた。午前中とあって、客はまだ少なかった。
 カウンターに座って新聞を広げていた男が顔を上げた。
 赤い瞳に白い髪・・セリアだった。
 「おはよう、セリア」
 「ガルダノッァ」
 セリアは標準連邦語でない自国の言葉を返してきた。
 標準連邦語は、連邦が作られたときに新しく作られた言語で、どこの国の言葉も基礎にしていない。そうすることで、国家間の平等を強調したのだ。
  連盟があった時代には、リーダー国の言葉をそのまま標準語にしたこともあったらしいが、リーダー国の人間が優越感を持ち他国の人々を差別したため色々な問題が生じ、連邦が作られたときにはその方法は受け継がれなかった。
 「いや、・・おはよう、だったな」
 セリアは言いなおした。
 標準語は知識として覚えたものであるため、つい、とっさに口を突いて出るのは自国の言葉になってしまう。
 「いや、いいさ。俺だってよくやるもの。隣に座ってもいい?」
 セリアは頷いた。
 連邦は自治領内の各民俗独自の言語を奪うようなことはしない。惑星探査で見つかった知的生命体の種族が連邦に受け入れられると、外部で標準的に用いられる共通語なので必要に応じて覚えるようにと指示が与えられ、要求があれば講師を派遣するだけだ。
  だから星では、その星や土地独自の言葉が日常に使われている。標準語は学校の授業で習うので、来客が標準語で話かければ、それで答えてくれる。それが多種多様な文明を持つ連邦を維持するために必要な「許容」なのだった。
 そして、アルメストのような多くの人種が集まって形成されたコロニーなどでは、標準連邦語が公用語として使われた。
 ここで自国の言葉を使える場所は、自分の部屋の中でだけ。外出先で不用意に自国語を話していると、他者から誤解を招きかねない。
    それはつまり、そう遠くない未来に「後悔してもしきれない」状況に追込まれることを意味していた。
 連邦で生きていくということは、甘えや妥協なしに厳しいことだった。
  「コーヒー二つね」
 アイルは店の主人に注文して、隣に腰をおろした。ノーマもそれに続く。
 「セリア、ここのコーヒー代は今日は俺がおごるよ。昨日のデータの代金はコーヒー代でいいって言ってたろう?」
 「ああ、ありがとう」
 店内に備えつけのテレビからは、午前中のニュースが流れていた。センテス自治領に隣接しているゴーザ自治領が、新しいマジシャンを手にいれたというニュースだ。
 「へーえ、マジシャンってあれでしょ? 惑星マージカ産の生きた超兵器。一人で星一つ潰すくらいわけないっていう、ヤツ」
 ノーマがテレビを見ながら感心して言い、出されたコーヒーカップを持ち上げて可憐な唇をよせた。
 「需要と供給が間に合わないから、滅多に手に入らない。不正入手を防ぐために、アンドロイドみたいにお金で取り引きしないで、別のシステムで取り引きするとかって」
 「ノーマ、その話はよしてくれないか」
 アイルが嫌そうに眉を寄せた。
 「ゴシップもいいけど、俺は人間を兵器として使うために、人権を剥奪してモノとして扱うなんての、聞くだけでも嫌なんだ」
 「ご・・・ごめんなさい・・・」
 アイルのきつい言いように、ノーマは軽いショックを受けた。まさかアイルがここまで怒るなんて思わなかったからだ。
 「俺もあのシステムには反対だな」
 隣でセリアが言った。
 「今後惑星マージカみたいな星が見つかったら、連邦はそこからも人間の人権を取り上げるかもしれないだろう? 民族にとってそういう不安材料はありがたくない」
 「セリア?」
 「俺の生まれた星が連邦に参加したときも、そういう事になる可能性があるかもしれないと、みんなが脅えたことがあるんだ」
 アグメナイトの跳躍力は八リーガル(一リーガルは約一・五メートル)の壁を飛び越えてしまうほどの凄さだ。これは戦闘用アンドロイドでもかなり性能のいい軍事用品でなければだせない力であることを考慮すれば・・どれほど驚異的な跳躍力であるか想像できるだろう。
 セリアの生まれた星もそういうことになる可能性があったとは。
 自由・平等がうたい文句の連邦ではあるが、実際のところ、連邦で言う「平等」という言葉の真の意味を理解することは難しいかも知れない。
 連邦では、参加国に等しく「自由」という名の権利を「平等」に与える。
 それはつまり、そのことによって利益を得る者と不利益を得る者とが出たとしても、それもまた「自由」なのだった。
 要するにこうだ。侵略するもされるも自由。植民地化するもされるも自由。侵略者となることを選ぶか選ばないか。あるいは侵略されないために手段をこうじるか、黙って侵略されるままにまかせるか。
 それらを選ぶのは当事者達であって、連邦ではない。・・つまり自由を平等に与えるというのは、そういうことだった。
 そしてこの論理の前には、どんな言い訳も通用しない。連邦とはそういう所であり、そこまで厳しくしなければ維持できない巨大な国家であるともいえた。
 「ごめんなさいセリア。あたしが考え無しだったわ」
 ノーマは素直に謝った。興味だけで語ってよい問題では無かった。
 「いや」
 セリアは静かに言った。
 「実際にはそうならなかったからな」
 アイルは話題を変えようと、ポリスセンターでコピーしてきたリストを取り出した。
 「そういえばさ、セリア。いま賞金首のリストを貰って来たんだけど、この中で最近名前見た奴っている?」
 そう言って用紙を手渡す。
 セリアは新聞を脇に避け、しばらくリストに目を通してした。
 「コーヒーもう一杯つけられるか?」
 「え?」
 「中に居場所を知ってる奴がいる」
 「本当? 誰」
 アイルとノーマはリストを覗き込んだ。
 「こいつ。ロード」
 セリアはリストを二人に見えるように広げて、その中の名前の一つを指差した。
 「このあいだテンネットに侵入した時、こいつの名前をデータの中に見たんだ」
 「テンネット?」
 アイルとノーマは顔を見合わせた。
 「人工麻薬の密輸組織じゃないか」
 「そんなとこに何しに入り込んだの」
 この場合「入り込む」とは回線を通じてのハックのことだ。
 「密輸情報を警察に売った」
 「・・・そんな危ないことして大丈夫?」
 「まあ、なんとかなるだろう。で、いまロードってヤツが三十四区のアジトにいるっていう情報を見付けたんだ」
 「・・・コーヒー代でいいのか?」
 賞金首の情報料は、儲けの十分の一が相場だ。
 アイルはおそるおそる聞いたが、返ってきた答えは明瞭だった。
 「今月苦しいんじゃないのか?」
 「ええ? どうしてセリアが知ってるのよ?」
 ノーマが顔を赤くした。セリアは我が家の家計状態まで知るほど優れたハッカーなのだろうか。
 「今日ここに来たって事は、昨日報酬をもらったんだろ? 今月は今日で二回目だ」
 つまり、二回分の報酬くらいでは生活費が賄えないと見当をつけたわけだ。
 セリアは朝食をとりに毎日この店に来る。彼の朝食時間はアイル達の昼食よりも少し前。・・つまり、丁度いま頃の時刻である。アイル達がこの店に来るなら、必ず出会うはずなのだ。
 わけを聞かされて、ノーマの顔がますます赤くなった。
 情報料を割り引いてくれるのは有り難いのだが、理由が家計の事を心配してくれて、なんて少し恥ずかしい。だが、そんなところまで気を回してくれるセリアの心使いが有り難かった。田舎から出てきて、こんな生活の苦しい町で暮らしていて。友人のちょっとした優しさが身にしみた。
 もっとも、その分セリアは家の夕食にちょくちょく顔をだすのだが。
 ノーマは心の中で注釈を入れた。
 「その、いつも気を遣わせてしまってすまないな」
 アイルは言葉を詰まらせて言った。ノーマ同様、彼もセリアの友情を有り難く思った。
 セリアは表情に起伏が少ないし、言葉巧みと言うほうでもない。必要な事を出来るだけ短く話す。
 だが、それでも彼と長く付き合っているアイルには、友人のちょっとした表情の変化が見て取れた。
 口元だけで小さく微笑んだり、瞳が優しくほころんだり。
 普段は感情をほとんど見せない分、彼からそういった素敵な顔を引き出せるのは、彼の友人としてはとても嬉しいことだった。
 「今度また、うちの夕食食べにおいでよ。もちろん、俺が食事当番じゃないときに。セリアはノーマの作ったご飯が口にあうって言ってたろう?」
 「あら、そうだったの?」
 初耳だったノーマが身を乗り出してきた。セリアが頷く。
 「故郷の主食野菜に味が似ている」
 「味付けした野菜料理が生野菜の味に似てるの?」
 ノーマは顔をしかめた。
 「人間」の種類の違いは大きい。それはノーマの理解の範囲を越えていた。
 店の主人がコーヒーを運んできた。
 アイルは香ばしい香りのただようカップを口元に運んだ。熱いコーヒーが喉に流れ込み、体と心を潤してくれるのがわかる。うまく賞金が手に入った時だけの、贅沢だ。
 この飲み物の味はこの町に来てから知った。最初仕事の関係上知りあったセリアが連れてきてくれた店がここだった。
 「帰りに家に寄っていけ。ロードの情報を渡そう」
 セリアがコートの袖を通して立ち上がった。
 「先に戻って、用意しておく」
 そう言って店を立ち去る。
 ノーマは扉に消えていったセリアを見送ってから口を開いた。
 「相変わらず、愛想がないわね」
 「でもいい人だよ」
 「どうかしら。いつ賞金首になってもおかしくない商売してるのよ」
 ノーマはアイルの固い表情を見て、慌てて付け足した。
 「でも、あたしも彼のこと好きだから、別に気にしないけどね。無愛想なのは性格でしょ。ただ・・・」
 この町に住む人間は誰も皆、人には話せない裏の顔を持っている。そういう人間でなければ、こんな町にはやって来ない。
 ノーマの言わんとすることを理解したアイルは弱々しく微笑んだ。自分達だって、二度と故郷には戻れないつもりでこの町にやってきたのだ。
 そのことはこの町に住むものが誰も口にだしてはいけない、暗黙の了解だった。
 「俺達も行こうか」
 アイルが立ち上がった。次のターゲットも決まったし、コーヒーを飲んでしまえば、ほかにやることもなかった。
 「今から行けば、追いつけるかも知れないよ」
 ノーマは頷いて立ち上がると、店主に声をかけてカードを手渡した。
 カウンターの中に備えつけのレジにカードを読み取らせ、三人分の料金を引く。カード使用時の不正を防ぐために、銀行からオンラインで直接転送されてきたレシートがプリントアウトされ、それを客に手渡す仕組みになっている。店の中で金額の操作が出来ないようにするためだ。
 ノーマはレシートを受け取って、先に店を出たアイルの後を追った。
 町の人通りは多かった。衛星の規模のわりに人間の数が多すぎるのだ。
 町の中は気温が高く、湿気を含んだ淀んだ空気が充満していた。空調設備がうまく働いていないらしい。もっとも、いつでもそうだ。
    ここが衛星基準法で定められている通りの快適な空気に保たれていた試しなんて、アイルが知る限り一度もなかった。
 衛星都市に天然の風はない。
 五十リーガルの高さの天井に取り付けられた巨大な排気設備から新しい空気が送りこまれ、古くなった空気は吸い出されて再利用される。その時の空気の流れが、かすかな風となる程度だ。
    気象と呼べるものは何もない。
    大地を潤す雨の恵みも、酸素供給の為に植えられた街路樹を揺らす風のそよぎも、人々の心を潤す暖かな陽光さえ、何も。
 ここにあるのは無機質な町並みと人込みのざわめきだけだ。
 アイルはビルの町並みを眺めながら、さらに遠くにある何かを見つめた。
 「どうしたの?」
 ノーマが不安そうな声で腕を取った。
 「いや・・・」
 アイルは曖昧に答えて、もう一度町並みを眺めた。
 彼はこの町へきたとき、ここは天国だと思った。あの生まれ故郷を出て生活できるのなら、どこだって天国だと。
 三年近い月日をこの町で過ごして、ここもまた、故郷とそう変わらないのではないかと思い始めた。
 ごみ箱のように雑然とした背徳の町。日常茶飯事に人が殺され、喰うものと喰われるものの分類しかない世界。
 「だけど、ここは生きる自由だけは与えられてるじゃないか」
 アイルは心の中でそう呟いた。
 この町では、惨めな死体をさらすことになろうとも、自分がどのように生きるかだけは、自分自身で決められる。彼が生まれた星では、それさえ決めることは出来なかった・・。それだけでも天国ではないか・・・アイルはそう思った。
 「どうしたの?」
 再びノーマが同じ質問を繰り返した。
 アイルは黙って彼女を引き寄せるとそのまま歩き出した。
 ノーマは不安そうに恋人を見上げた。
 時折アイルが見せる遠い目は、彼女を底知れぬ不安にかき立てた。こんなときは、いつもずっと共に過ごしてきたこの恋人のことが、ひどく遠い存在に思えるのだ。いままでの人生のほとんどを共有してきたはずなのに、ノーマの知らない別の世界に生きる人間であるかのように感じた。
 ううん。きっと気のせいに違いないわ。ノーマは心の中で首を振った。
 彼はあたしが知ってる優しい人のままだわ。いつも一緒に生きてきたんだもの。あたしの知らない何かがあるはずなんてない。
 だが何度自分にそう言い聞かせても、ノーマの不安はぬぐうことは出来なかった。


 中央区セントラルに近い二十二番地にセリアが住んでいるアパートがある。
 この辺りの治安は完全とは言えないが、アイル達がいるアパートの辺りよりましだった。何しろ中央区にはポリスセンターがあるのだから。
 迷路のような小路をいくつも抜けて、目的のアパートを見付けた。さすがにこの辺りは人数も少ない。だが・・・。
 アイル達が最後の角を曲がると、凶悪な面構えの男たちが道をふさぐようにして立っていた。
 「ここはしばらく通れねぇぜ」
 身長二リーガルはある皺枯れた声が凄みをきかせた。単眼のレンズアイが不気味に光っている。
  明らかにまともな商売の男ではない。
  アイルはその場で凍りつくように立ち止まり、男を見上げた。
  「聞こえなかったか? 用事があるなら、もう少ししてから出直すんだな」
  声には否を許さない響きがあった。
  だが、男の言葉は嘘だ。後ろを向いた途端殺される。・・この町ではそれが常識だ。
  アイルも今は銃を持っていない。・・・だが銃があるからといって、果たして勝てる相手だろうか。
  アイルの腕を握るノーマの手に力がこもった。
  そのとき、近くの建物から悲鳴が上がった。その場にいた全員がそちらを仰ぎ見た。
  窓ガラスが砕け散り、そこから黒い影が数リーガルの高さを落ちていく光景が彼らの目に飛び込んできた。
  「ちくしょう、失敗か?」
  単眼の男が、いまいましげに言葉を吐き出す。
  「ヤツめ。ただのハッカーじゃねぇな」
 もう一人の男が言うやいなや、懐から銃を出してアパートに向かって走っていった。単眼の男もそれを追う。
 「何なの?」
 ノーマが呆然として、人が落ちたアパートの方を見た。
 「何かの組織の抗争の現場に居合せたみたいだな。いや・・・待って」
 ふいにあることを思い出したアイルは、窓ガラスが割れた部屋を凝視した。
 「あの部屋、セリアの部屋じゃなかったか?」
 「見て! 人影が出てくるわ」
 アイルとノーマの二人が同時に叫んで、指差した。
 銃を持った二人の男がアパート目掛けて走って行く。
 金属の地面には潰れた人影が横たわっているが、動く気配はなかった。
 窓ガラスが割れた三階の部屋から、白い人影が現れた。セリアだ。
 セリアは下を走って来る二人の殺し屋に冷たい一瞥を投げた。右腕を窓の外につきだし、手に握った何かを無造作に落とす。
 潰れた死体のすぐ側まで来ていた二人の殺し屋の頭上から何かが落ちてきた。
 地面に激突しバウンドしたそれは、足元の死体の首だ。それを確認した殺し屋から血の引く音が聞こえた。
 上を見上げる。そこには氷のように無表情な赤い瞳が、沈黙の中で殺し屋達を見下ろしていた。セリアの白い手が血にまみれて真っ赤に染まっていた。
 男は舌打ちして、セリアに向けて銃を撃った。
 命中した。・・殺し屋としての長年の経験から、撃った瞬間にはそう思った。だが、手ごたえは返ってこなかった。男は愕然とした。同時に、自分の隣にいる男の悲鳴が耳に届いた。
 はっとして振り向くと、相棒が前のめりに倒れ込んだ。首からは血が飛沫のように吹き出している。それを認めた時には、殺し屋の目の前に白い男がいた。
 アイル達のいる場所からは、そこで何が起こったのかはっきりと見ることが出来た。
 殺し屋が窓部に立つセリアに向かって弾を撃ったと同時に、セリアが外に向かって跳躍した。
 かなり離れた位置に着地・・そしてそのまま屈伸。殺し屋に向かってまっすぐにジャンプし、鮮やかな回転蹴りをくらわした。
 殺し屋の体が前のめりに倒れ、胴を離れた首は赤い糸を引いて反対側に吹き飛んだ。
 この間わずかまばたき一つほどの短さ。・・信じられない光景だった。
 セリアは軽やかに着地すると同時に、体を曲げて逆の足を殺し屋に向けた。殺し屋は銃を構え直したが、セリアの蹴りには間に合わなかった。
 殺し屋は心臓が止まるかのような恐怖を覚えて、必死に銃を構えて標的を見た。
 ・・・男は敗北を悟ったが、それでも最後の瞬間まで、銃を撃とうとした。腹に衝撃が走る。内臓が破裂したな。殺し屋はそう思った。
 反動で吹き飛ぶところを、セリアの手が殺し屋の頭を掴んで止めた。
 頭蓋が破裂する奇怪な音が響き、派手に脳將が飛び散った。
 すべては短い間の出来事だった。
 
 辺りはすぐに元の静けさを取り戻した。
 アイルは言葉を失って、呆然とセリアを見ていた。ノーマは彼の隣で真っ青になって震えていた。
 自分を見つめる二人に気づいたセリアが振り向いた。手と足が殺し屋達の血で真っ赤に染まっている。セリアの瞳の色と同じくらい赤かった。その瞳が一瞬険しくなったが、それもすぐにかき消えた。
 アイルは何とか言葉をかけようとしたが、あまりに凄惨な光景に喉がからからになって、すぐには声を出すことが出来なかった。
 「・・・・・・ロ、ロードの情報を取りに来たんだけど」
 アイルは何とか声を絞り出した。
 「待っててくれ。すぐに持ってくる」
 セリアはそう言って向きを変え、アパートに入って行こうとした。
 「こ、これは?」
 アイルが三つの死体を指差した。セリアが立ち止まり、ちらと目をやる。
 「ほうっておけ。そのうち清掃車がかたずける」
 「でも・・・」
 アイルは唾を飲み込んで、足元に目をやった。
 「いったいどうして、襲われたりなんか・・」
 ノーマが掠れた声を出した。語尾がかすかに震えていた。
 セリアは二人を交互に見た。
 「さっき言っただろ。こないだテンネットの情報をポリスに流したって。その仕返しだろう」
 だが、情報屋と犯罪組織は持ちつ持たれつのはずだ。おどしにしては殺し屋三人は多すぎるのではないか。
 「よほど知られたくない情報だったんだろう」
 セリアはさほど重要ではないことのように、さらりと流した。
 「でも」
 「余計なことだ」
  アイルがなおも言いかけると、セリアは途中で言葉を遮った。
 「俺のことにあまり首を突っ込むな。命が幾つあっても足りなくなるぞ」
 三人の間に沈黙が落ちた。
 彼もまた、まぎれもなく衛星アルメストの住人なのだった。

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