白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚

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第2章:夫の愛人と親友になりましたわ

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 そんなある日の夕方。結婚式まで残りわずかとなった時期に、わたくしは王宮から呼び出しを受けた。何でも、式に関わる最終的な打ち合わせをしたいとのことで、アルベルト様から直々に「今後の生活についても話を詰めておきたい」と伝言が届いたのである。
 どうやらこの打ち合わせには、わたくしが実際に王宮へ行かねばならないらしい。宮殿側の担当官や侍従たちが一同に集まる場であるため、わたくしは渋々ながらも出向くことを決めた。もちろん、王太子殿下の“本命”であるリリア様にお目にかかるかもしれない、という微かな期待がなかったといえば嘘になるが、今のところ正式に紹介されていないので、期待しすぎるのもいけない。

 当日、公爵家から出る際には、母が「挙式前にあまり長居はしないでね」と少し心配そうに声をかけてきた。わたくしは「大丈夫、ただの打ち合わせですわ」と笑顔を返し、用意された馬車に乗り込む。メイドのソフィアも同行すると言ってくれたのだが、わたくしは「そこまで大げさにしたくない」と断り、一人で向かうことにした。
 もちろん公爵家の馬車なので御者はついているし、王宮に着けば迎えがある。王太子妃となる予定の身なのだから、本来なら侍女を随行させるのが常識かもしれない。けれど、ここはなるべく気楽に行きたかったし、ソフィアにも少し休んでほしかった。式の準備で彼女もかなり過労気味だったから。

 王宮の正門をくぐり、石畳の広い中庭を横切り、やがて馬車は正面玄関へと到着した。出迎えに来た衛兵や侍従が手際よくわたくしを案内してくれる。宮殿の豪華さにはもう慣れているつもりだが、それでも天井が高くきらびやかなホールの光景は圧巻だ。どれだけの財と歴史がここに注ぎ込まれたのだろう、と考えると目眩がする。
 通された先は、以前も訪れたことのある応接室——いわば王太子殿下専用の打ち合わせスペースだった。中へ入ると、アルベルト様が数名の侍従や担当官たちと話し込んでいる。どの顔ぶれも見覚えがあるが、公式行事でよくお見かけする人々ばかりだ。待ち構えていた彼らは、わたくしの姿を見つけると揃って頭を下げ、「ルチアーナ様、お待ちしておりました」と丁寧に挨拶してくれた。

「いらしてくれて助かる。今日は挙式に向けた最終的な確認と、結婚後の王妃としての動きについても話したいのだ」

 アルベルト様が穏やかな口調で言い、手近な椅子をわたくしに勧める。まるで夫婦になる直前の、仲睦まじい二人——という雰囲気を外には見せようとしているのかもしれない。わたくしは微笑みを湛えながら「よろしくお願いいたします」と腰を下ろした。
 もちろん、この場にいる侍従たちの前で、わたくしが「殿下は別に愛する女性がいるのですよね」などという話をするはずがない。それは二人だけの秘め事であり、表向きは誰にも悟られないのが理想だ。もっとも、わたくしのほうは痛くもかゆくもないわけだが、アルベルト様にとっては死活問題であろう。

 しばらくは挙式のプログラムや招待者リストの確認など、形而上の“公務的”な打ち合わせが続いた。東方の大国や近隣諸侯にも招待状を出しているため、そのやりとりや接待の段取りが膨大らしい。神殿での儀式から宴会、さらには翌日に控える祝賀行事の概要まで、事細かに説明を受ける。そこには当然、王太子妃であるわたくしの出番や衣装替え、挨拶などが含まれていて、聴いているだけでげんなりするような膨大な情報量だった。
 しかし、ここで嫌そうな態度を示せば、わたくしの評判を落とすことになるし、国の行事に水を差すことにもなる。だからこそ、わたくしは王太子妃にふさわしい“優雅な微笑”を崩さないように努め、「承知いたしました」「かしこまりました」と端正に受け止めていく。内心では「なんと面倒な……」と思いつつも、そこは演技が大事だ。

 ひととおりの説明を終え、侍従や担当官たちが「では、わたくしたちはこれにて失礼いたします」と退出したのは、一時間ほど経ったころだった。部屋にはわたくしとアルベルト様、それからごく少数の側近だけが残った。王太子殿下の私的な話題を扱うという意味で、親密な取り巻き以外は席を外させたのだろう。アルベルト様は少し疲れた面持ちでソファに腰掛け、わたくしをちらりと見て口を開く。

「すまないな、ルチアーナ。あんなに延々と形式的な話を聞かせてしまって……。正直、私も頭が痛い。だが、国の行事としては避けて通れないからな」

「いえ、殿下こそ大変でしょう。あれだけ多くの要人を招くのですもの。すべてが完璧に運ぶよう、事前の確認も念入りになりますわ」

 ここにいる側近たちは信頼の置ける者ばかりだろうが、彼らとわたくしの間にはまだ多少の距離がある。王太子と王太子妃(になる予定の女性)という建前を守るためにも、わたくしは慣れた調子で応じる。すると、アルベルト様はちらりと左右をうかがい、残っていた側近たちに目で合図を送った。彼らは心得た様子で黙礼し、部屋の外へ出て行く。
 やがて扉が閉まり、部屋にはわたくしとアルベルト様の二人きり。すると、アルベルト様は軽く溜息を吐いてから、ほんの少し本音を漏らすように言った。

「やれやれ……。これでやっと、少しプライベートな話ができるな」

「殿下、今日はどのようなお話をご所望かしら?」

 わたくしが問いかけると、アルベルト様は小さく苦笑した。彼はそのままソファから立ち上がり、わたくしの隣のソファへ腰を下ろす。以前は硬い表情で話しかけられることが多かったが、今日はどこか肩の力が抜けているように見える。おそらく、わたくしが“白い結婚”をすんなり受け入れたことが、彼の心の負担をいくらか軽くしているのだろう。

「正直に言うと、リリアのことだ」

 案の定、その名が出てきた。わたくしは「ああ、やはりそうなのね」と思いながら頷く。

「まだルチアーナには直接会わせていないが……近いうちに引き合わせるべきだろうと思っている。結婚式が終わった後でもいいかとも思ったが、式までに一度くらい顔を合わせておいたほうが、お互いに変なわだかまりが生じなくていいのではないか」

「そうですわね。わたくしとしても、リリア様と直接お話ししてみたいと考えておりました」

「リリアは控えめな性格だ。私との関係が公になることを恐れている部分もあるし、王太子妃となるおまえに恨まれるのではないか……と怯えている節もあってな」

「まあ……。わたくしが彼女を恨む理由などございませんのに。むしろ、わたくしとしてはリリア様と仲良くなれたらいいなと思っています。心からそう願っていますわ」

 そう言った瞬間、アルベルト様が驚いたように目を見張った。どうやら、わたくしの言葉があまりにあっさりしていると感じたらしい。しかし、わたくしにとっては本当にシンプルなことだ。彼女を責めたり嫌ったりする理由が見当たらない。それどころか、わたくしは心の底から「歓迎したい」とさえ思っている。彼女がアルベルト様のもとに夢中になってくれれば、わたくしはさらに自由になれる。

「……ルチアーナ、おまえは本当に器が大きいんだな」

「はて、器かどうかはわかりませんが……少なくとも、わたくしはあなたが他の女性を愛していることを気に病むような性格ではございません。むしろ、どうかご心配なさらず。わたくしはこれまでどおり、堂々と王太子妃の役割をこなし、同時にわたくし自身の時間も大切にしたいと考えておりますの」

 わたくしがさらりと述べると、アルベルト様はどこか拍子抜けしたように苦笑しながらも、「そうか、ありがとう」と小さく呟いた。きっと彼の中では「自分はルチアーナに対して申し訳ないことをしている」という気持ちがまだ残っているのだろう。だが、わたくしは別段“わたくしのほうこそ好都合”と言う気もない。お互い穏便に暮らせるのなら、わたくしにとって何の問題もないのだから。
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