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第2章:夫の愛人と親友になりましたわ
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アルベルト様はふと立ち上がると、「今、リリアが宮殿に来ている」と付け加えた。どうやら先ほどまで宮廷内のどこかで待機していたらしい。リリア様はアルベルト様から「今日は王太子殿下の大事な用事があるので、どこか別室で待っていなさい」と言われていたのだろう。何しろ、今のところ彼女が公の場に姿を現すわけにはいかないし、王宮の人々には表向き「王太子殿下の庇護を受けている娘」としか説明されていないはずだ。
アルベルト様は扉に近づき、外で待機する従者に向けて短く指示を出した。すると、ほどなくして小柄で細身の若い女性が、そろそろと部屋へ案内されてきた。彼女が入室した瞬間、わたくしはすぐに「あ、この方がリリア様なのだわ」と直感する。
リリア様の姿は、わたくしが普段接している貴族令嬢とは明らかに違っていた。まず、身につけているドレスはシンプルな生地で作られており、宝石の類もほとんど見当たらない。かといって粗末なわけではないが、華美な装飾を避けた簡素な服装という印象だ。長い髪をひとつにまとめ、どこか遠慮がちに目線を落として歩くその姿には、確かに気品や慣れを感じない。それがかえって“素朴な可憐さ”を引き立てているようにも思える。
彼女は恐る恐るといった様子で部屋の奥に進み、アルベルト様を見つけると頭を下げた。声もほとんど発しないあたり、その性格が慎ましやかであることがうかがえる。アルベルト様は苦笑交じりにリリア様の肩に手をかけ、優しく促した。
「リリア、ほら……怯えなくていい。こちらが私の婚約者——いや、もうすぐ正式に王太子妃となるルチアーナだ。あらためて挨拶してほしい」
するとリリア様は緊張からか声を詰まらせながらも、わたくしのほうを向き、深々とお辞儀した。
「は、はじめまして……。リリアと申します。王太子殿下には……いつも、えっと……色々と助けていただいております。あの、ルチアーナ様と呼びかけるのは失礼ですか……?」
顔を上げた彼女の瞳には、純粋な不安と敬意が混在していた。まるで「こんな高貴な方の前に、自分が立っていていいのだろうか」と思っているようで、その遠慮深い表情は、王宮育ちの令嬢にはない愛らしさがある。
わたくしは穏やかに微笑みながら、できるだけ柔らかい声で応じる。
「ええ、もちろんです。リリア様、わたくしこそはじめまして。ルチアーナ・ヴェルディと申します。どうぞお気軽に“ルチアーナ様”とお呼びくださいね。こう見えて、公爵家の令嬢とはいえ、あまり畏まった堅苦しさは得意ではないのです」
そう言って軽く手を伸ばすと、リリア様はおずおずと手を取り、再び深く頭を下げた。その仕草すらも初々しく、教養の行き届いた貴族女性とは違う素朴な礼儀だ。それでも、一生懸命に挨拶しようとする姿勢が伝わってくる。
すると、その様子を見ていたアルベルト様が、どこか安堵したように息を吐いた。彼はわたくしとリリア様の間に視線を往復させ、最後に静かに微笑みながら言う。
「リリア……。実はルチアーナは、おまえのことを敵対視していない。むしろ、一度会って話がしたいと望んでいたのだ。だから、あまり遠慮せず、仲良くしてほしい」
「アルベルト様……でも、わたし……。ルチアーナ様を傷つけてしまうのではないかと……」
彼女はそう言って、申し訳なさそうに瞳を伏せる。その姿に、わたくしは内心「この方は本当に優しい人なのだわ」と思わず感心してしまった。アルベルト様を奪う形になってしまっているのではないか、と自責の念に駆られているのだろう。
だが、わたくしからすれば、そんな心配はまったくの杞憂にすぎない。むしろ、わたくしが望むのは“リリア様が堂々とアルベルト様を愛し、わたくしに面倒を持ち込まないこと”である。
「リリア様、どうかそんなに気負わないでくださいませ。わたくし、あなたとお会いできて嬉しいのですの。昔から気さくな方とお友達になるほうが好きでして、むしろこちらから仲良くしていただきたいくらいです。……そうですわ、せっかくですから、少し二人でお茶でもいかがかしら?」
「あ……はい、ぜひ……。でも、王太子殿下のお部屋を使わせていただくのは、何だか恐れ多くて……」
「そこは気にしなくていい。ちょうど時間もあるし、ここで茶を淹れさせようか」
アルベルト様は扉に近づき、外で待機する従者に向けて短く指示を出した。すると、ほどなくして小柄で細身の若い女性が、そろそろと部屋へ案内されてきた。彼女が入室した瞬間、わたくしはすぐに「あ、この方がリリア様なのだわ」と直感する。
リリア様の姿は、わたくしが普段接している貴族令嬢とは明らかに違っていた。まず、身につけているドレスはシンプルな生地で作られており、宝石の類もほとんど見当たらない。かといって粗末なわけではないが、華美な装飾を避けた簡素な服装という印象だ。長い髪をひとつにまとめ、どこか遠慮がちに目線を落として歩くその姿には、確かに気品や慣れを感じない。それがかえって“素朴な可憐さ”を引き立てているようにも思える。
彼女は恐る恐るといった様子で部屋の奥に進み、アルベルト様を見つけると頭を下げた。声もほとんど発しないあたり、その性格が慎ましやかであることがうかがえる。アルベルト様は苦笑交じりにリリア様の肩に手をかけ、優しく促した。
「リリア、ほら……怯えなくていい。こちらが私の婚約者——いや、もうすぐ正式に王太子妃となるルチアーナだ。あらためて挨拶してほしい」
するとリリア様は緊張からか声を詰まらせながらも、わたくしのほうを向き、深々とお辞儀した。
「は、はじめまして……。リリアと申します。王太子殿下には……いつも、えっと……色々と助けていただいております。あの、ルチアーナ様と呼びかけるのは失礼ですか……?」
顔を上げた彼女の瞳には、純粋な不安と敬意が混在していた。まるで「こんな高貴な方の前に、自分が立っていていいのだろうか」と思っているようで、その遠慮深い表情は、王宮育ちの令嬢にはない愛らしさがある。
わたくしは穏やかに微笑みながら、できるだけ柔らかい声で応じる。
「ええ、もちろんです。リリア様、わたくしこそはじめまして。ルチアーナ・ヴェルディと申します。どうぞお気軽に“ルチアーナ様”とお呼びくださいね。こう見えて、公爵家の令嬢とはいえ、あまり畏まった堅苦しさは得意ではないのです」
そう言って軽く手を伸ばすと、リリア様はおずおずと手を取り、再び深く頭を下げた。その仕草すらも初々しく、教養の行き届いた貴族女性とは違う素朴な礼儀だ。それでも、一生懸命に挨拶しようとする姿勢が伝わってくる。
すると、その様子を見ていたアルベルト様が、どこか安堵したように息を吐いた。彼はわたくしとリリア様の間に視線を往復させ、最後に静かに微笑みながら言う。
「リリア……。実はルチアーナは、おまえのことを敵対視していない。むしろ、一度会って話がしたいと望んでいたのだ。だから、あまり遠慮せず、仲良くしてほしい」
「アルベルト様……でも、わたし……。ルチアーナ様を傷つけてしまうのではないかと……」
彼女はそう言って、申し訳なさそうに瞳を伏せる。その姿に、わたくしは内心「この方は本当に優しい人なのだわ」と思わず感心してしまった。アルベルト様を奪う形になってしまっているのではないか、と自責の念に駆られているのだろう。
だが、わたくしからすれば、そんな心配はまったくの杞憂にすぎない。むしろ、わたくしが望むのは“リリア様が堂々とアルベルト様を愛し、わたくしに面倒を持ち込まないこと”である。
「リリア様、どうかそんなに気負わないでくださいませ。わたくし、あなたとお会いできて嬉しいのですの。昔から気さくな方とお友達になるほうが好きでして、むしろこちらから仲良くしていただきたいくらいです。……そうですわ、せっかくですから、少し二人でお茶でもいかがかしら?」
「あ……はい、ぜひ……。でも、王太子殿下のお部屋を使わせていただくのは、何だか恐れ多くて……」
「そこは気にしなくていい。ちょうど時間もあるし、ここで茶を淹れさせようか」
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