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第2章:夫の愛人と親友になりましたわ
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アルベルト様は手近なベルを鳴らし、控えている侍従にお茶の用意を指示した。こうして、わたくしとリリア様は思いがけず、この応接室で“初めての茶会”を開くことになったのだ。もちろんアルベルト様も同席しているが、わたくしとしては“リリア様の人となりをじっくり知るチャンス”が得られるのを喜んでいた。
数分後、侍従たちが上質なティーセットを準備し、丁寧に淹れたお茶と焼き菓子をサーブしていく。わたくしは生来、紅茶をこよなく愛しているから、淹れ方や香りはしっかりチェックしてしまうが、さすがに王宮付きの専門職だけあり、申し分ない仕上がりだった。
「まあ……とてもいい香りですわ。リリア様、お好きなお菓子を召し上がってくださいね」
「は、はい……ありがとうございます。こんな豪華なもの、初めて見ました……」
リリア様はその華やかな茶器や、美しくデコレーションされた焼き菓子に、まるで小さな子どもが宝石を見たときのような瞳を向けていた。飾り気のない純粋な驚きが伝わってきて、わたくしは思わず微笑ましくなってしまう。
王宮ではこうした優美なお茶会が日常的に開かれるものだが、平民の家庭であれば、せいぜい素朴な茶と手作りの菓子程度が普通だろう。いかにも「貴族の世界」といった華やかな光景は、リリア様にとって非日常そのものに違いない。
「リリア様は、普段はどんなことをなさっているのかしら? 城下町で暮らしているの?」
わたくしが問いかけると、リリア様は急に恥ずかしそうに頬を染めた。もともと彼女はシャイな性格らしく、あまり自分のことを話すのが得意ではないのかもしれない。それでも何とか答えようと、少しずつ言葉を紡ぐ。
「はい……。もともとは両親と一緒に暮らしていました。父が病に倒れてからは、家計を助けるためにいろいろな仕事をしました。お店の手伝いとか、雑貨の仕分けとか……。貴族の皆さまにお仕えするような立派なことはできませんでしたけれど……」
「おお……そうなのね。ご家族を支えるために、一生懸命お働きになっていたのですのね」
わたくしが相槌を打つと、リリア様は少し嬉しそうな表情になった。彼女にしてみれば、自分の日常が貴族令嬢に理解されるとは思っていなかったのだろう。さらに続けて、彼女は「それから」と少し意を決したようにアルベルト様をちらりと見やる。
「アルベルト様と初めてお会いしたのは、市街の外れで倒れていた老人を一緒に助けたときなんです。わたしがその方を介抱していたら、殿下が通りかかられて……。その後、わたしはお礼を言うだけで精一杯で……まさかこんなことになるとは思いませんでした」
そう言って、改めて視線を落とすリリア様。その横顔を見ていると、いかにも初々しい乙女の恥じらいが感じられる。彼女からすれば、王太子というこの国最高位の皇族が自分に心を寄せるなど、夢のまた夢だったろう。今も「わたしには勿体ない方です」と言いたげな雰囲気が伝わってくる。
わたくしはその控えめな態度に、ほんの少し好感を覚えた。貴族社会には、王太子に近づくために必死で取り入ろうとする令嬢も少なくない。だがリリア様は、むしろ全力で遠慮している。だからこそ、アルベルト様は彼女に惹かれたのかもしれない。
「そうでしたの……。リリア様は、とても優しいのですね。見ず知らずの方を進んで助けようとするなんて、なかなかできることではありませんわ」
「い、いえ……そんな、当たり前のことをしただけです。でも……それがきっかけでアルベルト様に目をかけられ、あれよあれよという間に王宮に呼ばれるようになって……。正直、まだ夢を見ているみたいです」
リリア様は照れくさそうに笑う。そのとき、隣で聞いていたアルベルト様が、少しだけ頬を緩めて彼女を見つめた。そしてわたくしに向き直る。
「私が言うのも何だが、リリアは本当に心根が優しくて、誰にでも手を差し伸べる。それが時に無防備で危険でもあるが……。最初は“たまたま助けてもらった”という程度の縁だった。だが話していくうちに、私自身が彼女の純粋さに惹かれてしまって……」
「あら、殿下がそう仰るのなら、リリア様は本当に素敵な方なのでしょうね」
わたくしはにこやかに返事しながら、チラリとアルベルト様の横顔を盗み見る。その瞳には確かに愛情が滲んでいる。まるで“慣れない恋”をしている少年のような輝きで、リリア様を見つめているのだ。その表情からは、本気でリリア様を大切に思っていることが痛いほど伝わってくる。
こんなアルベルト様を、わたくしは今まで見たことがなかった。公務に励み、誰に対しても完璧な振る舞いを見せる彼は、常に「優秀で非の打ち所がない王太子」として周囲に映っている。だが、こうして一人の女性に真摯に心を寄せ、恥じらいと同時に嬉しさを内に抱えている姿は、ひどく人間味にあふれている。
「……ルチアーナ様。あの……お聞きしてもいいでしょうか」
急にリリア様が、こちらに向かっておずおずと口を開いた。わたくしは「ええ、何でしょう?」と返す。すると、リリア様はほんの少し息をのんでから、意を決したように問いを投げた。
「ルチアーナ様は……本当に、わたしのことを嫌ったりしないのですか? 普通なら、婚約者の殿下が別の女性を愛していると知れば……わたしがルチアーナ様の立場だったら、きっと複雑な思いを抱くと思うんです。申し訳なくて……」
なるほど、やはりそこが気がかりなのだろう。リリア様としては、自分の存在がルチアーナを傷つけているのではないか、と不安なのだ。これに対してわたくしは、内心では「むしろ大歓迎ですよ」と答えたいくらいだが、さすがにそれを言葉にするのは品がない。
だからこそ、わたくしは笑顔を絶やさず、けれど真剣な口調で応じることにした。
「リリア様。わたくしは、アルベルト様があなたを愛しているとお聞きしても、まったく憤りを感じておりませんの。これは冗談でも何でもなく、本当のことです。確かに婚約者が別の方を愛しているというのは、世間的にはスキャンダルかもしれません。ですが、わたくしにとってはむしろ、彼の気持ちがしっかり定まっているほうが落ち着くんです」
「そ、そうなのですか……? でも、ルチアーナ様は王太子妃になられるお方……。殿下を独り占めしたいと思うのが自然では……」
「そうね。もしわたくしが“殿下に熱烈に恋をしている”のなら、また話は違ったかもしれません。しかし、わたくしは幼い頃から政略結婚の一環として、殿下との縁談が進められてきました。もちろん、彼を尊敬しておりますし、国を背負うお立場としても素晴らしい方だと思っています。けれど、それが“愛”かというと、わたくしはあまりそういう感情を抱いてこなかったのです」
ここまでは事実を素直に述べている。リリア様は真剣な面持ちで頷きながらわたくしの言葉を聞いている。対面にいるアルベルト様は微妙に気まずそうな表情をしているが、これも彼が招いた結果なのだから仕方がない。
それでも、わたくしとしては“恨んでいない”ことをリリア様へ誠心誠意伝えるのが大事だと思っている。
「ですからね、リリア様。わたくしは王太子殿下の伴侶として国のために働く意志はありますが、それ以上の束縛は求めないのです。今後は王妃としての公務をこなしつつ、わたくし自身も好きなことに時間を使うつもり。アルベルト様があなたを愛することを、とがめるつもりは毛頭ございませんの。むしろ、あなたが彼を支えてくださると助かります」
わたくしがそこで話を切り、紅茶を一口含む。するとリリア様はポロリと涙をこぼしそうな表情で、「なんてお優しい方なの……」と呟いた。どこまでも健気で、素直で、情の深い娘なのだと伝わってくる。
「わたし……本当に、ルチアーナ様に恨まれるとばかり思っていました。こんなわたしが殿下のそばにいることは、大罪なのではないかと……」
「まあ、リリア様。あなたは何も悪くありませんし、罪でもありません。アルベルト様があなたを愛すると決めた以上、わたくしはそれを尊重したい。リリア様さえよろしければ、今後はわたくしと“お友達”のように気さくにお付き合いしていただきたいのですわ」
「お……お友達……? そ、そんな、わたしなんかがおこがましいです……」
「ふふ、遠慮なさらなくても大丈夫です。わたくし、実はあまり“貴族らしいお茶会”が得意ではなくて、気を遣わない相手とおしゃべりできるほうがずっと楽しいの。あなたのような優しくて素直な方なら、きっといろいろなお話をしてみたいわ」
わたくしがそう言うと、リリア様は今度こそ目に涙を浮かべ、胸に手を当てて深く頭を下げた。まるで、「こんなにも温かい言葉をもらえるなんて思っていなかった」という驚きと感謝が、全身から伝わってくるようだ。わたくしにとってはそこまで大袈裟な話でもないのだけれど、彼女にしてみれば貴族の華やかな世界は遠い存在。ましてや次期王妃という最高位の女性に優しく受け入れられるなど、想像もできなかっただろう。
「ありがとうございます……。わたし、本当に……とても、嬉しいです」
リリア様は目尻に涙をにじませながら、そう呟いた。その様子を見ていると、わたくしは一層「彼女とは円満にやっていけそうだ」と確信する。
アルベルト様も、安堵の色を浮かべながら微笑みかけている。彼にとっては、わたくしとリリア様が対立することがいちばんの懸念材料だっただろうから、これで少なくとも“修羅場”の心配はなくなったわけだ。
それからしばらく、わたくしとリリア様は他愛ない世間話を続けた。リリア様が育った下町のこと、そこで出会った人々の話、困っている人を放っておけないという彼女の性分……などなど。どの話もわたくしにとって新鮮だったし、社会勉強にもなった。
やがて、ふとリリア様が「ルチアーナ様の趣味は何ですか……?」と尋ねてきたので、わたくしは「読書と紅茶ですわ!」と迷わず答えた。するとリリア様は目を輝かせて「わたし、こういうおしゃれな紅茶の飲み方は知らなくて……よかったら、色々教えていただけませんか?」と乗り気になってくれた。こうして、わたくしは早くも“次はどんな銘柄の紅茶を味わってもらおうかしら”などと妄想を膨らませ始める。
「ええ、ぜひ一緒に楽しみましょう。紅茶の世界は深いですし、茶葉や産地によって香りも味も変わるの。お菓子との相性も奥が深いですわ。わたくしの書斎には、いろいろな知識をまとめた本がたくさんありますから、またお貸ししますね」
「は、はい……! 楽しみにしております……!」
リリア様は先ほどまで萎縮しきっていた様子から一転、可愛らしい笑顔で応じる。どうやら“紅茶”という共通の話題を得たことで、少しだけ打ち解けるきっかけになったらしい。よかった、わたくしとリリア様は思っていたよりも上手くやっていけそうだ。
そんな微笑ましいやり取りをよそに、アルベルト様は少し複雑そうな面持ちをしている。女性同士の盛り上がりについていけず、置いてけぼりになった気分なのだろうか。それでも、わたくしもリリア様も、さほど彼を意識していない。
数分後、侍従たちが上質なティーセットを準備し、丁寧に淹れたお茶と焼き菓子をサーブしていく。わたくしは生来、紅茶をこよなく愛しているから、淹れ方や香りはしっかりチェックしてしまうが、さすがに王宮付きの専門職だけあり、申し分ない仕上がりだった。
「まあ……とてもいい香りですわ。リリア様、お好きなお菓子を召し上がってくださいね」
「は、はい……ありがとうございます。こんな豪華なもの、初めて見ました……」
リリア様はその華やかな茶器や、美しくデコレーションされた焼き菓子に、まるで小さな子どもが宝石を見たときのような瞳を向けていた。飾り気のない純粋な驚きが伝わってきて、わたくしは思わず微笑ましくなってしまう。
王宮ではこうした優美なお茶会が日常的に開かれるものだが、平民の家庭であれば、せいぜい素朴な茶と手作りの菓子程度が普通だろう。いかにも「貴族の世界」といった華やかな光景は、リリア様にとって非日常そのものに違いない。
「リリア様は、普段はどんなことをなさっているのかしら? 城下町で暮らしているの?」
わたくしが問いかけると、リリア様は急に恥ずかしそうに頬を染めた。もともと彼女はシャイな性格らしく、あまり自分のことを話すのが得意ではないのかもしれない。それでも何とか答えようと、少しずつ言葉を紡ぐ。
「はい……。もともとは両親と一緒に暮らしていました。父が病に倒れてからは、家計を助けるためにいろいろな仕事をしました。お店の手伝いとか、雑貨の仕分けとか……。貴族の皆さまにお仕えするような立派なことはできませんでしたけれど……」
「おお……そうなのね。ご家族を支えるために、一生懸命お働きになっていたのですのね」
わたくしが相槌を打つと、リリア様は少し嬉しそうな表情になった。彼女にしてみれば、自分の日常が貴族令嬢に理解されるとは思っていなかったのだろう。さらに続けて、彼女は「それから」と少し意を決したようにアルベルト様をちらりと見やる。
「アルベルト様と初めてお会いしたのは、市街の外れで倒れていた老人を一緒に助けたときなんです。わたしがその方を介抱していたら、殿下が通りかかられて……。その後、わたしはお礼を言うだけで精一杯で……まさかこんなことになるとは思いませんでした」
そう言って、改めて視線を落とすリリア様。その横顔を見ていると、いかにも初々しい乙女の恥じらいが感じられる。彼女からすれば、王太子というこの国最高位の皇族が自分に心を寄せるなど、夢のまた夢だったろう。今も「わたしには勿体ない方です」と言いたげな雰囲気が伝わってくる。
わたくしはその控えめな態度に、ほんの少し好感を覚えた。貴族社会には、王太子に近づくために必死で取り入ろうとする令嬢も少なくない。だがリリア様は、むしろ全力で遠慮している。だからこそ、アルベルト様は彼女に惹かれたのかもしれない。
「そうでしたの……。リリア様は、とても優しいのですね。見ず知らずの方を進んで助けようとするなんて、なかなかできることではありませんわ」
「い、いえ……そんな、当たり前のことをしただけです。でも……それがきっかけでアルベルト様に目をかけられ、あれよあれよという間に王宮に呼ばれるようになって……。正直、まだ夢を見ているみたいです」
リリア様は照れくさそうに笑う。そのとき、隣で聞いていたアルベルト様が、少しだけ頬を緩めて彼女を見つめた。そしてわたくしに向き直る。
「私が言うのも何だが、リリアは本当に心根が優しくて、誰にでも手を差し伸べる。それが時に無防備で危険でもあるが……。最初は“たまたま助けてもらった”という程度の縁だった。だが話していくうちに、私自身が彼女の純粋さに惹かれてしまって……」
「あら、殿下がそう仰るのなら、リリア様は本当に素敵な方なのでしょうね」
わたくしはにこやかに返事しながら、チラリとアルベルト様の横顔を盗み見る。その瞳には確かに愛情が滲んでいる。まるで“慣れない恋”をしている少年のような輝きで、リリア様を見つめているのだ。その表情からは、本気でリリア様を大切に思っていることが痛いほど伝わってくる。
こんなアルベルト様を、わたくしは今まで見たことがなかった。公務に励み、誰に対しても完璧な振る舞いを見せる彼は、常に「優秀で非の打ち所がない王太子」として周囲に映っている。だが、こうして一人の女性に真摯に心を寄せ、恥じらいと同時に嬉しさを内に抱えている姿は、ひどく人間味にあふれている。
「……ルチアーナ様。あの……お聞きしてもいいでしょうか」
急にリリア様が、こちらに向かっておずおずと口を開いた。わたくしは「ええ、何でしょう?」と返す。すると、リリア様はほんの少し息をのんでから、意を決したように問いを投げた。
「ルチアーナ様は……本当に、わたしのことを嫌ったりしないのですか? 普通なら、婚約者の殿下が別の女性を愛していると知れば……わたしがルチアーナ様の立場だったら、きっと複雑な思いを抱くと思うんです。申し訳なくて……」
なるほど、やはりそこが気がかりなのだろう。リリア様としては、自分の存在がルチアーナを傷つけているのではないか、と不安なのだ。これに対してわたくしは、内心では「むしろ大歓迎ですよ」と答えたいくらいだが、さすがにそれを言葉にするのは品がない。
だからこそ、わたくしは笑顔を絶やさず、けれど真剣な口調で応じることにした。
「リリア様。わたくしは、アルベルト様があなたを愛しているとお聞きしても、まったく憤りを感じておりませんの。これは冗談でも何でもなく、本当のことです。確かに婚約者が別の方を愛しているというのは、世間的にはスキャンダルかもしれません。ですが、わたくしにとってはむしろ、彼の気持ちがしっかり定まっているほうが落ち着くんです」
「そ、そうなのですか……? でも、ルチアーナ様は王太子妃になられるお方……。殿下を独り占めしたいと思うのが自然では……」
「そうね。もしわたくしが“殿下に熱烈に恋をしている”のなら、また話は違ったかもしれません。しかし、わたくしは幼い頃から政略結婚の一環として、殿下との縁談が進められてきました。もちろん、彼を尊敬しておりますし、国を背負うお立場としても素晴らしい方だと思っています。けれど、それが“愛”かというと、わたくしはあまりそういう感情を抱いてこなかったのです」
ここまでは事実を素直に述べている。リリア様は真剣な面持ちで頷きながらわたくしの言葉を聞いている。対面にいるアルベルト様は微妙に気まずそうな表情をしているが、これも彼が招いた結果なのだから仕方がない。
それでも、わたくしとしては“恨んでいない”ことをリリア様へ誠心誠意伝えるのが大事だと思っている。
「ですからね、リリア様。わたくしは王太子殿下の伴侶として国のために働く意志はありますが、それ以上の束縛は求めないのです。今後は王妃としての公務をこなしつつ、わたくし自身も好きなことに時間を使うつもり。アルベルト様があなたを愛することを、とがめるつもりは毛頭ございませんの。むしろ、あなたが彼を支えてくださると助かります」
わたくしがそこで話を切り、紅茶を一口含む。するとリリア様はポロリと涙をこぼしそうな表情で、「なんてお優しい方なの……」と呟いた。どこまでも健気で、素直で、情の深い娘なのだと伝わってくる。
「わたし……本当に、ルチアーナ様に恨まれるとばかり思っていました。こんなわたしが殿下のそばにいることは、大罪なのではないかと……」
「まあ、リリア様。あなたは何も悪くありませんし、罪でもありません。アルベルト様があなたを愛すると決めた以上、わたくしはそれを尊重したい。リリア様さえよろしければ、今後はわたくしと“お友達”のように気さくにお付き合いしていただきたいのですわ」
「お……お友達……? そ、そんな、わたしなんかがおこがましいです……」
「ふふ、遠慮なさらなくても大丈夫です。わたくし、実はあまり“貴族らしいお茶会”が得意ではなくて、気を遣わない相手とおしゃべりできるほうがずっと楽しいの。あなたのような優しくて素直な方なら、きっといろいろなお話をしてみたいわ」
わたくしがそう言うと、リリア様は今度こそ目に涙を浮かべ、胸に手を当てて深く頭を下げた。まるで、「こんなにも温かい言葉をもらえるなんて思っていなかった」という驚きと感謝が、全身から伝わってくるようだ。わたくしにとってはそこまで大袈裟な話でもないのだけれど、彼女にしてみれば貴族の華やかな世界は遠い存在。ましてや次期王妃という最高位の女性に優しく受け入れられるなど、想像もできなかっただろう。
「ありがとうございます……。わたし、本当に……とても、嬉しいです」
リリア様は目尻に涙をにじませながら、そう呟いた。その様子を見ていると、わたくしは一層「彼女とは円満にやっていけそうだ」と確信する。
アルベルト様も、安堵の色を浮かべながら微笑みかけている。彼にとっては、わたくしとリリア様が対立することがいちばんの懸念材料だっただろうから、これで少なくとも“修羅場”の心配はなくなったわけだ。
それからしばらく、わたくしとリリア様は他愛ない世間話を続けた。リリア様が育った下町のこと、そこで出会った人々の話、困っている人を放っておけないという彼女の性分……などなど。どの話もわたくしにとって新鮮だったし、社会勉強にもなった。
やがて、ふとリリア様が「ルチアーナ様の趣味は何ですか……?」と尋ねてきたので、わたくしは「読書と紅茶ですわ!」と迷わず答えた。するとリリア様は目を輝かせて「わたし、こういうおしゃれな紅茶の飲み方は知らなくて……よかったら、色々教えていただけませんか?」と乗り気になってくれた。こうして、わたくしは早くも“次はどんな銘柄の紅茶を味わってもらおうかしら”などと妄想を膨らませ始める。
「ええ、ぜひ一緒に楽しみましょう。紅茶の世界は深いですし、茶葉や産地によって香りも味も変わるの。お菓子との相性も奥が深いですわ。わたくしの書斎には、いろいろな知識をまとめた本がたくさんありますから、またお貸ししますね」
「は、はい……! 楽しみにしております……!」
リリア様は先ほどまで萎縮しきっていた様子から一転、可愛らしい笑顔で応じる。どうやら“紅茶”という共通の話題を得たことで、少しだけ打ち解けるきっかけになったらしい。よかった、わたくしとリリア様は思っていたよりも上手くやっていけそうだ。
そんな微笑ましいやり取りをよそに、アルベルト様は少し複雑そうな面持ちをしている。女性同士の盛り上がりについていけず、置いてけぼりになった気分なのだろうか。それでも、わたくしもリリア様も、さほど彼を意識していない。
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