王太子妃の器ではないと言われましたが、帝国の未来そのものでした

鍛高譚

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4話

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それからしばらく道のりを進み、夕暮れが迫ってきたころ、馬車は予定していた宿場町に到着した。そこにはラグナ帝国が運営する小さな駐屯地があり、旅の安全を確保する意味も込めて一晩を過ごすのだという。
 兵舎のような質実剛健な建物が並ぶ一角に、客用の離れのような建物があった。エドガーの案内でそこに通されると、フローラは少なからず驚いた。内装は簡素ながら清潔感があり、食事の支度も整っている。寝具も新調されたものが備え付けられており、まるで客人を迎えるためにきちんと準備された空間だった。
(ここでの扱いは、公爵家にいた時よりずっとまとも……)
 思わずそんな感想が漏れてしまう。
 王太子殿下との婚約者だった時でさえ、フローラの扱いはひどいものだった。冷遇され、まともな部屋すら与えられなかったことさえある。
 しかし今、自分は「敵国の皇太子に嫁ぐ」という立場にもかかわらず、これほどまでに「当たり前の待遇」を受けている。
 少し早めに夕食が用意されると、フローラは戸惑いながらも、勧められた席についた。そこには温かなスープや焼きたてのパン、それに程よく焼かれた鶏肉料理など、旅の宿にしては随分と充実した食事が並んでいる。
「どうぞ、召し上がってください。移動中はどうしても食事が偏りがちですが、あなた様のお身体を気遣うよう、との殿下からの命令を受けております」
 エドガーの言葉に、フローラはカトリーナの顔を思い出す。彼女は王太子殿下に甘やかされ、豪勢な食事ばかり求めていた。だが、自分はまったくといっていいほど配慮されることなく、その差に屈辱を感じたことが何度もある。
 皮肉なものだ。捨てられたはずの自分が、敵国でこれほどまでに気遣われるとは……。
 とはいえ、まだ警戒心がないわけではない。これが表向きの丁重な扱いで、実際にはどんな仕打ちが待っているのかわからない。そう思うと、素直に喜べない自分がいるのも事実だった。

 夕食を終えたフローラは、部屋に戻った後も寝付けずにいた。
 夜の闇が降りて、窓の外は静寂に包まれている。しかしその静けさは、彼女の心を落ち着かせるどころか、むしろ様々な思いを呼び覚ます。
 ――アルベルトに放逐され、家族にも見限られた。
 ――自分には何の価値もないと証明されてしまった。
 ――そして今は、敵国の皇太子のもとへと送られている。
(これから……私はどうなるのだろう。ラグナ帝国の皇太子は、どんな人なのだろう)
 考えても答えは出ない。だが、自分の命運を握っているのは、その見知らぬ皇太子――クラウスという名の人物だ。
 そう思うと、フローラの胸の中にかすかな期待と不安が入り混じる。もしかしたら、このまま苦しみのない生活を送れるかもしれない。あるいは、さらに悲惨な運命が待っているかもしれない――。
 どちらに転ぶかは分からない。だが、ただ一つ言えるのは、王太子の婚約者でいた頃のような、あの心を抉られるような悲しみと冷遇は、もう味わいたくないということ。
 フローラは布団の上で膝を抱え、ゆっくりと深呼吸をする。
(――神様。もしこの先、少しでも私が笑える時間があるなら、どうか与えてください)
 そんな小さな願いを胸に抱きながら、疲れ切った心と体をようやく休めると、いつしか眠りの底へ落ちていった。
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