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34話
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屈辱の講和、そして衝撃の事実
翌日、王国の使者が皇宮を訪れ、謁見の間に通された。
そこにいたのは――なんと王太子アルベルト本人と、その妃カトリーナであった。二人ともかつての煌びやかな衣装こそ身に着けているが、その顔には明らかな疲労と焦りの色が浮かんでいる。
当初、彼らは来るはずがないと噂されていたため、フローラは驚きと同時に嫌悪感に似た感情がこみ上げるのを抑えられなかった。
(まさか、アルベルト殿下とカトリーナが……直接ここに?)
交渉の場には、皇帝とクラウス、それにフローラをはじめとした帝国重臣が顔を揃えている。アルベルトとカトリーナは、まるで場違いな様子で、そわそわと視線を彷徨わせていた。
最初に口を開いたのは皇帝だった。
「……王太子アルベルトよ。わざわざ自ら出向いたからには、それなりの覚悟があろうな?」
アルベルトは一瞬怯んだように目を伏せ、やがて意を決したように頭を下げた。
「陛下、そして皇太子クラウス殿下。我々王国は……すでに国内の情勢が混乱を極め、条約を履行することさえままならぬ状態にあります。つきましては、改めてラグナ帝国の寛大なるお力添えを……」
要するに「さらに譲歩を求める」のだろう。周囲の空気が一気に冷え込む。
そこへ続けて、カトリーナが甘ったるい声を上げる。
「そうですわ、陛下。わたくしたちの国はとても困っておりますの。どうか、お優しいラグナ帝国の皆さま、特に皇太子様と……あら?」
カトリーナは何かに気づいたように、フローラの姿を目で捉えた。数秒の沈黙のあと、その顔が青ざめていく。
「あ、あなたは……フローラ? まさか……そんな……」
アルベルトも動揺を隠せず、フローラを見つめる。
「フ、フローラ……? どうしてここに……いや、ああ、そうだった。お前はラグナ帝国に嫁いだんだったな。だが、それは一時的な政略結婚のはずで……お前がこんな立派な場所にいるなんて……」
まるで信じられないという表情で、二人はフローラを凝視する。
フローラは軽く頭を下げ、静かながらはっきりとした声で挨拶をした。
「お久しゅうございます、アルベルト殿下。そしてカトリーナ様。……わたくしは、ラグナ帝国の皇太子妃候補、フローラ・フォン・リヴェールと申します」
その名乗りに、二人は言葉を失う。「皇太子妃候補」という言葉を耳にした瞬間、カトリーナは絶句し、アルベルトの額には冷や汗がにじむ。
そこに、クラウスが声を挟んだ。
「いや、もはや“候補”ではない。――本日をもって、正式に“皇太子妃”となる存在だ。どうか、このラグナ帝国の未来を支える フローラ・イーグレッド・ラグナ を、しかと目に焼き付けるがいい」
クラウスはそう言い放ち、フローラの手を取り、皆の前に堂々と示す。彼女の左手薬指には、帝国の宝石をあしらった指輪が光っていた。
――それは、この場がフローラの「正式なお披露目」のタイミングであることを示す。
アルベルトとカトリーナの顔からは、いっさい血の気が失せる。二人ともゴクリと唾を飲み込み、カトリーナは怯えたように目を伏せる。
「そ、そんな……あなたは何もできないって、殿下がおっしゃっていたのに……」
つい口走ったその言葉が、どれほど失礼極まりないものか、カトリーナ自身も理解していないらしい。
アルベルトは慌ててカトリーナを止めようとするが、クラウスの冷厳な視線がその言葉を遮る。
「“何もできない”……? 俺には、フローラが何もできないどころか、この帝国で多くの者から慕われ、助けられている姿しか見えないが?」
その問いに、アルベルトは沈黙するしかない。フローラを切り捨てたのは、ほかならぬ自分――そして、その結果、彼女がラグナ帝国で皇太子妃となった。今さら「戻ってきてくれ」などという言葉はもはや出てこない。
カトリーナはその場で震え、内心何を思っているのか定かではない。もしかすると、ラグナ帝国の宮廷の華やかさを目にして、自分が王太子妃として享受していた地位が何とつまらないものかを痛感しているのかもしれない。
やがて、皇帝が静かに口を開く。
「アルベルトよ。お前たちが望むならば、今の条約を見直しても良い。――ただし、こちらとしてはそれに見合う代償を求めることになるだろうがな」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトは希望を見出したように顔を上げる。
「は、はい! わたしは、何でも差し出す覚悟があります。どうか王国を……わたしたちをお助けいただきたいのです!」
クラウスは鼻で笑い、フローラの手を優しく握ったまま、アルベルトを見据えた。
「何でも差し出す……か。お前には、すでにフローラを差し出した過去があるだろう? それ以上に、今度は何を差し出せるというんだ?」
「そ、それは……」
アルベルトが窮していると、カトリーナが必死に顔を上げる。
「わ、わたくしには、宝石や衣装がありますの。大勢の侍女や……あとは……」
その愚かな発言に、帝国の重臣たちは呆れたような視線を投げかける。宝石や衣装など、ラグナ帝国には掃いて捨てるほどある。そんなものを渡したところで、国全体の救済には程遠い。
何より、彼女が浪費してきた品々は、本来なら王国の財政を助けるべき税金から捻出されたものも多いだろう。そう考えると、もはや同情の余地はない。
翌日、王国の使者が皇宮を訪れ、謁見の間に通された。
そこにいたのは――なんと王太子アルベルト本人と、その妃カトリーナであった。二人ともかつての煌びやかな衣装こそ身に着けているが、その顔には明らかな疲労と焦りの色が浮かんでいる。
当初、彼らは来るはずがないと噂されていたため、フローラは驚きと同時に嫌悪感に似た感情がこみ上げるのを抑えられなかった。
(まさか、アルベルト殿下とカトリーナが……直接ここに?)
交渉の場には、皇帝とクラウス、それにフローラをはじめとした帝国重臣が顔を揃えている。アルベルトとカトリーナは、まるで場違いな様子で、そわそわと視線を彷徨わせていた。
最初に口を開いたのは皇帝だった。
「……王太子アルベルトよ。わざわざ自ら出向いたからには、それなりの覚悟があろうな?」
アルベルトは一瞬怯んだように目を伏せ、やがて意を決したように頭を下げた。
「陛下、そして皇太子クラウス殿下。我々王国は……すでに国内の情勢が混乱を極め、条約を履行することさえままならぬ状態にあります。つきましては、改めてラグナ帝国の寛大なるお力添えを……」
要するに「さらに譲歩を求める」のだろう。周囲の空気が一気に冷え込む。
そこへ続けて、カトリーナが甘ったるい声を上げる。
「そうですわ、陛下。わたくしたちの国はとても困っておりますの。どうか、お優しいラグナ帝国の皆さま、特に皇太子様と……あら?」
カトリーナは何かに気づいたように、フローラの姿を目で捉えた。数秒の沈黙のあと、その顔が青ざめていく。
「あ、あなたは……フローラ? まさか……そんな……」
アルベルトも動揺を隠せず、フローラを見つめる。
「フ、フローラ……? どうしてここに……いや、ああ、そうだった。お前はラグナ帝国に嫁いだんだったな。だが、それは一時的な政略結婚のはずで……お前がこんな立派な場所にいるなんて……」
まるで信じられないという表情で、二人はフローラを凝視する。
フローラは軽く頭を下げ、静かながらはっきりとした声で挨拶をした。
「お久しゅうございます、アルベルト殿下。そしてカトリーナ様。……わたくしは、ラグナ帝国の皇太子妃候補、フローラ・フォン・リヴェールと申します」
その名乗りに、二人は言葉を失う。「皇太子妃候補」という言葉を耳にした瞬間、カトリーナは絶句し、アルベルトの額には冷や汗がにじむ。
そこに、クラウスが声を挟んだ。
「いや、もはや“候補”ではない。――本日をもって、正式に“皇太子妃”となる存在だ。どうか、このラグナ帝国の未来を支える フローラ・イーグレッド・ラグナ を、しかと目に焼き付けるがいい」
クラウスはそう言い放ち、フローラの手を取り、皆の前に堂々と示す。彼女の左手薬指には、帝国の宝石をあしらった指輪が光っていた。
――それは、この場がフローラの「正式なお披露目」のタイミングであることを示す。
アルベルトとカトリーナの顔からは、いっさい血の気が失せる。二人ともゴクリと唾を飲み込み、カトリーナは怯えたように目を伏せる。
「そ、そんな……あなたは何もできないって、殿下がおっしゃっていたのに……」
つい口走ったその言葉が、どれほど失礼極まりないものか、カトリーナ自身も理解していないらしい。
アルベルトは慌ててカトリーナを止めようとするが、クラウスの冷厳な視線がその言葉を遮る。
「“何もできない”……? 俺には、フローラが何もできないどころか、この帝国で多くの者から慕われ、助けられている姿しか見えないが?」
その問いに、アルベルトは沈黙するしかない。フローラを切り捨てたのは、ほかならぬ自分――そして、その結果、彼女がラグナ帝国で皇太子妃となった。今さら「戻ってきてくれ」などという言葉はもはや出てこない。
カトリーナはその場で震え、内心何を思っているのか定かではない。もしかすると、ラグナ帝国の宮廷の華やかさを目にして、自分が王太子妃として享受していた地位が何とつまらないものかを痛感しているのかもしれない。
やがて、皇帝が静かに口を開く。
「アルベルトよ。お前たちが望むならば、今の条約を見直しても良い。――ただし、こちらとしてはそれに見合う代償を求めることになるだろうがな」
その言葉を聞いた瞬間、アルベルトは希望を見出したように顔を上げる。
「は、はい! わたしは、何でも差し出す覚悟があります。どうか王国を……わたしたちをお助けいただきたいのです!」
クラウスは鼻で笑い、フローラの手を優しく握ったまま、アルベルトを見据えた。
「何でも差し出す……か。お前には、すでにフローラを差し出した過去があるだろう? それ以上に、今度は何を差し出せるというんだ?」
「そ、それは……」
アルベルトが窮していると、カトリーナが必死に顔を上げる。
「わ、わたくしには、宝石や衣装がありますの。大勢の侍女や……あとは……」
その愚かな発言に、帝国の重臣たちは呆れたような視線を投げかける。宝石や衣装など、ラグナ帝国には掃いて捨てるほどある。そんなものを渡したところで、国全体の救済には程遠い。
何より、彼女が浪費してきた品々は、本来なら王国の財政を助けるべき税金から捻出されたものも多いだろう。そう考えると、もはや同情の余地はない。
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