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第1章 望まぬ政略結婚
7話
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それから数日、リゼットはどこか空虚な心持ちのまま、結婚準備に追われる生活を送ることになる。ウェディングドレスの仮縫い合わせや、婚礼の招待客リストの確認、祝宴の段取りなど——すべてがあっという間に進められていく。使用人や侍女たちは「おめでとうございます」「本当に楽しみですね」と祝福の言葉をかけてくるが、そのたびにリゼットの胸は苦しくなった。
そんなある日、マリアがリゼットの部屋を訪れた。ティーセットを持参した侍女を下がらせ、二人きりでテーブルに向かい合う。湯気の立つ紅茶の香りが部屋いっぱいに広がるが、リゼットは気が晴れるどころか、さらに胸がざわつく。
「お母様、何かお話があるの?」
マリアはふと視線を落とし、少し言いづらそうに口を開く。
「……リゼット、あなたは小さい頃からとても賢く、そして優しい子だったわ。お父様が多少強引に振る舞っても、あなたが従順にふるまうのは、家のためだと理解していたからでしょう?」
「……そうね。私だって、自分一人の思いだけで動ける立場にないことは分かっているつもり」
母が表情を曇らせる。まるで何かに後ろめたさを感じているかのように、微かに唇を噛んだ。
「本当はもう少し時間をかけたかったのだけど……どうやらシュヴァルツ家も急いでいるようなの。詳細は教えてもらえないけれど、王宮で何か大きな決定が近いうちになされるらしくて……」
「王宮で……?」
「ええ。その件にアレクシス様が深く関わっているみたい。だから、今回の婚約を早めることで、何かしらの政治的メリットがあるのではないかしら」
そう言いながらも、マリア自身も全容を把握しているわけではないようだ。リゼットは少し考え込んだ。やはり父やアレクシスが重視しているのは「エヴァンティア家とシュヴァルツ家の結びつき」が王宮で有利になるかどうか、という点に他ならないだろう。
「お母様、私……。そういう事情があるなら、なおさら政略結婚ということを思い知らされるわ。でも……」
そこで言いかけて止まる。だが、マリアはそっとリゼットの手を握りしめて優しい瞳を向けた。
「私もあなたが無理をしていることは感じているの。でも、アレクシス様は悪い方ではないと思う。あなたを大切にする意志が見えなかったら、私もこんなに早く許したりはしないわ」
母の言葉にリゼットは少し救われた気がした。政略結婚である事実に変わりはないが、少なくともアレクシスは「形だけで済ませるつもりはない」と言っていた。実際に会話を交わした際も、所々で彼の優しさを感じたのも事実だ。
ならば、今はその言葉を信じてみるしかないのかもしれない。時間をかけてお互いを知り、政治的な側面だけではない結婚生活を築くことだって可能かもしれないのだ。
そう自分を納得させるしかない、とリゼットは思う。結婚式当日が刻一刻と迫る中、リゼットが心の中に抱いたのは、一抹の不安と、それに負けないように膨らませる小さな期待だった。
このとき、リゼットはまだ知らない。
アレクシスが彼女に対して抱いている想いの本質が、単なる「政略上の方便」ではないことを。むしろ、最初から深い関心——いや、それ以上の感情を秘めていたのだということを。
しかし、それが表面化するのは、もう少しあと。リゼットは準備に追われる日々のなか、いつしか父の指示に従って挨拶回りや書類の手続きに忙殺され、アレクシスとゆっくり話す機会すら得られないまま、婚礼の日取りが正式に決定してしまう。
こうして、望まぬ政略結婚に向けて、すべての歯車は容赦なく回り始めた。
リゼット・エヴァンティアの運命は、王宮や貴族社会の思惑の中で大きく動かされていく。
それでもなお、彼女の心にはわずかな光があった。アレクシスの言葉が偽りでない限り、彼との未来に希望はあるかもしれない。
そんな思いを抱えながら、リゼットは冷たい冬の空を見つめ、やがて訪れる日々を静かに待ち受けるのだった——。
そんなある日、マリアがリゼットの部屋を訪れた。ティーセットを持参した侍女を下がらせ、二人きりでテーブルに向かい合う。湯気の立つ紅茶の香りが部屋いっぱいに広がるが、リゼットは気が晴れるどころか、さらに胸がざわつく。
「お母様、何かお話があるの?」
マリアはふと視線を落とし、少し言いづらそうに口を開く。
「……リゼット、あなたは小さい頃からとても賢く、そして優しい子だったわ。お父様が多少強引に振る舞っても、あなたが従順にふるまうのは、家のためだと理解していたからでしょう?」
「……そうね。私だって、自分一人の思いだけで動ける立場にないことは分かっているつもり」
母が表情を曇らせる。まるで何かに後ろめたさを感じているかのように、微かに唇を噛んだ。
「本当はもう少し時間をかけたかったのだけど……どうやらシュヴァルツ家も急いでいるようなの。詳細は教えてもらえないけれど、王宮で何か大きな決定が近いうちになされるらしくて……」
「王宮で……?」
「ええ。その件にアレクシス様が深く関わっているみたい。だから、今回の婚約を早めることで、何かしらの政治的メリットがあるのではないかしら」
そう言いながらも、マリア自身も全容を把握しているわけではないようだ。リゼットは少し考え込んだ。やはり父やアレクシスが重視しているのは「エヴァンティア家とシュヴァルツ家の結びつき」が王宮で有利になるかどうか、という点に他ならないだろう。
「お母様、私……。そういう事情があるなら、なおさら政略結婚ということを思い知らされるわ。でも……」
そこで言いかけて止まる。だが、マリアはそっとリゼットの手を握りしめて優しい瞳を向けた。
「私もあなたが無理をしていることは感じているの。でも、アレクシス様は悪い方ではないと思う。あなたを大切にする意志が見えなかったら、私もこんなに早く許したりはしないわ」
母の言葉にリゼットは少し救われた気がした。政略結婚である事実に変わりはないが、少なくともアレクシスは「形だけで済ませるつもりはない」と言っていた。実際に会話を交わした際も、所々で彼の優しさを感じたのも事実だ。
ならば、今はその言葉を信じてみるしかないのかもしれない。時間をかけてお互いを知り、政治的な側面だけではない結婚生活を築くことだって可能かもしれないのだ。
そう自分を納得させるしかない、とリゼットは思う。結婚式当日が刻一刻と迫る中、リゼットが心の中に抱いたのは、一抹の不安と、それに負けないように膨らませる小さな期待だった。
このとき、リゼットはまだ知らない。
アレクシスが彼女に対して抱いている想いの本質が、単なる「政略上の方便」ではないことを。むしろ、最初から深い関心——いや、それ以上の感情を秘めていたのだということを。
しかし、それが表面化するのは、もう少しあと。リゼットは準備に追われる日々のなか、いつしか父の指示に従って挨拶回りや書類の手続きに忙殺され、アレクシスとゆっくり話す機会すら得られないまま、婚礼の日取りが正式に決定してしまう。
こうして、望まぬ政略結婚に向けて、すべての歯車は容赦なく回り始めた。
リゼット・エヴァンティアの運命は、王宮や貴族社会の思惑の中で大きく動かされていく。
それでもなお、彼女の心にはわずかな光があった。アレクシスの言葉が偽りでない限り、彼との未来に希望はあるかもしれない。
そんな思いを抱えながら、リゼットは冷たい冬の空を見つめ、やがて訪れる日々を静かに待ち受けるのだった——。
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