婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚

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9話

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国王の決断――そして拒絶

 そんなある日、ガイア王子から「王宮へ来てほしい」との要請がマリンへ届いた。いまだ追放の身である彼女を堂々と王宮へ呼ぶということは、よほどの覚悟か、あるいは非常事態ゆえの措置だろう。
 マリンはシリル大使と研究者たちに報告し、数名を伴って王宮へ向かった。震災と崩落の影響で城壁はひび割れが走り、宮殿内も瓦礫が散乱している。かろうじて守られている玉座の間には、顔をやつした王や高位貴族たちが集まっていた。
 そこに通されたマリンは、久しぶりに国王の姿を目にする。壮年の国王は疲労困憊の様子で、目の下には隈ができ、周囲の重臣たちも一様に青ざめている。

「……そなたが、アクアリウム子爵令嬢、マリンであったな」
 国王のかすれた声が室内に響く。昔なら“不敬”を咎めるような視線が飛んできたかもしれないが、今はその余裕もないらしい。
 マリンは深く頭を下げる。すぐ隣ではガイア王子が神妙な面持ちで立っており、その眼差しが「頼むから、力を貸してほしい」と言っているようだった。

「国を襲ったこの災厄……そなたが三年前に警告していたとか。それが真実なら、今からでも何か手はないのか……。この国を救う方法は……」
 国王は疲労困憊の面差しで問いかける。貴族の誰もが耳を傾けている様子だが、その瞳には半信半疑の光が混ざり合う。どうせ「何もできない」と言うのではないか、といった不安や敵意も垣間見える。
 マリンはぎゅっと拳を握り、息を吐いてから口を開く。

「正直なところ、大規模な崩落を止める手段は、今の人間にありません。自然の力に対抗することはできないのです……」
 その言葉に場が凍りつく。ガイア王子を除いた貴族たちの表情は落胆や怒りに歪んだ。明確な打開策を聞きたいのに、それを断言するどころか、“無理”だと言い切っているのだから。
 マリンはそれでも構わず続ける。

「ですが、被害を最小限に抑えるためには、まだできることがあります。一刻も早く国民を高台へ避難させ、余震や二次崩落の危険がある地域を特定し、そこから人々を遠ざける。隣国と連携して救援物資を運び込み、あるいは……可能な限り、他の国へ人々を逃がすことも考えるべきです」
「他の国へ逃がすだと……!? そんな恥知らずな……!」
 一部の貴族が憤怒の表情を浮かべる。国王の面前で「人々を外国へ移住させろ」と提案するなど、普通なら裏切り行為に等しいとされてきた。しかし、ガイア王子は目を閉じ、押し黙っている。どうしようもなく苦しい現実を知っているからだ。

「もし、国が滅びるとしても、私たちの魂や未来までもがここで終わるわけではありません……。みんなで助け合い、最後まで人の思いを繋げば、いつか新しい地で生き延びる人々もいるはず」
 マリンの声は震えながらも懸命だった。崩壊を止める術はない――それを宣言するのは辛いが、事実を歪めて優しい嘘をついても、もはや誰のためにもならない。
 やがて、王座から重苦しいため息が漏れる。国王は瞳を閉じ、か細い声で呟いた。

「……つまり、手立てはないということか。もう間に合わぬ……今から船を造っても、逃げ切れる者はごく一部。陸路も崩落が激しくて通れない。どうすればいい……」
 王の語尾は悲嘆に沈み、人々の視線が床に落ちる。もはや国を支配してきた誇りやプライドなど、何の意味も持たないほどの絶望感が漂っていた。
 しかし、ガイア王子だけは目を開け、はっきりと声を出した。

「父上、いま国を見捨てると決めつけるのは早い。……人々が最期まで生き抜くために、動かなければならないことがある。たとえば、可能な範囲で船を造り始める、少なくとも避難民を内陸へ誘導する、物資を配給する。すでに城下には飢えた人々があふれているのです!」
「そうだ、そのために殿下が大規模な“避難キャンプ”を呼びかけているのに、貴族の中にはまだ保身しか頭にない者が大勢いる!」
 声を荒らげる騎士団長が、王や貴族たちを見回す。ライガン公爵をはじめとする重鎮たちは気まずそうに目を逸らしていた。

「国が滅ぶかどうかなど、分からない。だが、今を生き残るために手を尽くそう。私はそれを訴え続ける!」
 王子の熱い声が玉座の間に響く。マリンは王子の横顔を見つめながら、胸にわずかな希望が灯るのを感じていた。まだ、完全に諦めてはいない人々がいる。最後まで抗おうとする意思が、ここにあるのだ。
 しかし、国王はなおも沈黙し、貴族の一部は「そんなことをして、無意味に資金を浪費しても……」と小声で呟く。

「もういい……。わしには、何もできぬ。全て、おまえたちが勝手にするがよい……」
 呆然とした声でそう言い放った国王を、ガイア王子はしばらく見つめるしかなかった。まるで人形のように気力を失った父王を前にして、王子が政治の実権を握るのは、もはや既定路線と言える。だが、それで動き出すほど事態は甘くない。王子単独では、貴族社会を動かす決定権を十分に持っていないのだから……。
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