婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚

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12話

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どこまでも足掻き続ける、決意の日々

 国王は既に精神的にも肉体的にも衰弱し、玉座に座るだけの存在と化している。貴族たちはパニックに陥りながらも、各々の利害を優先し、相互不信が深まるばかり。
 一方、ガイア王子は騎士団長や有志の若手貴族、市民ボランティアたちと手を携え、避難と治安維持、物資の調達など膨大なタスクを同時並行で指揮していた。夜もほとんど眠れず、呼吸をするのも辛そうな姿を何度か見かける。
 マリンはそんな王子に肩を貸しながら、被災者への声かけや研究院からの最新情報を共有するなどして、何とか踏ん張っている。時々、王子が“船の進捗は?”と問うが、遅々として進んでいないのが現実だ。

 それでも、小さな動きが出てきた。ごく一部の有志が私財を投じて独自に船を建造し始めたり、あるいは城内に溜め込んでいた穀物を放出して炊き出しを行う貴族が出てきたり。これまでの価値観では考えられない“捨て身の行動”を取る人々が増えているのだ。
 理由は様々だが、「どうせ滅びるなら、最後くらい誰かの役に立ちたい」「王子が命を削っている姿を見て何もせずにいられない」など、切実な思いが広がっている。

「何が正解か分からないけど、こうして人が手を取り合うなら、まだ希望があるかもしれませんね」
 ソフィが苦笑混じりに言う。マリンもうなずいた。大陸そのものは滅びに向かっているかもしれないが、その中で“人間の魂”が輝きを増す瞬間が確かにある。
 ガイア王子もそれを感じているのか、折に触れてマリンに語った。「みんなが助け合う姿を見るたび、私は確信するよ。国が滅んだとしても、俺たちの心は滅びないんだ……」

 時間は着実に刻まれる。何度目かの大きな余震が起き、また新たな崩落が発生したという報告が相次ぐ。だが、人々は荒れ果てた街並みの中でなお互いを支え合い、生き延びようとする。
 空を見上げれば、地平線の向こうに砕け散った半島の残骸が霞んで見える。まるで“滅び”が確実に迫ってきていると囁いているようだ。
 終末がいつ訪れるか誰にも分からない。ただ、明日かもしれない。あるいは半年先かもしれない。あるいはもう始まっているのかもしれない――。

 そんな予断を許さぬ中、ガイア王子は最後の手段として、王都から遠く離れた高原地帯へ“緊急移住”を行う計画をまとめ上げようとする。そこなら地盤が比較的安定していて、余震による崩落のリスクが王都より低いはずだ。
 もしさらに大きな地殻変動が来るなら、王都に留まるより高原へ移動したほうが生存率は高い。もちろん問題は山積みだが、それを承知で“最後の賭け”に出るのだ。
 マリンも黙ってそれを見守る。反対意見は少なくないが、王子の覚悟は揺るがない。どうせ滅びるというなら、なおさら足掻いてやる――その意志が、王子や騎士団を突き動かしている。

 こうして、王都の大規模避難の準備が水面下で始まる。それを知った貴族たちの中には激怒する者、密かに便乗する者、あるいは国外逃亡を企てる者も続出し、混沌は加速する。
 そして、最後の大崩落が近いかもしれない――そう噂されるなか、人々はもはや“明日”を保証されないまま、わずかな望みに縋りついていた。

 果たして、真の終焉はいつ、どこで訪れるのか。船も、高原への移住も、すべてが未知数。
 マリンはそれでも、王子の隣で立ち止まらない。彼が道を示すなら、最後の瞬間まで歩み続けるつもりだった。数年前の舞踏会で彼を拒絶した自分からは、想像もできないほど強い想いが、今のマリンの胸に宿っている。
 世界が崩れる時、たとえ“本当に滅びが避けられない”としても、人はなぜか“希望”を持たずにはいられない。大陸とともに散るかもしれない命――それでも、人と人とが繋がり合うことで、何かが生まれ、何かが残るのかもしれない。

(――ついに、最後のときが来るのだろうか。あの大地がすべて海に沈んでしまうのか。わたしたちは、ただ終末を受け入れるしかないのか……)

 マリンの耳元には、地の底から響くような低い轟音が届き始めていた。朝も夜もなく続く大地の呻きが、いまや絶えず聞こえてくる。
 その音は、まるで“運命のカウントダウン”を告げる鐘のようでもある――。
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