婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚

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15話

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運命の瞬間

 翌朝、激しい地鳴りとともに王都の中心部で大規模な亀裂が走った。次いで起こった数度の余震が、ついに“最終崩落”を引き起こしたのだ。
 街の地下で何かが崩れ落ちるような恐ろしい轟音が鳴り響き、大地が大きくゆがむ。建物が次々と傾き、轟々と崩れ去っていく。城壁も砕け、塔が倒壊し、街路が粉塵を巻き上げた。
 王都の周辺を取り囲むように海水が流れ込み、焦げた土のような臭いが鼻を突く。陸が海へ沈む速度は、思った以上に早い。まさに、世界の終焉が到来したかのような光景だった。

「きゃああああっ!」
 そこかしこで悲鳴が上がり、逃げ遅れた人々が瓦礫に押し潰されている。兵士たちが必死に救おうとするが、地面が裂け、転落していく姿が視界の端で見える。まるで地獄絵図だ。
 マリンは王子と騎士団の援護を受けながら、まだ踏みとどまっている地域を駆け回る。子どもを抱きかかえ、壊れた荷車を乗り越え、なんとか安全な高台へ――そこも安全と言えないが、少しでも標高のある場所へ避難させようと必死だ。

「急げ! こっちはもう崩れるぞ!」
 騎士団長が声を張り上げ、兵士が民を引きずるように連れていく。ガイア王子も血まみれの騎士団員を支えながら、歩みを進める。だが、街のあちこちが粉砕され、足を踏み入れるたびに轟音が足元から響く。
 マリンの胸には恐怖が渦巻いていた。いつ崩落に飲み込まれるか分からない。それでも、王子の決意が薄れることはない。息も絶え絶えの声で「まだ、あそこに人がいる……助けに行くぞ!」と叫び、がれきの山へ突っ込んでいく。

(どうして、こんな最期を迎えなければならないの……。でも、もう後悔しても遅い。最後の瞬間まで、目を背けないと誓ったじゃない――)

 マリンは堪えきれず涙が浮かぶが、足を止めない。
 激しい揺れに飲み込まれそうになりながらも、なんとか数十人の人々を救護地点へ誘導した時点で、王都全体が大きく沈み始めているのが分かった。海面が迫り、建物がバラバラと崩壊していく。視界は白い粉塵と濁った水しぶきで塞がれ、呼吸すらままならない。

「殿下、もうここは……限界だ! 撤退を……!」
 騎士団長が絶叫する。ガイア王子は苦悶の表情を浮かべながらも、最後にマリンの肩を掴む。
「……これ以上は、止められない。マリン、行こう……!」
 マリンは懸命に頷き、一緒に救護地点へ戻ろうとする。だが、激震とともに足元が崩れ、王子とマリンは塀にぶつかり転倒する。肩が砕けるような痛みに、マリンは思わず息を呑んだ。

「くっ……大丈夫か、マリン……!?」
「はい……あなたこそ、ケガは……」
 王子も腿から血が流れているようだが、立ち上がるとマリンを抱きかかえ、「もう一歩も引けないぞ……!」と足を踏み出す。視界は地獄だが、共にいるだけで不思議な力が湧いてくる。
 二人は朽ちた門を潜り抜け、どうにか高台へ続く道へ出た。そこには騎士団やボランティアが最後の力を振り絞って陣を敷き、避難民を助け上げている。下の方では海水が泡立ち、街を呑み込んでいく――まさに最終的な沈没だ。

「王都が……消えてしまう……」
 誰かの呟きが耳に入る。マリンも振り返るが、粉塵と濁流の向こうに、もはや王都の姿は見えない。かつて絢爛だった城も、すべてが崩壊して水底へ沈んだのだろう。涙が頬を伝うが、悔しさや悲しみを超えた虚脱感しか湧いてこない。
 それでも、まだ生き残っている人々がここにいる。ガイア王子は肩で息をしながらも、支えてくれた騎士団長に向かい、小さく唇を震わせる。

「皆、よく耐えてくれた……まだ、命がある限り、未来は……」
 どこからか、かすれた拍手が起こり、複数の人々が崩れ落ちるように泣きながら王子にすがる。国は滅んだも同然だが、そこには確かに生きている魂がある。
 マリンもその光景を見ながら、こみ上げる涙を拭う。「国が滅んだあとも、私たちは生きていくんだ……」と自分に言い聞かせる。崩壊は止められなかったが、それでも人の思いが完全に壊れたわけではない。
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