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16話
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滅びの中の恋――そして、新たな旅へ
かつての王都は海に沈み、国王も多数の貴族も行方知れずとなった。だが、ガイア王子とマリンを中心に、かろうじて生き延びた者たちは、高台へ逃れて簡易的な生活を始めている。
むろん、崩壊がこの先さらに続けば、ここでさえ絶対に安全とは言えない。隣国や他国の支援も届きにくく、飢えと病は深刻だ。それでも、王子は民とともに立ち上がり、わずかな畑を耕し、水を分け合い、新たな家を建てようとする。
そして“もし船が完成したら、そのときは……”と、再び旅立ちを計画する者もいる。崩れゆく大陸を捨て、新天地を探しに行くか、それともここに踏みとどまるか――選択は人それぞれだが、もう王や貴族の命令など関係ない。自分で決めるしかないのだ。
マリンは、王子とともに避難民の一角で休息を取る。夜空を見上げても、地平の闇の向こうには崩壊した王都跡があるはずだ。二人とも疲労と痛みに苛まれながらも、隣に寄り添うことで心の安らぎを得ていた。
「マリン、すまない。結局……君を追放し、君の言葉を信じられなかったせいで、こんな最期を迎えてしまった」
ガイア王子がぽつりと呟く。目尻には涙が滲んでいる。優しすぎる彼らしい謝罪だが、マリンは首を横に振る。
「わたしも、あのときもっと必死に訴えればよかったかもしれない。でも、過去を悔やんでも何も変わらないわ」
どちらが悪いという話ではなく、そもそも人間に大自然を止める力はなかった。どれほど早く知っていたところで、結果は大差なかったかもしれないのだ。
「それに……あなたは最後まで足掻いてくれた。国民を見捨てずに、わたしをも拒まずに、ここまで……ありがとう」
そう言って微笑むマリンの頬を、王子の手がそっと撫でる。
「君こそ、ありがとう。君がいなければ、俺はもっと早く心が折れていたかもしれない。……こんな国でも、最後まで一緒にいてくれた」
どちらからともなく、そっと唇が重なる。周囲は沈黙し、星明かりだけが二人を照らす。滅びの中で芽生えた愛――それは儚くも確かな救いだった。
既に“王”も国もない。だが、ここにいる人々が織り成す小さな共同体が、新しい未来を紡げるかもしれない。それが数年後に崩壊しようとも、命がある限り希望をつないでいけるだろう。
運命の先にあるもの
あれから日が経ち、海に沈んだ王都の痕跡はほとんど見えなくなった。広がる波間の向こうには瓦礫が点在し、時折、地鳴りのような不穏な音が響く。それでも大陸すべてが崩壊したわけではなく、こうして生きている人々がいる。
ガイア王子を“王”と呼ぶ者も現れ始めている。もはや公式の戴冠式などないが、彼は否定も肯定もせず、“自分にできること”を全うするだけだと語る。それは人々にとって十分“王”と呼ぶに値する姿だった。
やがて、隣国から小さな船団がやってきて、物資を届けてくれた。崩壊の波はそちらでも深刻だが、それでも少しでも助け合おうという声が絶えないのだ。船で移住したい者は乗り込んで新天地を目指し、残る者は高原に残って畑を耕す――各々が選び、行動する世界。
マリンは、王子の隣でその光景を見守る。彼女自身も“一緒に船で旅立とう”と誘われたが、答えはすでに決まっていた。ここに残る。ガイア王子とともに、崩れゆく大陸であっても、まだ息づく人々を守り続けたい――そう願った。
「大陸は滅びても、私たちの心は生きている。……そうだろう、マリン」
王子の言葉にマリンは微笑み返す。かつての追放ざまぁ――あれは始まりにすぎなかったのかもしれない。国はすべてを失ったが、今ここで目の前にいる人々の姿こそが“国”なのだと、改めて思う。
この先、何年生きられるか分からない。崩壊がさらに進めば、やがて高原も呑まれるかもしれない。けれど、マリンはもう恐れない。最後まで“人間”として在り続けることを、彼女は知っている。
(この大陸とともに滅ぶかもしれない。でも、それが本当の終わりとは思えない。命の限り、王子と一緒に、今を生き抜く――)
そう、心に誓いながら、マリンはそっと王子の手を取る。山なす困難が襲おうとも、もう自分は一人じゃない。
遠くから不安定な光が差し込む薄曇りの空の下、沈んだ王都の方角を見据えながら、ふたりは歩み出す。滅びの後にも、なお続く道があることを信じて。
エピローグ(数年後)
幾度もの崩壊と噴火、津波が大陸を襲ったが、ガイア王子とマリンをはじめとする少数の人々はなんとか高原に集落を築き、細々と暮らしを営んでいた。大規模な国や秩序は消えてしまったが、それでも人間らしさを失わず助け合う集団がここにいる。
遥かな新天地を求めて海へ旅立った者たちの消息は分からない。あるいは、遠い未来にまた別の文明が栄えるのかもしれない。だが、今はただ、崩れゆく大陸の上で、ひとときの平穏をかみしめる。
「国」は滅んでも、人の思いは滅びない――。かつて追放された子爵令嬢が予言した通り、大地は崩壊しても“命”は繋がっていくのだ。
新たな世界の朝を待つ薄明かりの中、マリンと王子は手を取り合い、今日も小さな畑を耕す。お互いに支え合いながら、“今を生きる”ことを選び続ける。それが、滅びの中にある最も輝かしい希望なのだから。
かつての王都は海に沈み、国王も多数の貴族も行方知れずとなった。だが、ガイア王子とマリンを中心に、かろうじて生き延びた者たちは、高台へ逃れて簡易的な生活を始めている。
むろん、崩壊がこの先さらに続けば、ここでさえ絶対に安全とは言えない。隣国や他国の支援も届きにくく、飢えと病は深刻だ。それでも、王子は民とともに立ち上がり、わずかな畑を耕し、水を分け合い、新たな家を建てようとする。
そして“もし船が完成したら、そのときは……”と、再び旅立ちを計画する者もいる。崩れゆく大陸を捨て、新天地を探しに行くか、それともここに踏みとどまるか――選択は人それぞれだが、もう王や貴族の命令など関係ない。自分で決めるしかないのだ。
マリンは、王子とともに避難民の一角で休息を取る。夜空を見上げても、地平の闇の向こうには崩壊した王都跡があるはずだ。二人とも疲労と痛みに苛まれながらも、隣に寄り添うことで心の安らぎを得ていた。
「マリン、すまない。結局……君を追放し、君の言葉を信じられなかったせいで、こんな最期を迎えてしまった」
ガイア王子がぽつりと呟く。目尻には涙が滲んでいる。優しすぎる彼らしい謝罪だが、マリンは首を横に振る。
「わたしも、あのときもっと必死に訴えればよかったかもしれない。でも、過去を悔やんでも何も変わらないわ」
どちらが悪いという話ではなく、そもそも人間に大自然を止める力はなかった。どれほど早く知っていたところで、結果は大差なかったかもしれないのだ。
「それに……あなたは最後まで足掻いてくれた。国民を見捨てずに、わたしをも拒まずに、ここまで……ありがとう」
そう言って微笑むマリンの頬を、王子の手がそっと撫でる。
「君こそ、ありがとう。君がいなければ、俺はもっと早く心が折れていたかもしれない。……こんな国でも、最後まで一緒にいてくれた」
どちらからともなく、そっと唇が重なる。周囲は沈黙し、星明かりだけが二人を照らす。滅びの中で芽生えた愛――それは儚くも確かな救いだった。
既に“王”も国もない。だが、ここにいる人々が織り成す小さな共同体が、新しい未来を紡げるかもしれない。それが数年後に崩壊しようとも、命がある限り希望をつないでいけるだろう。
運命の先にあるもの
あれから日が経ち、海に沈んだ王都の痕跡はほとんど見えなくなった。広がる波間の向こうには瓦礫が点在し、時折、地鳴りのような不穏な音が響く。それでも大陸すべてが崩壊したわけではなく、こうして生きている人々がいる。
ガイア王子を“王”と呼ぶ者も現れ始めている。もはや公式の戴冠式などないが、彼は否定も肯定もせず、“自分にできること”を全うするだけだと語る。それは人々にとって十分“王”と呼ぶに値する姿だった。
やがて、隣国から小さな船団がやってきて、物資を届けてくれた。崩壊の波はそちらでも深刻だが、それでも少しでも助け合おうという声が絶えないのだ。船で移住したい者は乗り込んで新天地を目指し、残る者は高原に残って畑を耕す――各々が選び、行動する世界。
マリンは、王子の隣でその光景を見守る。彼女自身も“一緒に船で旅立とう”と誘われたが、答えはすでに決まっていた。ここに残る。ガイア王子とともに、崩れゆく大陸であっても、まだ息づく人々を守り続けたい――そう願った。
「大陸は滅びても、私たちの心は生きている。……そうだろう、マリン」
王子の言葉にマリンは微笑み返す。かつての追放ざまぁ――あれは始まりにすぎなかったのかもしれない。国はすべてを失ったが、今ここで目の前にいる人々の姿こそが“国”なのだと、改めて思う。
この先、何年生きられるか分からない。崩壊がさらに進めば、やがて高原も呑まれるかもしれない。けれど、マリンはもう恐れない。最後まで“人間”として在り続けることを、彼女は知っている。
(この大陸とともに滅ぶかもしれない。でも、それが本当の終わりとは思えない。命の限り、王子と一緒に、今を生き抜く――)
そう、心に誓いながら、マリンはそっと王子の手を取る。山なす困難が襲おうとも、もう自分は一人じゃない。
遠くから不安定な光が差し込む薄曇りの空の下、沈んだ王都の方角を見据えながら、ふたりは歩み出す。滅びの後にも、なお続く道があることを信じて。
エピローグ(数年後)
幾度もの崩壊と噴火、津波が大陸を襲ったが、ガイア王子とマリンをはじめとする少数の人々はなんとか高原に集落を築き、細々と暮らしを営んでいた。大規模な国や秩序は消えてしまったが、それでも人間らしさを失わず助け合う集団がここにいる。
遥かな新天地を求めて海へ旅立った者たちの消息は分からない。あるいは、遠い未来にまた別の文明が栄えるのかもしれない。だが、今はただ、崩れゆく大陸の上で、ひとときの平穏をかみしめる。
「国」は滅んでも、人の思いは滅びない――。かつて追放された子爵令嬢が予言した通り、大地は崩壊しても“命”は繋がっていくのだ。
新たな世界の朝を待つ薄明かりの中、マリンと王子は手を取り合い、今日も小さな畑を耕す。お互いに支え合いながら、“今を生きる”ことを選び続ける。それが、滅びの中にある最も輝かしい希望なのだから。
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