眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました

鍛高譚

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第1章 ――目覚めた世界は、10年後

4話

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そして、さらに数日後。私は初めて、談話室と呼ばれる部屋で両親やサラとお茶を飲むことになった。ベッドから離れて椅子に座り、ティーカップを自分の手で持つのは、少し緊張する。
 「ふう……まだ少し疲れるけど、なんだか嬉しいかも」
 茶器のセットも、見覚えのある柄ではあるけれど微妙に違うデザインに変わっている。十年間という月日を再認識させられる瞬間でもある。
 「最近は茶葉の輸入も増えて、種類が豊富になったんですよ。これは香り高いものを選んでみました。お口に合いますでしょうか」
 サラが勧めてくれた紅茶を口に含むと、ほっとする甘みと香りが広がる。思わず微笑むと、父も母も嬉しそうだ。
 「アーシア、明日には主治医が最終的な検査をする予定だ。もし問題がなければ、もう少し自由に屋敷内を歩いて構わないそうだよ」
 父が言い、私は「あ、ほんと……?」と嬉しそうに返事をする。それから少し躊躇いがちに、気になっていたことを切り出した。
 「……あの、その……」
 「なんだい?」
 父は微笑んでいるが、私はなかなか言葉が出てこない。そんな私の様子を察してか、母が優しく声をかけてくれる。
 「もしかして、聞きたいことがあるのかしら?」
 私は小さく頷く。そこへサラが視線を落とすようにして、どこか申し訳なさそうに言った。
 「レオン様のこと、でしょうか……」
 その名前が出た瞬間、談話室の空気が少しだけ固まったように感じた。両親も、サラも、みな言いづらそうにしている。
 父は紅茶を一口飲んでから、意を決したように口を開く。
 「レオンの家はアルヴェルト侯爵家だ。アーシアが眠っていたあいだ、アルヴェルト家も様々な変化があった。……そして、レオン本人は……」
 そこまで言いかけたところで、コンコンと部屋の扉がノックされる音がした。
 「失礼いたします。アルヴェルト侯爵家のレオン様がお見えになっておりますが……」
 扉の向こうからメイドが控えめな声で告げると、両親は驚きに目を見開いた。私も心臓が一気に高鳴る。
 父はすぐに立ち上がり、扉のほうに目をやった。
 「レオン……? そうか、わざわざ来てくれたのか。……通してくれ」
 使用人が「かしこまりました」と返事をし、扉を開ける。私は胸が苦しくなるくらい緊張していた。十年間、一度も会わないまま眠っていた「かつての婚約者」。どんな風に変わったのだろう。
 ――ちゃんと、私のことを覚えているだろうか。
 足音が近づく。ドアの先に現れたのは、背が高く引き締まった、凛とした佇まいの青年だった。
 ――青年、というより“大人の男性”だ。
 淡い金髪は短く整えられ、貴族らしい上質な衣服を身にまとっている。子供の頃のあどけない面影は、細かなパーツにわずかに残っているかもしれないが……その印象は、当時の“頼りないお兄ちゃん”とはまるで違っていた。
 思わず目を見張る私を認めて、彼――レオンは静かに礼をとる。
 「ご無沙汰しております。ロウェル伯爵、奥方、そして……アーシア……」
 最後に私の名を呼んだ彼の声には、さまざまな感情が渦巻いているように聞こえた。驚き、懐かしさ、戸惑い、そして安堵――それらが入り交じっている。
 私は口を開くことができず、ただ彼を見つめる。子供の頃の記憶と、目の前にいる大人の彼が、まったく結びつかない。
 「あ、あの……。レオン……、なの……?」
 ひどく情けない声が出た。私が知っているレオンは、まだ少年らしさを残していたはずなのに、今の彼は精悍で落ち着きがあり、まるで別人だ。
 彼は少し微笑んだ。そこにどこか昔の面影が垣間見える。
 「そうだ。……君が眠っているあいだに、ずいぶん変わってしまったかもしれないけれど……俺は、レオン・アルヴェルトだ」
 その言葉に、私の胸が軋むように痛んだ。
 ――本当に……変わってしまったんだ。私の知っているレオンとは違う。でも、この人がレオンで……私が婚約していた相手……。
 父が落ち着かせるように言葉をつなぐ。
 「レオン、わざわざありがとう。先日は知らせていなかったのに……アーシアが目覚めたこと、どこで知ったのだ?」
 「……たまたま聞いてな。仕事で近くに来ていたから、失礼を承知で立ち寄らせてもらった。迷惑だっただろうか……」
 レオンが言うと、父は「そんなことはない」と首を振った。母もほっとしたように微笑む。
 「いえ、そんな……気にしないで。私たちも、あなたに一度お知らせしなければと思っていたところなの」
 談話室の入り口近くに立ったままのレオンが、私のほうを一瞥して、それから静かに切り出した。
 「アーシア……少しだけ、話せるか? 立ち話もなんだし……よければ座って、ゆっくりと……」
 私は言葉を失ったまま、小さく頷くだけだった。頭の中がごちゃごちゃしていて、何から聞いていいのかわからない。でも、とにかく確かめなくては――私が知っているレオンと、目の前のレオンは、同じ人なのかを。
 彼が椅子に腰を下ろし、使用人が新しい紅茶を用意してくれる。その様子を見守りながら、私はどうにも落ち着かず膝の上で手を組む。両親はそれとなく気を利かせてくれたのか、「少し話していてくれ」と言って席を外した。サラも一緒に部屋を出ていく。談話室には私とレオン、二人だけが残る。
 しんと静まり返った空間。窓の外では風が梢を揺らし、小鳥のさえずりが微かに聞こえる。私は胸の鼓動がやけにうるさく感じられた。
 先に口を開いたのは、レオンのほうだった。
 「……本当に、目を覚ましてくれてよかった。あの日以来、ずっと……」
 言葉を詰まらせるレオン。私は、その続きを黙って待った。
 「ずっと、君が眠り続けているって聞いて……何度も見舞いに来たけれど、医師には難しいと言われた。……いつまでも俺は、君を待つことができるのかと思ったけれど、結局……」
 レオンは目を伏せ、唇を噛む。
 「……ううん、ごめん……」
 思わず私が謝ったところで、レオンは首を横に振った。
 「アーシアが謝ることじゃない。事故は誰のせいでもなかったんだから。俺だって、どうにかしたくても、どうにもできなかった」
 その声は穏やかだけれど、奥底に悲しみの色が混じっていた。私は上手く言葉が出ず、再び俯いてしまう。
 しばらく沈黙が流れたあと、レオンはゆっくりと口を開いた。
 「君には……言わなくてはいけないことがある。……もう知っているかもしれないけれど、俺は今、リリアナ・クラウゼという女性と……婚約をしている」
 はっきりとした宣言。私は不思議とショックよりも、曖昧な現実感のなさを覚えた。十年もの時間の隔たりの中で、当然のように起こり得ること。
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