眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました

鍛高譚

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第2章 ――揺れる想いと、新しい婚約者

7話

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 その日の午後、母が私の部屋を訪ねてきた。ドアをノックする音がして、「いいわよ」と答えると、母が少し困ったような、そして気まずそうな表情でやってくる。
 「アーシア、調子はどう? ずいぶん動けるようになってきたのね」
 「うん、まぁ……以前に比べたら、かなり楽に歩けるようになったわ」
 そう答えると、母は安心したように微笑む。けれど、すぐに意を決したように言葉を続けた。
 「実は……あなたに少し話したいことがあるの。いいかしら?」
 「なに、改まって……」
 母が椅子に腰かけ、私も対面に座る。サラがすぐにお茶を用意してくれたが、母はそれには手をつけず、ひと呼吸置いてから口を開いた。
 「あなた、レオンの新しい婚約者のこと……まだ詳しく聞いていないわね?」
 ドキリと胸が鳴る。意識してしまう名前だ。つい数日前にレオン本人の口から「リリアナ・クラウゼという女性と婚約している」と打ち明けられたばかりで、私としてはまだ整理もできていない。
 「えっと……そうだね。私からも聞けなくて……どんな人なの?」
 私の声はどこか震えていた。母は少しためらいつつも、誠実な口調で説明してくれる。
 「リリアナ・クラウゼ嬢は、アルヴェルト家と同じく、由緒ある家柄の令嬢よ。二十二歳。とても聡明で才色兼備だという評判を聞いているわ。以前からレオン様とは親交があったそうで……」
 ――なるほど。年齢的にも、私より二つ年上。十年前の私なら「お姉さん」にあたる人、ということになる。
 「レオン様があなたの回復を待ちきれず……というより、アルヴェルト家の当主としての責務に押される形で婚約を結んだの。ご両親からの強い勧めもあったらしいわ。もちろん、レオン様があなたへの想いを忘れたわけではなかったと思うのだけど、あの頃は色々と厳しい状況だったのよ……」
 母の口ぶりから察するに、その「厳しい状況」というのは、おそらくアルヴェルト家の跡継ぎ問題や、侯爵家としての社交界での地位など、貴族としての事情が絡んでいるのだろう。
 私は黙って母の話に耳を傾ける。サラが入れた紅茶から、湯気がふわりと立ち上っていた。
 「いずれにしても、リリアナ嬢はレオン様の正式な婚約者として、社交界でも広く認められているわ。……いずれは、アルヴェルト侯爵家を支える存在になるでしょうね」
 聞くほどに、胸が痛む。と同時に、あのときレオンが私に言った言葉が思い出される。「もう俺は、君の婚約者ではない」――それが、どれほど重い宣告だったか。
 母はそんな私の表情を読み取り、申し訳なさそうに続けた。
 「あなたが十年も眠ってしまっていたから、仕方のないことなのよ。レオン様だって、何度もお見舞いに来ていたわ。私たち伯爵家としても、できる限りの治療を施してきた。でも、奇跡が起きない限り……って、誰もが思いかけていた頃だから……」
 私にはもう、責めることもできない。誰もが苦しんだ末の決断だったはずなのだ。
 「……仕方、ないよね。うん、わかってる。私こそ、勝手に寝てただけなんだから……」
 無理に笑ってみせると、母は辛そうに目を伏せる。
 「ただ、今日あなたに話したのは……近々、リリアナ嬢がこちらを訪ねてくるかもしれないってことなの」
 「えっ……リリアナ、嬢が……?」
 思わず固まってしまう。私の中で噂だけの存在だった「新しい婚約者」が、直接この屋敷に来るというのだ。
 「どうやら、リリアナ嬢はレオン様の意思を尊重しつつも……アーシア、あなたという存在をしっかりと把握したいのだそうよ。あなたが10年ぶりに目覚めた、かつての婚約者だと……」
 ――会いに来るということは、私を“元婚約者”として認識しているということ。
 頭の中で、いろいろな思いが駆け巡る。どんな言葉をかければいいのだろう。この状況で会うなんて、気まずいどころの話ではない。
 そんな私の心情を察したのか、母は優しく肩を撫でてくれた。
 「あなたが嫌なら、断ってもいいのよ。体調の問題だってあるし……。ただ、私としては……リリアナ嬢も、これを機にアーシアときちんと話をしたいと思っているんじゃないかと思うの」
 「……話、かぁ……」
 本当は逃げ出したい気持ちがある。でも、逃げてもどうせいつかは向き合わなければならないだろう。私は大きく息をついて、うなずく。
 「わかった……。もし向こうが本当にここに来るなら、私もちゃんと会ってお話するわ」
 私の決意を聞いた母は、ほっとした様子で微笑んだ。そして、私の手をそっと握りしめる。
 「ありがとう、アーシア。つらいかもしれないけど……きっと、これはあなたにとっても必要なことになるわ」
 母の言葉に、私は小さくうなずく。必ずしも楽な道ではないだろう。けれど、私も現実から目を背けず、前を向いて生きていかなければならないのだ。十年の時を取り戻すためにも。
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