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――それから数日後、私は迅速に手筈を整え、リヒトと協力して“自分が死んだ”という誤情報を流す算段をつけた。
屋敷から出奔した形にし、途中で襲われたと見せかける。加えて、早々に身元不明の遺体が発見されたという報告を偽造することで、私の死を公式にも広められるようにする。
この計画を実行に移すため、私は執事や忠実な使用人たちにも極秘裏に協力を依頼した。もとより、アストラル公爵家は両親の急逝によって当主不在となっている。何をどう信じればいいのか皆が戸惑っていたが、私が思い詰めた表情で頼み込むと、「お嬢様がそう決めたのなら」と涙ながらに承諾してくれた。
そして夜、私は最低限の荷物をまとめ、冥界への旅支度でもするかのような心持ちで屋敷を出る。行き先を知る者はごく僅か。私の存在は闇に溶けるようにして消え、まるで最初からいなかったかのように扱われることになる。あとは、この“死んだふり”がどれだけうまく機能するか次第だ。
旅立つ前に、私は両親の部屋へ最後の別れを告げた。そこにはいつも温かい笑顔で迎えてくれた気配がまだ残っているようで、涙が止まらない。けれど、ここで挫けるわけにはいかない。私が生き延びて真実を暴かなければ、父も母も浮かばれないのだから。
「お父様……お母様……必ず、仇を取ります。私を殺そうとした者たちに、地獄を見せて差し上げますわ」
そう呟くと、私は静かに部屋を後にした。先に用意してある馬車に乗り込み、リヒトのいる隠れ家へと向かう。
街灯の乏しい王都の裏道を抜け、私は一度、この世界から“死んだ”ことになる。だが、これこそが私にとっての再生への一歩なのだ。
(アルファルド殿下……覚悟していてくださいませ。あなたが私と私の家族にした仕打ち、決して赦しません)
そして私は、幽霊として生きることを選んだ。まだ命は消えていない。だけど、世間からは“もう死んだ人”として扱われる。ならば、その立場と力を利用してやろう。
あなたを――そして、この陰謀に加担したすべての者を、恐怖の底に叩き落としてみせるわ。
これが、死んでいないのに“幽霊”を始める私の物語の幕開けだった。
私が死んだとされてから、まだ三日しか経っていない。
それなのに、この国の宮廷や貴族のあいだでは、ずいぶんと騒がしい噂が立ち始めているらしい。何でも「アストラル公爵令嬢の幽霊が目撃された」とか、「未練を残して彷徨っている亡霊がいる」とか……。
実際に私は死んでいない。それでも、これまで聞こえてきた話を総合すれば、皆はもう私のことを“故人”として扱っているようだ。リヒトによる偽の情報操作が早速効いている。
私は王都の外れにある、小さな隠れ家の一室でその報告に耳を傾けながら、複雑な胸中を噛み締めていた。
「ユウナ、今のうちに少しでも体を休めておけ。ここ数日の強行軍で疲れが溜まっているだろう?」
そう言って気遣ってくれるのは、宮廷魔導師のリヒト・フェンリル。私の幼馴染にして、今回の“死んだふり”計画の協力者でもある。
確かに、満足に眠れていないのは事実だ。両親を殺された悲しみと、自分が殺されるかもしれないという恐怖、さらに今は“幽霊”として動くための下準備や情報収集にも追われている。まともに休息を取れた覚えなどない。
しかし、私の意識は休まるどころか、まだまだ昂ぶったままだ。何せ――
「リヒト、私、今夜こそ“試し”に行こうと思うの。王宮に」
そう告げると、彼は驚いたように目を見開く。
「いきなりだな。まだ死んだという偽装を徹底し始めてから三日しか経っていない。もう少し相手の様子を伺ってからでも……」
「もたもたしていたら、証拠も何もかも隠されてしまうわ。暗殺者がまた送り込まれる可能性だってある。私の死を信じ込ませるためには、むしろ積極的に“幽霊らしく”動いていた方がいいと思うの」
――本当は、怖い。
けれど、両親の仇を取るためには一刻も早く動き出す必要がある。私が姿を隠している間に、王太子アルファルドがどう動くのか。もし彼が真犯人ならば、今頃は私を殺し損ねたことに焦っているかもしれないし、それとも既に勝ち誇っているかもしれない。どちらにせよ、私は次の手を打たなければならないと思った。
「……わかった。だが、くれぐれも慎重に行動するんだぞ」
リヒトは渋々ながら了承し、私の計画を聞いてくれる。
屋敷から出奔した形にし、途中で襲われたと見せかける。加えて、早々に身元不明の遺体が発見されたという報告を偽造することで、私の死を公式にも広められるようにする。
この計画を実行に移すため、私は執事や忠実な使用人たちにも極秘裏に協力を依頼した。もとより、アストラル公爵家は両親の急逝によって当主不在となっている。何をどう信じればいいのか皆が戸惑っていたが、私が思い詰めた表情で頼み込むと、「お嬢様がそう決めたのなら」と涙ながらに承諾してくれた。
そして夜、私は最低限の荷物をまとめ、冥界への旅支度でもするかのような心持ちで屋敷を出る。行き先を知る者はごく僅か。私の存在は闇に溶けるようにして消え、まるで最初からいなかったかのように扱われることになる。あとは、この“死んだふり”がどれだけうまく機能するか次第だ。
旅立つ前に、私は両親の部屋へ最後の別れを告げた。そこにはいつも温かい笑顔で迎えてくれた気配がまだ残っているようで、涙が止まらない。けれど、ここで挫けるわけにはいかない。私が生き延びて真実を暴かなければ、父も母も浮かばれないのだから。
「お父様……お母様……必ず、仇を取ります。私を殺そうとした者たちに、地獄を見せて差し上げますわ」
そう呟くと、私は静かに部屋を後にした。先に用意してある馬車に乗り込み、リヒトのいる隠れ家へと向かう。
街灯の乏しい王都の裏道を抜け、私は一度、この世界から“死んだ”ことになる。だが、これこそが私にとっての再生への一歩なのだ。
(アルファルド殿下……覚悟していてくださいませ。あなたが私と私の家族にした仕打ち、決して赦しません)
そして私は、幽霊として生きることを選んだ。まだ命は消えていない。だけど、世間からは“もう死んだ人”として扱われる。ならば、その立場と力を利用してやろう。
あなたを――そして、この陰謀に加担したすべての者を、恐怖の底に叩き落としてみせるわ。
これが、死んでいないのに“幽霊”を始める私の物語の幕開けだった。
私が死んだとされてから、まだ三日しか経っていない。
それなのに、この国の宮廷や貴族のあいだでは、ずいぶんと騒がしい噂が立ち始めているらしい。何でも「アストラル公爵令嬢の幽霊が目撃された」とか、「未練を残して彷徨っている亡霊がいる」とか……。
実際に私は死んでいない。それでも、これまで聞こえてきた話を総合すれば、皆はもう私のことを“故人”として扱っているようだ。リヒトによる偽の情報操作が早速効いている。
私は王都の外れにある、小さな隠れ家の一室でその報告に耳を傾けながら、複雑な胸中を噛み締めていた。
「ユウナ、今のうちに少しでも体を休めておけ。ここ数日の強行軍で疲れが溜まっているだろう?」
そう言って気遣ってくれるのは、宮廷魔導師のリヒト・フェンリル。私の幼馴染にして、今回の“死んだふり”計画の協力者でもある。
確かに、満足に眠れていないのは事実だ。両親を殺された悲しみと、自分が殺されるかもしれないという恐怖、さらに今は“幽霊”として動くための下準備や情報収集にも追われている。まともに休息を取れた覚えなどない。
しかし、私の意識は休まるどころか、まだまだ昂ぶったままだ。何せ――
「リヒト、私、今夜こそ“試し”に行こうと思うの。王宮に」
そう告げると、彼は驚いたように目を見開く。
「いきなりだな。まだ死んだという偽装を徹底し始めてから三日しか経っていない。もう少し相手の様子を伺ってからでも……」
「もたもたしていたら、証拠も何もかも隠されてしまうわ。暗殺者がまた送り込まれる可能性だってある。私の死を信じ込ませるためには、むしろ積極的に“幽霊らしく”動いていた方がいいと思うの」
――本当は、怖い。
けれど、両親の仇を取るためには一刻も早く動き出す必要がある。私が姿を隠している間に、王太子アルファルドがどう動くのか。もし彼が真犯人ならば、今頃は私を殺し損ねたことに焦っているかもしれないし、それとも既に勝ち誇っているかもしれない。どちらにせよ、私は次の手を打たなければならないと思った。
「……わかった。だが、くれぐれも慎重に行動するんだぞ」
リヒトは渋々ながら了承し、私の計画を聞いてくれる。
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