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8話
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そうして、暗くなった頃合いを見計らい、私は再び“幽霊”として動き出す。ロゼリア家の屋敷へと向かうため、人気の少ない小道を進み、屋敷に接近した。セレスティナは貴族だが伯爵家なので、王宮ほどの大規模警護はない。門番と数名の衛兵がいるだけだ。
私は幽体化し、周囲の偵察を一通り済ませる。表の門は閉じられているが、塀や窓をすり抜ければ侵入は容易だ。
(さて……どんなふうに驚かせてやろうかしら)
とはいえ、無計画では動きにくい。まずはセレスティナがどこにいるか把握し、様子を観察したい。
屋敷の中はそこまで広くないが、装飾は派手だ。あちこちに花瓶や絵画、ガラス細工が飾られていて、彼女の虚栄心がうかがえる。使用人が忙しそうに動いている中、私は壁をすり抜けながら奥の部屋を覗いて回った。
すると、煌びやかな客間のような部屋で、セレスティナがソファに腰かけているのを発見する。彼女の傍らには侍女が二人。テーブルには上質な茶器が並び、高級そうなハーブティーの香りが漂っている。
(随分と優雅にくつろいでいるのね。でも、その平穏を今夜でぶち壊してあげるわ)
私は忍び寄り、まずは近くの花瓶をそっと揺らす。幽体化している私が意識的に“触る”ことで、物体を動かすこともできるようだ。少し集中を要するが、慣れれば操れそう。
すると、花瓶がカタカタと不自然な音を立て始めた。その微かな振動は気づかれにくい。けれど、侍女の一人が異変に気づき、顔を上げる。
「……あれ? 今、花瓶が揺れていましたわね」
「揺れるはずないでしょう。きっとあなたの見間違いよ」
セレスティナは退屈そうにハーブティーを啜りながら、興味もなさそうに言った。しかし、私にとっては始まりの合図だ。
続いて、私は部屋の隅にあった鏡の表面を指先で撫でる。自分の姿は映らないが、指先の“力”を送り込むと、鏡がキイと嫌な音を立てて震えた。侍女たちは「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げる。
「な、なに? 地震? それとも……」
「や、やだ……なんだか嫌な感じがする……」
セレスティナはまだ余裕の表情だ。
「あなたたち、騒ぎすぎよ。こんな揺れ、気のせいに決まってるわ」
しかし次の瞬間、私は椅子を一脚ゆっくりと動かしてみた。ギシッ……と床をこすれる音がして、椅子が勝手に移動する。侍女たちは一気に顔色を失った。
「な……誰も触っていないのに……」
「も、もしかして……ゴ、ゴースト……? 亡霊……?」
その言葉に、セレスティナの表情がさっと曇る。思わず紅茶のカップを置き、立ち上がる。
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい。亡霊なんて……あり得ないわ!」
私は声を押し殺したまま、さらに揺れを強め、今度は花瓶を床に落とす。派手な音と共に陶器が粉々に砕け散り、花が飛び散る。
侍女たちは震え上がり、「ひっ」と悲鳴を漏らして部屋の隅に避難した。さすがのセレスティナも目を見開き、青ざめる。
「な、なに……どういうこと? 誰がこんなイタズラを……!」
少し前まで彼女は余裕綽々だったが、明らかに動揺しているのがわかる。私はその様子に胸の奥で冷たい満足感を覚える。
最後に、鏡の表面に人影らしきものを霞ませることができないか試みる。幽体化した私自身は映らないが、魔力を凝縮して“白いシルエット”のようなものを作り出す――そんなイメージで力を流してみた。
すると、ぼんやりと鏡の奥に白い人型が揺らめいたように見える。まだ試行錯誤だが、侍女たちには十分恐ろしく映ったらしい。
「きゃあああああっ!!」
「で、出た……ユウナ様の……じゃないわよね!? 亡霊!? やだもう無理!!」
「ば、馬鹿言わないで! あの娘は死んだのよ。幻影か何かに決まってるわ……!」
セレスティナはそう叫ぶが、その声にははっきりと恐怖が滲んでいた。手足が震えているし、顔面は蒼白だ。
(どうやら、“幽霊騒ぎ”は大成功みたいね……)
私はこれ以上やりすぎても怪しまれると思い、花瓶の欠片をさらに転がした後、そっと壁際へと下がっていく。塀を抜け、闇の中へと消えるまで、彼女たちの悲鳴はしばらく聞こえてきた。
――こうして、私の“亡霊ごっこ”はスタートした。
初回としては上々だろう。セレスティナに精神的ダメージを与え、侍女たちには幽霊騒ぎを大きく広めてもらえるはずだ。彼女はもともと亡霊に弱いのか、予想以上にうろたえていた。私としては少し胸がスッとしたが、まだまだ序の口だ。
両親の命を奪った報い――あなたが死んだと思いこんだ公爵令嬢の亡霊が、これから夜な夜な出没しますわよ。覚悟なさいませ。
私は幽体化し、周囲の偵察を一通り済ませる。表の門は閉じられているが、塀や窓をすり抜ければ侵入は容易だ。
(さて……どんなふうに驚かせてやろうかしら)
とはいえ、無計画では動きにくい。まずはセレスティナがどこにいるか把握し、様子を観察したい。
屋敷の中はそこまで広くないが、装飾は派手だ。あちこちに花瓶や絵画、ガラス細工が飾られていて、彼女の虚栄心がうかがえる。使用人が忙しそうに動いている中、私は壁をすり抜けながら奥の部屋を覗いて回った。
すると、煌びやかな客間のような部屋で、セレスティナがソファに腰かけているのを発見する。彼女の傍らには侍女が二人。テーブルには上質な茶器が並び、高級そうなハーブティーの香りが漂っている。
(随分と優雅にくつろいでいるのね。でも、その平穏を今夜でぶち壊してあげるわ)
私は忍び寄り、まずは近くの花瓶をそっと揺らす。幽体化している私が意識的に“触る”ことで、物体を動かすこともできるようだ。少し集中を要するが、慣れれば操れそう。
すると、花瓶がカタカタと不自然な音を立て始めた。その微かな振動は気づかれにくい。けれど、侍女の一人が異変に気づき、顔を上げる。
「……あれ? 今、花瓶が揺れていましたわね」
「揺れるはずないでしょう。きっとあなたの見間違いよ」
セレスティナは退屈そうにハーブティーを啜りながら、興味もなさそうに言った。しかし、私にとっては始まりの合図だ。
続いて、私は部屋の隅にあった鏡の表面を指先で撫でる。自分の姿は映らないが、指先の“力”を送り込むと、鏡がキイと嫌な音を立てて震えた。侍女たちは「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げる。
「な、なに? 地震? それとも……」
「や、やだ……なんだか嫌な感じがする……」
セレスティナはまだ余裕の表情だ。
「あなたたち、騒ぎすぎよ。こんな揺れ、気のせいに決まってるわ」
しかし次の瞬間、私は椅子を一脚ゆっくりと動かしてみた。ギシッ……と床をこすれる音がして、椅子が勝手に移動する。侍女たちは一気に顔色を失った。
「な……誰も触っていないのに……」
「も、もしかして……ゴ、ゴースト……? 亡霊……?」
その言葉に、セレスティナの表情がさっと曇る。思わず紅茶のカップを置き、立ち上がる。
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい。亡霊なんて……あり得ないわ!」
私は声を押し殺したまま、さらに揺れを強め、今度は花瓶を床に落とす。派手な音と共に陶器が粉々に砕け散り、花が飛び散る。
侍女たちは震え上がり、「ひっ」と悲鳴を漏らして部屋の隅に避難した。さすがのセレスティナも目を見開き、青ざめる。
「な、なに……どういうこと? 誰がこんなイタズラを……!」
少し前まで彼女は余裕綽々だったが、明らかに動揺しているのがわかる。私はその様子に胸の奥で冷たい満足感を覚える。
最後に、鏡の表面に人影らしきものを霞ませることができないか試みる。幽体化した私自身は映らないが、魔力を凝縮して“白いシルエット”のようなものを作り出す――そんなイメージで力を流してみた。
すると、ぼんやりと鏡の奥に白い人型が揺らめいたように見える。まだ試行錯誤だが、侍女たちには十分恐ろしく映ったらしい。
「きゃあああああっ!!」
「で、出た……ユウナ様の……じゃないわよね!? 亡霊!? やだもう無理!!」
「ば、馬鹿言わないで! あの娘は死んだのよ。幻影か何かに決まってるわ……!」
セレスティナはそう叫ぶが、その声にははっきりと恐怖が滲んでいた。手足が震えているし、顔面は蒼白だ。
(どうやら、“幽霊騒ぎ”は大成功みたいね……)
私はこれ以上やりすぎても怪しまれると思い、花瓶の欠片をさらに転がした後、そっと壁際へと下がっていく。塀を抜け、闇の中へと消えるまで、彼女たちの悲鳴はしばらく聞こえてきた。
――こうして、私の“亡霊ごっこ”はスタートした。
初回としては上々だろう。セレスティナに精神的ダメージを与え、侍女たちには幽霊騒ぎを大きく広めてもらえるはずだ。彼女はもともと亡霊に弱いのか、予想以上にうろたえていた。私としては少し胸がスッとしたが、まだまだ序の口だ。
両親の命を奪った報い――あなたが死んだと思いこんだ公爵令嬢の亡霊が、これから夜な夜な出没しますわよ。覚悟なさいませ。
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