『殺されたはずの公爵令嬢は、幽霊として王太子を断罪します』

鍛高譚

文字の大きさ
8 / 17

8話

しおりを挟む
 そうして、暗くなった頃合いを見計らい、私は再び“幽霊”として動き出す。ロゼリア家の屋敷へと向かうため、人気の少ない小道を進み、屋敷に接近した。セレスティナは貴族だが伯爵家なので、王宮ほどの大規模警護はない。門番と数名の衛兵がいるだけだ。
 私は幽体化し、周囲の偵察を一通り済ませる。表の門は閉じられているが、塀や窓をすり抜ければ侵入は容易だ。

(さて……どんなふうに驚かせてやろうかしら)

 とはいえ、無計画では動きにくい。まずはセレスティナがどこにいるか把握し、様子を観察したい。
 屋敷の中はそこまで広くないが、装飾は派手だ。あちこちに花瓶や絵画、ガラス細工が飾られていて、彼女の虚栄心がうかがえる。使用人が忙しそうに動いている中、私は壁をすり抜けながら奥の部屋を覗いて回った。
 すると、煌びやかな客間のような部屋で、セレスティナがソファに腰かけているのを発見する。彼女の傍らには侍女が二人。テーブルには上質な茶器が並び、高級そうなハーブティーの香りが漂っている。

(随分と優雅にくつろいでいるのね。でも、その平穏を今夜でぶち壊してあげるわ)

 私は忍び寄り、まずは近くの花瓶をそっと揺らす。幽体化している私が意識的に“触る”ことで、物体を動かすこともできるようだ。少し集中を要するが、慣れれば操れそう。
 すると、花瓶がカタカタと不自然な音を立て始めた。その微かな振動は気づかれにくい。けれど、侍女の一人が異変に気づき、顔を上げる。
「……あれ? 今、花瓶が揺れていましたわね」
「揺れるはずないでしょう。きっとあなたの見間違いよ」

 セレスティナは退屈そうにハーブティーを啜りながら、興味もなさそうに言った。しかし、私にとっては始まりの合図だ。
 続いて、私は部屋の隅にあった鏡の表面を指先で撫でる。自分の姿は映らないが、指先の“力”を送り込むと、鏡がキイと嫌な音を立てて震えた。侍女たちは「ひっ……!」と小さく悲鳴を上げる。
「な、なに? 地震? それとも……」
「や、やだ……なんだか嫌な感じがする……」

 セレスティナはまだ余裕の表情だ。
「あなたたち、騒ぎすぎよ。こんな揺れ、気のせいに決まってるわ」
 しかし次の瞬間、私は椅子を一脚ゆっくりと動かしてみた。ギシッ……と床をこすれる音がして、椅子が勝手に移動する。侍女たちは一気に顔色を失った。

「な……誰も触っていないのに……」
「も、もしかして……ゴ、ゴースト……? 亡霊……?」

 その言葉に、セレスティナの表情がさっと曇る。思わず紅茶のカップを置き、立ち上がる。
「やめてよ、馬鹿馬鹿しい。亡霊なんて……あり得ないわ!」

 私は声を押し殺したまま、さらに揺れを強め、今度は花瓶を床に落とす。派手な音と共に陶器が粉々に砕け散り、花が飛び散る。
 侍女たちは震え上がり、「ひっ」と悲鳴を漏らして部屋の隅に避難した。さすがのセレスティナも目を見開き、青ざめる。

「な、なに……どういうこと? 誰がこんなイタズラを……!」
 少し前まで彼女は余裕綽々だったが、明らかに動揺しているのがわかる。私はその様子に胸の奥で冷たい満足感を覚える。

 最後に、鏡の表面に人影らしきものを霞ませることができないか試みる。幽体化した私自身は映らないが、魔力を凝縮して“白いシルエット”のようなものを作り出す――そんなイメージで力を流してみた。
 すると、ぼんやりと鏡の奥に白い人型が揺らめいたように見える。まだ試行錯誤だが、侍女たちには十分恐ろしく映ったらしい。
「きゃあああああっ!!」
「で、出た……ユウナ様の……じゃないわよね!? 亡霊!? やだもう無理!!」

「ば、馬鹿言わないで! あの娘は死んだのよ。幻影か何かに決まってるわ……!」
 セレスティナはそう叫ぶが、その声にははっきりと恐怖が滲んでいた。手足が震えているし、顔面は蒼白だ。

(どうやら、“幽霊騒ぎ”は大成功みたいね……)

 私はこれ以上やりすぎても怪しまれると思い、花瓶の欠片をさらに転がした後、そっと壁際へと下がっていく。塀を抜け、闇の中へと消えるまで、彼女たちの悲鳴はしばらく聞こえてきた。

 ――こうして、私の“亡霊ごっこ”はスタートした。
 初回としては上々だろう。セレスティナに精神的ダメージを与え、侍女たちには幽霊騒ぎを大きく広めてもらえるはずだ。彼女はもともと亡霊に弱いのか、予想以上にうろたえていた。私としては少し胸がスッとしたが、まだまだ序の口だ。

 両親の命を奪った報い――あなたが死んだと思いこんだ公爵令嬢の亡霊が、これから夜な夜な出没しますわよ。覚悟なさいませ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

学園では婚約者に冷遇されていますが、有能なので全く気になりません。〜学園でお山の大将されてても、王宮では私の方が有能ですから〜

織り子
恋愛
王都カラディナにある国立魔術学園では、満十六歳の生徒たちの社交界デビューを兼ねた盛大なパーティーが開かれていた。 侯爵令嬢タレイア・オルトランは、婚約者である第二王子アスラン・オグセリアの迎えを待つも、結局ひとりで会場へ向かうことになる。 学園では身分の差がないとはいえ、アスランが公然とタレイアを侮辱し続けてきたことで、彼女は生徒たちから冷笑と蔑視の的となっていた。しかしタレイアは、王城で政務を担ってきた聡明さと矜持を失わず、毅然と振る舞う。

こうして私は悪魔の誘惑に手を伸ばした

綴つづか
恋愛
何もかも病弱な妹に奪われる。両親の愛も、私がもらった宝物もーー婚約者ですらも。 伯爵家の嫡女であるルリアナは、婚約者の侯爵家次男ゼファーから婚約破棄を告げられる。病弱で天使のような妹のカリスタを抱き寄せながら、真実の愛を貫きたいというのだ。 ルリアナは、それを粛々と受け入れるほかなかった。 ゼファーとカリスタは、侯爵家より譲り受けた子爵領へと移り住み、幸せに暮らしていたらしいのだが。2年後、『病弱』な妹は、出産の際に命を落とす。 ……その訃報にルリアナはひっそりと笑みを溢した。 妹に奪われてきた姉が巻き込まれた企みのお話。 他サイトにも掲載しています。※ジャンルに悩んで恋愛にしていますが、主人公に恋愛要素はありません。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

処理中です...