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11話
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――仮面舞踏会。
毎年秋のはじめに開催される社交シーズンの目玉行事であり、貴族のみならず高位の騎士や各国の使節なども招かれる大規模な夜会だ。表向きは「親睦を深めるための趣向」とされているが、実際には政治的な駆け引きや結婚相手探しに利用されることも多い。
もちろん、王太子アルファルドも出席する予定だし、セレスティナも正式にその場で婚約者として紹介される見込みらしい。彼らは大勢の貴賓を前に、自分たちの権勢を誇示しようとしているのだろう。
「ここぞというチャンスね……」
私がひとりごちていると、部屋の扉が軽くノックされた。
「ユウナ、入るぞ」
声の主はリヒト。彼は私が許可を出す前に、控えめに扉を開けて入ってくる。いつもながらの落ち着いた態度が頼もしい。
「調べてきたんだが、仮面舞踏会にはセレスティナだけじゃなく、アルファルド殿下の取り巻きの貴族も勢揃いするらしい。新興貴族の『グラン・クルール』とかいう組織の関係者も多数出席するとか」
リヒトが取り出したメモには、参加予定者の名前がずらりと並んでいる。なかには、私の父が生前注目していた領地持ち貴族も含まれているし、ロゼリア家の遠縁にあたる侯爵の名前もある。
「これは、まさに“宴”ね。彼らが一堂に会するなら、きっと何かしら大きな動きがあるはず……」
「お前が仮面舞踏会に忍び込むのは、危険ではある。でも、大勢の人がいる場所ほど逆にごまかしやすい面もある。仮面を着けていれば、顔を隠して潜入できるだろうしな」
リヒトの言葉に、私は小さく笑みを浮かべた。
「ええ、私もちょうどそう思っていたところ。もともと“死んだ”ことになっているのだから、堂々と姿を晒すわけにはいかないけれど、仮面を着けて別人のふりをすれば、社交界に紛れ込むのは容易いわ」
実際、仮面舞踏会では顔を覆う華やかな仮面を着け、ドレスコードに従って華やかな衣装を纏えば、よほど親しい相手でなければ正体を見抜くのは難しい。もちろんアルファルドやセレスティナとは接近しないように注意する必要があるが、幽体化の力を使えば万が一のときも回避はできる。
「それに……『幽霊』としても、見せ場を作ってやりたいわね」
私は机上の書類を片づけながら意気込む。大勢の貴族や要人の前で、アルファルドが怯えざるを得ないような現象を起こせば、王太子としての威光は大きく損なわれるかもしれない。セレスティナがまた発狂しそうになれば、噂はさらに過熱するだろう。
「だが、くれぐれも慎重にな。お前一人では荷が重いかもしれない。俺も客の一人として潜り込む予定だ。手配はもう済ませてある。もし何かあったら合図をくれ」
リヒトはそう言って、胸元の懐中時計をそっと取り出し、私に見せる。
「この時計に簡易的な探知魔法を込めてある。もしユウナが危険な状況になったら、時針が速く動くよう設定してあるから、俺がすぐに駆けつける。逆に、俺から呼ぶこともできる……はずだ」
私はその時計を眺め、頼もしさと同時に、なぜか胸が温かくなってくるのを感じた。両親を失ってからずっと孤独だったけど、リヒトはこうして私を支えてくれる。幼馴染と言っても、私たちは貴族社会での立場も違えば、暮らしてきた環境も別だ。それでも、彼の存在はどこまでも心強かった。
「リヒト……ありがとう。心強いわ」
「……大切な友人だからな。お前が無茶して消えてしまうのは、もう二度と見たくない」
その言葉を聞き、私は一瞬胸が締めつけられる。思えば、私が暗殺されかけて瀕死だったとき、リヒトの魔法がなければ本当に死んでいたかもしれないのだ。
“死んでないけど幽霊を始めた”今の私があるのは、リヒトの助けがあったからこそ。あらためてその事実を噛みしめ、私は小さく微笑んだ。
毎年秋のはじめに開催される社交シーズンの目玉行事であり、貴族のみならず高位の騎士や各国の使節なども招かれる大規模な夜会だ。表向きは「親睦を深めるための趣向」とされているが、実際には政治的な駆け引きや結婚相手探しに利用されることも多い。
もちろん、王太子アルファルドも出席する予定だし、セレスティナも正式にその場で婚約者として紹介される見込みらしい。彼らは大勢の貴賓を前に、自分たちの権勢を誇示しようとしているのだろう。
「ここぞというチャンスね……」
私がひとりごちていると、部屋の扉が軽くノックされた。
「ユウナ、入るぞ」
声の主はリヒト。彼は私が許可を出す前に、控えめに扉を開けて入ってくる。いつもながらの落ち着いた態度が頼もしい。
「調べてきたんだが、仮面舞踏会にはセレスティナだけじゃなく、アルファルド殿下の取り巻きの貴族も勢揃いするらしい。新興貴族の『グラン・クルール』とかいう組織の関係者も多数出席するとか」
リヒトが取り出したメモには、参加予定者の名前がずらりと並んでいる。なかには、私の父が生前注目していた領地持ち貴族も含まれているし、ロゼリア家の遠縁にあたる侯爵の名前もある。
「これは、まさに“宴”ね。彼らが一堂に会するなら、きっと何かしら大きな動きがあるはず……」
「お前が仮面舞踏会に忍び込むのは、危険ではある。でも、大勢の人がいる場所ほど逆にごまかしやすい面もある。仮面を着けていれば、顔を隠して潜入できるだろうしな」
リヒトの言葉に、私は小さく笑みを浮かべた。
「ええ、私もちょうどそう思っていたところ。もともと“死んだ”ことになっているのだから、堂々と姿を晒すわけにはいかないけれど、仮面を着けて別人のふりをすれば、社交界に紛れ込むのは容易いわ」
実際、仮面舞踏会では顔を覆う華やかな仮面を着け、ドレスコードに従って華やかな衣装を纏えば、よほど親しい相手でなければ正体を見抜くのは難しい。もちろんアルファルドやセレスティナとは接近しないように注意する必要があるが、幽体化の力を使えば万が一のときも回避はできる。
「それに……『幽霊』としても、見せ場を作ってやりたいわね」
私は机上の書類を片づけながら意気込む。大勢の貴族や要人の前で、アルファルドが怯えざるを得ないような現象を起こせば、王太子としての威光は大きく損なわれるかもしれない。セレスティナがまた発狂しそうになれば、噂はさらに過熱するだろう。
「だが、くれぐれも慎重にな。お前一人では荷が重いかもしれない。俺も客の一人として潜り込む予定だ。手配はもう済ませてある。もし何かあったら合図をくれ」
リヒトはそう言って、胸元の懐中時計をそっと取り出し、私に見せる。
「この時計に簡易的な探知魔法を込めてある。もしユウナが危険な状況になったら、時針が速く動くよう設定してあるから、俺がすぐに駆けつける。逆に、俺から呼ぶこともできる……はずだ」
私はその時計を眺め、頼もしさと同時に、なぜか胸が温かくなってくるのを感じた。両親を失ってからずっと孤独だったけど、リヒトはこうして私を支えてくれる。幼馴染と言っても、私たちは貴族社会での立場も違えば、暮らしてきた環境も別だ。それでも、彼の存在はどこまでも心強かった。
「リヒト……ありがとう。心強いわ」
「……大切な友人だからな。お前が無茶して消えてしまうのは、もう二度と見たくない」
その言葉を聞き、私は一瞬胸が締めつけられる。思えば、私が暗殺されかけて瀕死だったとき、リヒトの魔法がなければ本当に死んでいたかもしれないのだ。
“死んでないけど幽霊を始めた”今の私があるのは、リヒトの助けがあったからこそ。あらためてその事実を噛みしめ、私は小さく微笑んだ。
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