『殺されたはずの公爵令嬢は、幽霊として王太子を断罪します』

鍛高譚

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17話

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死んでない、だからこそ

 あれから、一週間が経った。
 アルファルド王太子とセレスティナ・ロゼリアは、国王および貴族院の決定により、「殺人および王位簒奪未遂」の罪で身柄を拘束されることになった。協力者も続々と摘発され、ロゼリア家は実質的に取り潰し。その陰で暗躍していた闇ギルドも壊滅状態に追い込まれたらしい。
 国王は病床から少しずつ回復し始め、正式に「王太子の継承権を剥奪する」旨を布告。新たに次代の王位候補が議論される形になった。

 そして、私はというと――リヒトの必死の治癒魔法と、神官たちの協力のおかげで、どうにか一命を取り留めることができた。
 幽体化や憑依の代償で身体が相当蝕まれていたらしく、一時は「もう死ぬかもしれない」とまで言われたが、数日の眠りの末に目を覚ましたときには、肉体が完全に“人間”として戻っていた。今は屋敷のベッドで療養中だ。

「本当に……戻れたのね、私。幽体化の力は、ほとんど消えてしまったみたいだけど」
 ベッドからゆっくりと身を起こして、私は自分の両手を見つめる。もう、あの透明な質感はどこにもない。もちろん少しだけ寂しさもあるが、これでいい。私は“人間”に戻れたのだから。

「お嬢様……っ!」
 傍らにいる侍女が涙を浮かべながら、私に抱きついてくる。ほかの使用人たちも次々と部屋に入ってきては、私の生還を喜んでくれる。かつてアストラル家が殺されたとき、彼らもどれほど辛い思いをしたことか。私が戻ってきたことで、みんなが少しでも希望を取り戻せるなら、こんなに嬉しいことはない。

「リヒトは……どこに?」
 私が尋ねると、侍女は「宮廷で会議中ですが、すぐ戻るはずです」と微笑む。私の療養を支えながら、王宮内での魔導師としての仕事もこなしてくれているのだろう。まったく、彼には感謝しかない。

 この一連の事件が完全に片付くには、まだ時間がかかる。アルファルドは法の裁きを待つ身で、セレスティナも精神的に壊れかけたまま収監されている。
 私もいずれ、正式に「アストラル家の当主代理」として公に復帰する予定だ。幽霊騒ぎの真相を説明しなければならないし、両親の遺志を継いで領地の再建も進めなければ。

(だけど、もう“死んだふり”をする必要はないのね)

 私を殺したはずの相手が自滅していく様は、正直痛快だったと言わざるを得ない。両親の仇を取ったことで、胸のつかえもだいぶ消えた。
 そして、それと同時に思う。
 これからの私は、どう生きるのか――。

 ぼんやりと窓の外を見つめていると、コツコツとノックの音がして、リヒトが顔を覗かせた。私は笑みを浮かべて彼を迎える。
「おかえり、リヒト。会議は終わったの?」
「ああ、陛下の体調も少しずつ良くなってるみたいだ。アルファルドたちは間違いなく裁かれるよ。……それより、ユウナこそ調子はどうだ? 具合が悪くないか?」

 彼の目には、まだ少し心配そうな色が宿っている。私は小さく首を振って、布団の上に座り直す。
「大丈夫。もうだいぶ楽になったわ。あとはゆっくり休めば治りそう……それよりも、たくさん礼を言わないとね。あなたがいなければ、私は今頃きっと……」

 その言葉を飲み込み、私はそっとリヒトの手を握った。言葉にせずとも彼は理解してくれるだろう。私の家族を救えなかった無念はあるけれど、リヒトはこの先も私の傍にいてくれる――そんな気がしてならない。

「……ユウナ、これから先はどうする? 亡霊にならなくても、立派に生きていけるんだぞ」
 リヒトの問いに、私は少しだけ目を伏せ、そして笑う。
「そうね。死んでないのに幽霊を始めた私だけど、今度は“ちゃんと生きている私”として、やり直したい」

 両親を殺され、家も婚約者もすべて奪われた。でも私は“死ななかった”。だからこそ、もう一度人生をやり直すチャンスがある。
 お父様とお母様の魂が安らかに眠れるように、私は精一杯生きて、この国で幸福を掴んでみせる。

「リヒト、あなたさえよければ……これからも私を手伝ってくれる?」
 思わず口にしてしまった問いに、彼は少しだけ頬を赤らめて微笑んだ。
「当たり前だろう。今度こそ、ユウナには幸せになってもらわなくちゃ困るからな」

 私はぎゅっと彼の手を握り返す。その温かさが、幽霊だった頃の私には何より尊い。もう冷たい身体ではない。確かに、生きている――。

(こうして、私の“幽霊”としての復讐劇は幕を閉じる。でも、私の物語はまだ終わらない。死んでないからこそ、ここからは“生きる物語”が始まるのだ……)

 少し遠くの空で、柔らかな陽光が雲間から差し込んだ。私は窓を開け放ち、爽やかな風を胸いっぱいに吸い込む。
 そう、もう死んだフリは必要ない。私は、亡霊としての怨恨の夜を越え、晴れやかな朝の光のなかで生きていく。
 両親の仇は討った。新しい未来へ、一歩ずつ歩き出すために――。
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