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第2章 ――ぶどう園を見下ろす丘で――
6話
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馬車での道中――優雅な移動と、新たな発見
そうして軽い朝食を済ませ、私は侍女たちに見送られながら屋敷の玄関へと向かった。すでに出発準備が整えられており、御者が恭しく頭を下げて馬車のドアを開いてくれる。昨日は婚約破棄のために王宮へ行ったばかりだが、今日は領地視察。こうも立て続けに馬車に乗ると、ちょっとした旅のような気分だ。
馬車に乗り込むと、周囲から「行ってらっしゃいませ、お嬢様」という声が聞こえる。侍女たちの温かい見送りに手を振り返し、馬車はゆっくりと動き出した。
窓の外には、公爵家の広大な庭と高い門が見える。やがて門を抜け、街道へと出て行くと、商店や民家が建ち並ぶ領都の一角へと差しかかる。アーデルハイド領はこの国の中でも大きな領土を抱えており、その中心地は一つの都市として十分な規模を誇っているらしい。商業や農業が盛んで、人々の暮らしぶりも悪くないと聞く。
「レイラ様、お出かけになるにはよい日和ですね」
御者が声をかけてくる。彼は私の家に長く仕えている初老の男性で、レイラにとっては幼い頃からの顔馴染みのようだ。前世の私にとっては初対面みたいなものだが、レイラの記憶があるから不自然なく会話できる。
「そうね。おかげで気持ちがいいわ。今日の視察先って、どのあたりになるのかしら?」
「はい、まずは王都からやや外れたぶどう園です。そこはアーデルハイド公爵領でも特に歴史があり、素晴らしい品質のぶどうが採れると評判でして……。お嬢様もご存知でしょうが、そこのぶどうがこの領のワインづくりの要になっております」
「ええ、楽しみにしているわ。今回、いろいろと話を聞いてみたいのよ」
馬車はしばらく舗装された道を進んだ後、やがて緑の多い田園地帯へと差しかかった。木々の向こうには小川や畑が広がり、ところどころに農民たちが働いている姿が見える。手を振る子どもたちもいて、馬車の姿を見ると顔を輝かせてこちらに駆け寄ろうとする。だが、近くにいた大人が「あまりお嬢様に失礼なことをしてはいけない」とたしなめているようだった。
(うーん、この世界では貴族と平民の距離がまだまだあるのよね。でも、彼らからしたら公爵令嬢の馬車なんて、そうそう見られるものじゃないんだろうな)
私は窓から手を振り返したい気分になったが、ここで変に愛想を振りまくのは、かえって農民を驚かせてしまうかもしれない。レイラの記憶によれば、貴族は威厳ある態度を保つことが常識。それを破るのはもう少し気心が知れた段階にしたほうがいいだろう。
馬車がさらに進むと、遠くの丘陵地帯に整然と並んだぶどう畑が見え始める。ところどころに点在する家屋や作業小屋、そして作業着姿の農民たちの姿が小さく映る。丘の斜面に広がるぶどう畑は、爽やかな緑で一面が覆われていて、美しい風景を作り出していた。
「あれが、目的のぶどう園です。領の中でも特に大きく、質の高いぶどうが育つ場所として知られておりますよ」
「すごくきれい……。ふふ、期待が高まるわね」
私は目を輝かせる。前世でもワインには多少興味があったが、実際にぶどうがどのように育てられているのかを間近で見た経験はない。見渡す限りのぶどう畑は想像を絶する広さで、ここから生まれるワインがどんな香りを放つのか想像するだけでわくわくしてくる。
馬車は丘のふもとにある広場で止まり、私は御者に手を貸してもらいながら地面に降り立った。そこにはぶどう園の管理者らしき人物がすでに待機しており、私を出迎えるために深々と頭を下げている。四十代くらいのがっしりとした男性で、日に焼けた肌と手の甲の荒れ具合から、畑仕事に精を出していることがうかがえた。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。私はここのぶどう園の責任者、ポーランドと申します」
「ポーランドさんね。こちらこそ、今日はよろしくお願いするわ。いろいろお話を聞かせてもらいたいの」
「もちろんでございますとも。お嬢様のご要望に応えられるよう、精一杯ご案内させていただきます」
彼は笑みをたたえながら、作業小屋の裏手に広がるぶどう畑を指差した。そこには何列にも並んだぶどうの樹が風になびいているのが見える。私は彼の後に続いて、軽い足取りで畑の奥へと進んでいった。
そうして軽い朝食を済ませ、私は侍女たちに見送られながら屋敷の玄関へと向かった。すでに出発準備が整えられており、御者が恭しく頭を下げて馬車のドアを開いてくれる。昨日は婚約破棄のために王宮へ行ったばかりだが、今日は領地視察。こうも立て続けに馬車に乗ると、ちょっとした旅のような気分だ。
馬車に乗り込むと、周囲から「行ってらっしゃいませ、お嬢様」という声が聞こえる。侍女たちの温かい見送りに手を振り返し、馬車はゆっくりと動き出した。
窓の外には、公爵家の広大な庭と高い門が見える。やがて門を抜け、街道へと出て行くと、商店や民家が建ち並ぶ領都の一角へと差しかかる。アーデルハイド領はこの国の中でも大きな領土を抱えており、その中心地は一つの都市として十分な規模を誇っているらしい。商業や農業が盛んで、人々の暮らしぶりも悪くないと聞く。
「レイラ様、お出かけになるにはよい日和ですね」
御者が声をかけてくる。彼は私の家に長く仕えている初老の男性で、レイラにとっては幼い頃からの顔馴染みのようだ。前世の私にとっては初対面みたいなものだが、レイラの記憶があるから不自然なく会話できる。
「そうね。おかげで気持ちがいいわ。今日の視察先って、どのあたりになるのかしら?」
「はい、まずは王都からやや外れたぶどう園です。そこはアーデルハイド公爵領でも特に歴史があり、素晴らしい品質のぶどうが採れると評判でして……。お嬢様もご存知でしょうが、そこのぶどうがこの領のワインづくりの要になっております」
「ええ、楽しみにしているわ。今回、いろいろと話を聞いてみたいのよ」
馬車はしばらく舗装された道を進んだ後、やがて緑の多い田園地帯へと差しかかった。木々の向こうには小川や畑が広がり、ところどころに農民たちが働いている姿が見える。手を振る子どもたちもいて、馬車の姿を見ると顔を輝かせてこちらに駆け寄ろうとする。だが、近くにいた大人が「あまりお嬢様に失礼なことをしてはいけない」とたしなめているようだった。
(うーん、この世界では貴族と平民の距離がまだまだあるのよね。でも、彼らからしたら公爵令嬢の馬車なんて、そうそう見られるものじゃないんだろうな)
私は窓から手を振り返したい気分になったが、ここで変に愛想を振りまくのは、かえって農民を驚かせてしまうかもしれない。レイラの記憶によれば、貴族は威厳ある態度を保つことが常識。それを破るのはもう少し気心が知れた段階にしたほうがいいだろう。
馬車がさらに進むと、遠くの丘陵地帯に整然と並んだぶどう畑が見え始める。ところどころに点在する家屋や作業小屋、そして作業着姿の農民たちの姿が小さく映る。丘の斜面に広がるぶどう畑は、爽やかな緑で一面が覆われていて、美しい風景を作り出していた。
「あれが、目的のぶどう園です。領の中でも特に大きく、質の高いぶどうが育つ場所として知られておりますよ」
「すごくきれい……。ふふ、期待が高まるわね」
私は目を輝かせる。前世でもワインには多少興味があったが、実際にぶどうがどのように育てられているのかを間近で見た経験はない。見渡す限りのぶどう畑は想像を絶する広さで、ここから生まれるワインがどんな香りを放つのか想像するだけでわくわくしてくる。
馬車は丘のふもとにある広場で止まり、私は御者に手を貸してもらいながら地面に降り立った。そこにはぶどう園の管理者らしき人物がすでに待機しており、私を出迎えるために深々と頭を下げている。四十代くらいのがっしりとした男性で、日に焼けた肌と手の甲の荒れ具合から、畑仕事に精を出していることがうかがえた。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました。私はここのぶどう園の責任者、ポーランドと申します」
「ポーランドさんね。こちらこそ、今日はよろしくお願いするわ。いろいろお話を聞かせてもらいたいの」
「もちろんでございますとも。お嬢様のご要望に応えられるよう、精一杯ご案内させていただきます」
彼は笑みをたたえながら、作業小屋の裏手に広がるぶどう畑を指差した。そこには何列にも並んだぶどうの樹が風になびいているのが見える。私は彼の後に続いて、軽い足取りで畑の奥へと進んでいった。
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