白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚

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第1章:囚われの王妃

セクション3「消えた権力」

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セクション3「消えた権力」 


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レイチェル・ウィンザーは、名ばかりの王妃として結婚式という舞台を経た後、徐々に自分の権力がすべて奪われ、取り残されていく現実に直面していた。華やかなドレスと高貴な振る舞いの裏側で、彼女は次第に自らの存在意義が薄れ、まるで装飾品のように扱われることを余儀なくされるのだった。

王宮内では、王子アルフォンス・エルベールの意向に従い、実際の政治や財政の舵取りは聖女ミレイユに委ねられていた。彼女は巧みな笑顔と媚態で、周囲の貴族や官僚たちの信頼を獲得し、次第に事実上の権力を握っていった。レイチェルは、かつて自分が誇りとして守ってきたウィンザー家の威厳が、この瞬間、無情にも粉砕されるのを感じた。

ある日の朝、王宮の大広間で行われた内密な会議の席上、聖女ミレイユは厳粛な口調で、今後の財政政策や宮廷運営の方針について次々と発言した。重厚な木造のテーブルを囲む重臣たちは、彼女の一言一句に耳を傾け、まるでその言葉に絶対的な権威を認めているかのようだった。その場に居合わせたレイチェルは、ただ一人、薄暗い影のようにその場に佇むのみであった。

 ――その瞬間、レイチェルは自分が王妃でありながら、すでに権力の座から完全に追いやられていることを悟った。

「レイチェル王妃、あなたはこの宮廷で何かお言葉を述べるおつもりですか?」と、一人の大臣が問いかけた。だが、彼女は固く口を閉ざし、まるで存在そのものを消し去るかのように静かにその席に留まった。
  王子アルフォンスは、冷徹な表情で一言放った。
「君には、王妃としての形式があれば十分だ。政治に口出しする必要などない」
その言葉は、すでに決定された運命を象徴するかのように、全員に明確な意志を伝えていた。

それ以来、レイチェルの側に仕えていた侍女たちでさえも、次々と解雇され、彼女の身辺から姿を消していった。かつては、彼女の周囲には忠実な者たちが絶えず付き添い、支えとなっていた。しかし、今やその温かい支援はすべて聖女ミレイユの一声によって粉々に打ち砕かれた。
  レイチェルは、広大な王宮内を一人彷徨うような日々を過ごすようになった。かつての輝かしい栄光を映し出す鏡も、今では彼女の孤独を映す冷たいガラス片に過ぎず、堂々たる肖像画の中の自分すらも、彼女の存在を讃えることなく、ただ形式だけを保っているように感じられた。

日々、王宮の中では、聖女ミレイユが新たな政策や決定事項を発表する度に、レイチェルの存在感は薄れていった。彼女は、王妃としての地位を保っているだけで、実際の政治の一端に関与することすら許されなかった。むしろ、重要な決定が下される際には、ミレイユの言葉が最終的な判断基準となり、レイチェルはただその傍観者として横に立たされるだけだった。

ある日の夕刻、レイチェルは広い王宮の回廊を歩きながら、ふと自分の姿を鏡に映して見た。そこに映るのは、かつては未来に輝く王妃としての希望に満ちた目であったはずの女性。しかし、今やその瞳は、深い失望と悲哀で曇っていた。硬直した顔の表情は、王子の一言一言によって刻まれた屈辱の記憶を物語っていた。
  「どうして、私の力はこんなにも簡単に奪われてしまったのか……」
 と、心の中で何度も問いかけるが、答えは見つからなかった。彼女が守り続けてきた誇りや伝統は、現実の前ではただの虚飾に過ぎなかった。

さらに、宮廷の中では、かつてレイチェルに対して敬意を表していた者たちも、今や彼女の存在をただの飾りとして扱い、軽視するようになっていた。隣国との交渉や重要な儀式の場ですら、彼女の出席はあっての形式に過ぎず、実際に意見を求められることはなかった。ある晩、国賓を迎える大宴会が催されたとき、レイチェルは上座に座らされながらも、会話の中心に一度も呼ばれることはなかった。代わりに、ミレイユが華やかに談笑の輪に加わり、笑い声や拍手が絶えなかった。
  その光景を目の当たりにしたレイチェルの胸には、深い虚無感と同時に、ひそかな怒りが芽生えていった。決して声高に抗議することはできなかったが、内心では、すべての権力が奪われ、自分の存在が単なる「形式」へと変わってしまった現状に、耐え難い屈辱を感じずにはいられなかった。
  「私がこれまでどれほど努力して、完璧な淑女として育てられてきたか……なのに、今や私の存在は、ただの飾り物に過ぎない」
 その考えは、レイチェルの心の奥に深い闇を生み出し、次第に彼女の内面に秘められた決意へと変わっていく。
  時折、夜の静寂の中、彼女は密かに、そして静かに自分に問いかけた。
「このまま、ただ存在するだけの王妃で終わるのか? いや、私は……私にはまだ、何か取り戻すべきものがあるはずだ」
 その問いに対する答えは、未だ闇の中にあったが、その一筋の光が、未来のための復讐の火種となる予感を、レイチェルに抱かせたのだった。

やがて、宮廷でのある公式行事の折、王子アルフォンスは堂々とした口調で宣言した。
「これからのすべての財政管理および内政は、聖女ミレイユの判断に委ねる」
その瞬間、部下たちは一斉に拍手し、まるで新たな体制の確立を祝福するかのように歓声を上げた。しかし、レイチェルにとっては、その拍手一つひとつが、自分の全ての力が消え去った証であり、かつて誇り高く守り抜いてきたウィンザー家の伝統が、今や無に帰してしまった現実をあらわしていた。

その後の数週間、レイチェルは自らの取り残された現状を嘆き、何度も部屋の窓から外の世界を眺めた。朝陽が差し込む中で、遠くに見える王宮の塔や庭園が、かつては自分と共に輝いていたものの、今や冷たい影となってしまった。
  彼女は、決して声高に抗議することはできなかったが、心の奥底で、必ずこの状況を打破してみせるという、かすかな希望と覚悟を温め始めていた。消えた権力という屈辱は、やがて彼女の復讐心と、新たな生き方への強い意志へと変わる運命にあった。
  レイチェルは、ひそかに計画を練り始めた。自らの知性と誇りを武器に、いつの日かこの冷酷な王宮から自分自身を解放し、失われた尊厳と権力を取り戻すための策を――。
  その日々の孤独と屈辱の中で、彼女の心は静かに燃え上がり、かつてなかった決意が芽生えた。どんなに権力を奪われようとも、彼女の魂は折れることはなく、やがてこの冷たい牢獄から抜け出し、真の自由と誇りを取り戻す日が来ると、固く信じ始めたのだった。

こうして、レイチェルは、奪われた権力という屈辱的な現実を胸に秘めながらも、その闇を突破するための一歩を、密かに、しかし着実に踏み出し始めるのであった。
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