白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚

文字の大きさ
10 / 16
第3章:王妃の脱出

セクション2:王宮の混乱

しおりを挟む
セクション2:王宮の混乱 


レイチェルが王宮の裏口を抜け、秘密の抜け道を駆け抜けたその瞬間から、王宮内部に刻まれた長年の秩序は、見る影もなく崩れ去ろうとしていた。彼女の突然の脱出は、宮廷にとって、単なる一人の王妃の失踪以上の意味を持っていた。伝統と権威の象徴であったレイチェルが忽然と姿を消したことにより、王宮全体が、まるで巨大な歯車が狂い始めたかのような混乱の渦に巻き込まれていった。

まず、王宮内では、レイチェルの存在が長らく形式的なものとして扱われ、実権を握る聖女ミレイユの影が絶対的なものとなっていた。しかし、彼女がいなくなった瞬間、アルフォンス王子の顔に広がる焦燥と不安、そして宮廷内に蔓延していた不満の声が、一斉に表面化し始めた。王宮の重臣や高官たちは、長年にわたって抑え込まれてきた不協和音をついに口にし、内部の権力構造が急激に揺れ動く状況に直面した。

ある会議の場では、重臣の一人が震える声で訴えた。「レイチェル王妃がいなくなれば、この王宮の象徴も消え失せ、我々はどこへ向かうのか。彼女はただの飾り物ではなかった。たとえ形式上の存在に過ぎなくとも、その存在が私たちの統一の象徴であったのです」その声は、従来の厳格な儀式や形式に疑問を呈し、王宮の中枢に新たな亀裂を生み出し始めた。

一方で、アルフォンス王子は、レイチェルの突然の脱出に対し、かつての自信と威厳を失い、怒りと後悔、そして計り知れない不安に苛まれていた。彼は、自らが愛情を持たずに「白い結婚」を押し付けた結果、王宮全体が崩壊の危機に瀕していることを痛感し始めた。王子自身、聖女ミレイユの後ろ盾に依存していたが、今やその頼りなさと、宮廷内部の不協和音が次第に彼の権威を揺るがし始める。かつては冷徹な表情で無情な宣言を繰り返していた彼も、今では内心の葛藤と混乱に苦しみ、その顔には深い焦燥と悔恨の色が浮かんでいた。

宮廷内では、レイチェルの脱出という衝撃的な事件が波紋を広げ、各勢力が自らの利益を求めて動き出す様相を呈し始めた。聖女ミレイユは、かつての絶対的な権力基盤を揺るがれることを恐れ、必死に体制の再構築を図ろうとした。彼女は、王宮内の側近たちに対し、迅速に情報統制と人員再配置を命じ、あらゆる手段を講じて自らの支配体制を維持しようと試みた。しかし、レイチェルの存在が持っていた象徴的な力は、単なる形式上のものではなかった。彼女が去ったことで、長年にわたり埋もれていた反抗心や不満が、王宮内部に再び顔を出し、互いに対立する勢力間で熾烈な抗争が始まる危機を招いていた。

密室での会議、廊下でのささやき、さらには夜の宴会においても、各々の貴族たちの間で、レイチェルがいなくなった今、どのようにして王宮の秩序と伝統を取り戻すのか、あるいは新たな権力構造を築くのかといった議論が絶えなかった。伝統を重んじる者は、レイチェルの不在を痛感し、彼女の象徴する品位と誇りを取り戻すための運動を模索し始めたが、一方で、現実主義者や権力闘争に長けた者たちは、この混乱に乗じて自らの地位を確立しようと、裏で暗躍を始めた。

王宮の内部は、まるで巨大な時計が内部から狂い始めたかのように、各部門でバラバラな動きを見せ始めた。財政管理、内政、外交、そして儀式の遂行に至るまで、従来の規律が崩れ、互いの信頼関係が揺らぎ始める中で、王宮全体が不安定な状態に陥っていた。かつて堅固であった組織は、今や個々の利害や野心によって分断され、互いに疑心暗鬼の状態に陥っていた。

こうした混乱の中で、かつて王妃としての象徴的存在であったレイチェルが失踪したことは、単なる人事異動や政治的策略の一環ではなく、王宮全体の未来そのものを左右する重大な転機であった。誰もが、今後どのような権力再編が行われ、王宮が再び安定を取り戻すのか、あるいは完全に崩壊してしまうのかという不安に苛まれていた。アルフォンス王子もまた、これまでの自らの行動が招いた結果に苦悩し、内心では自分自身の失策を痛感していた。

さらに、王宮外の民衆や近隣諸国の動向にも影響が及び始め、長年にわたり王宮の内部事情を知る者たちは、これを王国全体の不安定要因として警戒していた。伝統と格式に重きを置く旧勢力は、レイチェルの象徴する誇りと正統性を取り戻すことが王国再生の鍵だと考え、一部では内密な支持が集まり始める一方、現実主義者たちは、既にミレイユの台頭と王子の混乱に便乗して自らの利益を追求しようと、動き出していた。

こうして、王宮内部は、長年の沈黙と抑圧の下に蓄積された不満が、一気に噴出するかのような混沌状態に突入していった。伝統と新体制との狭間で、互いに火花を散らし合う勢力は、かつての統一された権威の名残を、必死に取り戻そうとするかのように、乱立する意見や策略で激しく対立していた。王宮という巨大な舞台は、今や一触即発の危機に晒され、未来の方向性を定めることができずに、まるで風に吹かれて揺れ動く葉のように、行方が定まらなくなっていた。

その中で、レイチェルの脱出という衝撃は、王宮内の秩序を根底から覆す触媒として機能し、各々の野心と不安がさらにエスカレートする結果となった。かつての静謐な儀式と威厳が、今や崩壊への序章として、冷たい現実に染まっていく中、王宮全体が再び新たな時代の幕開けを迎えるための混沌の中にあった。

こうして、レイチェル不在の王宮は、かつての統一感や伝統的な威厳を失い、まるで瓦礫と化した古い王国の廃墟のように、内部から崩壊の兆候を漂わせながら、新たな権力の再編と混沌の渦中に突入していった。王子アルフォンスの苦悩、重臣たちの口々の不安、そして新旧勢力の熾烈な抗争の中で、王宮はもはやかつての輝きを失い、未来への希望すらも不透明なものとなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん
恋愛
子爵家の令嬢エリーネと伯爵家の次男のノルトが婚約を結んだのは、半年前だった。 真面目で優秀なノルトに相応しい婚約者であろうとするものの、エリーネには自信がなかった。 ある日、遊び人と噂の令嬢べルティーナとノルトが共にいるところを見てしまう。 「真面目クンは壁さえ破っちゃえばこっちのもんだからね〜」 「きっと、彼女の美しさに嫉妬しているのだわ…」 「…今度は、ちゃんと言葉にするから」

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました

水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。 求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。 そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。 しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。 ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが…… ◆なろうにも掲載しています

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

処理中です...