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しおりを挟むセザールからお茶会に誘われ、アーロンを含め一悶着あったあの日から数日後の夜
フェルディーン公爵家の自室でリオノーラは頭を悩ませていた
(「あれから毎日、セザール殿下からお茶会のお誘いがある…それは別に良いとして、陛下がまさかあんなことを言うなんて」)
不思議なこともあるものだわ、とリオノーラは呟いた
お気に入りのベッドの上でシュミーズをきてダラダラとしているリオノーラは寝転がって天蓋を見上げた
時はセザールに誘われた3回目のお茶会の時だった
お茶会が終わった後に国王から呼び出され、嫌な予感がしつつも国王の元に参上した
リオノーラは立派な白鬚を蓄えた国王があまり好きではなかった
男尊女卑の意思が強い国王は何かとリオノーラに苦言を呈することが多かった
それも全て婚約者であるアーロンのことばかりだった
アーロンが真面目に帝王学を学ばないと、怒られるのは何故かリオノーラだった
『お前が、アーロンに誠心誠意尽くし、尻拭いをすれば問題ない』
と、髭をさすりながらそう語る国王にリオノーラと公爵は固まったのは昔の話だ
そんな国王から呼ばれる=お小言
という方程式が成り立ったリオノーラは億劫な気持ちで国王の待つ謁見室に向かった
「セザール殿下のお相手、ですか」
「うむ。アーロンが皇太子に無礼を働いたと聞いた。皇太子に謝罪は行ったが、滞在中は貴様に案内役を頼むと言われた」
酔狂なお方だ、と話す国王にリオノーラは目を丸くした
国王の言葉は、アーロンを優先せずセザールを優先せよ、という事だった
「かしこまりました。精一杯努めさせて頂きます」
一刻も早く国王の元から離れたかったリオノーラはいつものように特に何も反論せず謁見室を後にした
ーー
アーロン殿下がセザール殿下に無礼を働いた、という話は瞬く間に王宮中を駆け回った
そのため、アーロンは自室謹慎を言いつけられている
その尻拭いをするかのようにリオノーラは各方面へ謝罪をし、セザールの要求通り毎日セザールとアフタヌーンティーを過ごしている
「少しは、私に慣れてくれたかな?」
「…そうですね。最初の印象からはだいぶ」
リオノーラのその言葉にセザールは苦笑する
「あれは、すまない…テラスで黄昏ていた君が消えてしまいそうだったから」
消えてほしくなくて声をかけたんだ、と笑いながらセザールが話す
何回目かのお茶会でリオノーラとセザールは少しずつだが打ち解けていっていた
「あれは、本当にびっくりしましたわ。ご冗談がすぎます」
「冗談ではない、といったら?」
「えっ」
最近は軽口も叩けるようになっていたが、突然のセザールの真剣な眼差しにリオノーラの心臓がトクリと高鳴った
リオノーラはサッと手元にあった紅茶を飲んでセザールの視線を外しつつ目の前に座るセザールがこの国に来た経緯を思い返した
ーー
セザール・エヴァーツは大陸でも最強最大の国力を持つエヴァーツ帝国の皇太子だ
リオノーラが生まれたグリアーソン王国は大陸の中でもひっそりと存在する小国であり
そして、エヴァーツ帝国の属国でもあった
特筆した特産物もないグリアーソンであったが、近年、鉱石の取れる鉱山が発掘された
その視察のためにエヴァーツから調査、という形でセザール率いる使節団がやってきたのだ
滞在期間は約1ヶ月
その間は国王のお墨付きもありリオノーラはセザールの相手を務めていた
と、いっても決められた時間にお茶会をし、その中で国政のことやお互いの国のことなど他愛もない話をする簡単な仕事だった
「そのドレス、送った甲斐があったな。よく似合っている」
「ありがとうございます…この様なドレスを着るのは初めてなので似合ってるか不安でしたから」
お目汚しにならなくてよかったですわ、とリオノーラが微笑む
リオノーラはここ最近、セザールから贈られたドレスを着用している
毎日のようにフェルディーン公爵家に届けられるドレスを無駄にはできないとリオノーラなりに気を遣って着用していた
アーロンが用意するドレスとは違って、最先端の流行りのドレスはリオノーラの可憐な容姿によく似合っていた
恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべるリオノーラをみてセザールは可愛い、と心の中で思うと同時に、アーロンに対しての怒りを膨らませていた
セザールがリオノーラに初めて会ったのはエヴァーツ帝国で行われた建国祭の日だった
アーロンとともにグリアーソン王国の代表としてやってきた彼女はアーロンの後ろに隠れ、目立たないようにしているのが印象的だった
「ねえ、お兄様。グリアーソンの王太子の婚約者様を見て。可愛いのにもったいないわ」
妹のレジーナが隣でこそっと耳打ちをしてきた
レジーナの言う通り、カスタードのように柔らかいクリーム色の長い髪と伏し目がちではあるものの綺麗なヘーゼルナッツの瞳、チェリーのように瑞々しくも控えめな口元は、セザールの視線を奪うのには十分だった
それと同時に美しいリオノーラには違和感があった
「レジーナ。グリアーソンの女性はあんなに地味な服を着るのか?」
「そんなわけないわ。あの服の色に形…さながら夫を失った未亡人みたいなドレスよ」
若い令嬢が着る服じゃないわ!とレジーナの言葉を聞き、改めてリオノーラに視線を向けた
アーロンの後ろにひっそりと佇む彼女は限りなく黒に近い紺色の首まで襟が詰まった重苦しいドレスを着ていた
それに髪型も一つ結びにしており、セザールはその姿を見てレジーナ同様に勿体無い、と呟いた
そのあと夜会で、意図的にリオノーラに声をかければ、どこか疲れ切った顔で無理に笑っているリオノーラと対面した
「疲れているようだが、体調は大丈夫なのか?」
「はい。大丈、「大丈夫ですよ。皇太子殿下」
「リオノーラはこう言った場ではいつも緊張しているんです。」
リオノーラの言葉に何度も自分の言葉を重ねるアーロンに少し腹を立てながらもセザールは負けじとリオノーラに声をかけ続けた
だが、そのたびにリオノーラではなく、アーロンが答えると言う不思議な構図が出来上がっていた
「ヨーゼフ。アーロン王子とリオノーラ嬢について調べてくれ」
「おや、殿下が人に興味を持つなど珍しいですね」
明日は雪ですか?と、とぼける、側近をギロリとセザールは睨む
肩をすくめて「かしこまりました」と頷くヨーゼフはどこか楽しそうだ
「殿下。予想通りと言いますか、グリアーソン王国は中々の惨状ですよ」
ヨーゼフは仕事が早く、建国祭が終わった数日後には情報を集めてきた
将来は皇帝となるセザールの側近として働くために能力は高く、そしてとても頼りになる存在だった
そんな彼が眉間に皺を寄せながら資料をセザールに渡す
「はっ 予想以上だな」
資料に目を通したセザールはバサりと資料を机に投げつける
「で、どうしますか?」
「…たしか、グリアーソンで鉱山が見つかったな?」
「ええ。グリアーソン側は鉱山の運営を任せてほしいと言っていますが、いかがなものかと」
「ふーん…よし、鉱山の調査という名目でグリアーソンに1ヶ月程滞在しよう」
セザールがそう提案するとヨーゼフは一度目を見開いたが、すぐに口元をニヤリと動かし、仰せのままに、と返事をした
そして、建国祭の翌月にはセザール率いる使節団がグリアーソン王国に入国した
ーー
(「実際来てみたら酷いものだ…リオノーラと公爵殿が全てを背負ってると言っても過言じゃない」)
あくまでも鉱山の調査とはいえ、グリアーソンはエヴァーツの属国だ
いくら国王と言えども皇太子であるセザールには強く出れないのを良いことに、セザール達はグリアーソンの国政にもわざと、口を出した
蓋を開けてみたら、すべの事業にリオノーラ・フェルディーンの名が刻まれていた
彼女はきっと仕事をまともにしない王太子の尻拭いとして、仕事をしていたのだろう
あんなに華奢な体で、よく今まで倒れなかったものだと感心した
何も言うつもりはなかったがヨーゼフが敢えて、グリアーソンの国王の耳にアーロンが行った愚行を聞かせることで、セザールはリオノーラを独占することができた
そんなことを考えながら目の前でリスのようにお菓子を頬張るリオノーラを見つめる
ここ最近は強制的にお菓子を食べさせて少しでも体力がつくようにとなんとか画作していた
リオノーラに毎日送っているドレスは妹のレジーナに頼み込み全て整えてもらった一級品のドレスばかりだ
それを着こなしているリオノーラはやはり美しい部類の人間なのだろう
(「アーロン達に卑下されてきた期間が長いからな…ゆっくりゆっくり溶かしてやろう」)
いつか、自分に甘えてきてくれるかもしれないリオノーラの姿を想像しながらセザールは時間が経ってぬるくなったコーヒーを口にした
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