愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)

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034 先手必勝

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 エントランスには、公爵の秘書と執事長が右往左往としていた。
 ここの男性陣はアーユとは大違いね。こんなところでただ慌てふためいていてもどうしようもないでしょうに。と、そんなことを思いながら、私は二人に声をかける。

「何があったのですか?」
「あのそれが……」
 
 私を見た二人は、事の説明をするべきか知らせないべきか、迷うようにお互い見つめ合っていた。

 隠したところで、だし。
 だいたい、あの馬車を見たら誰が来たかなど分かるでしょうに。

「ルカの母親が乗り込んできたように見えたのですが」
「ご存知だったのですか?」
「先程、中庭で馬車が横付けされた時に見ました」

 もっとも、顔を合わせるのは初めてね。
 そもそも、実母対継母なんてあのお話の中にはなかったし。

 主人公がルカだから、ルカを中心に話が進むのは分かるけど、これって結構なイベントのはずなのに記憶にないなんてことあるかしら。あれだけ何度も読んだのに。

 それに今気づいたんだけど、ビオラの途中退場の時期って結構早かったわよね。

 病気か何かだった気がするけど。
 もしかして、私が記憶を取り戻したあの瞬間とか?

 その時から話の流れが変わってしまって、こんなことになってるとか……。
 考えたくないけど、あり得ない話ではないわよね。むしろそう考えてしまった方が、この展開はしっくりくる。

「ルカ様の実母であるノベリア様が、連絡もなく来られまして……」
「わざわざ乳母まで引き連れて、お二人は何がしたいのかしら」
「それは分かりかねますが。あまり良いことではないかと思われます」
「まぁ、でしょうね」

 何となくはここへ彼女たちが来たことへの予想はつくけど、ここで話していても埒が明かないわ。

「で、二人はどこにいるんです?」
「一応、今お二人は応接間に通してあります」

 私が尋ねれば、執事長は応接間の扉をちらりと見た。
 
「アッシュ様が一人で対応されているのね」
「はい、そうです」

 あの方、ほんの少しはルカに興味を示すようにはなってきたけど。
 父親としては、まだまだどころか初心者もいいところだもの。

 ノベリアに何か言いくるめられたら、大変だわ。

「私も同席します」
「ですが奥様」
「別に噛みついてくるような危険はないでしょう」
「ええ……たぶん?」


 秘書はどこまでも自信なさげに、首を傾げながら答えた。
 ちょっと、なんでそこ疑問形なのよ。ノベリアって、そんなに危険人物なのかしら。

 二人が私を止めたい気持ちは分かる。
 所詮、ただの継母だし。
 でもなんとなく、今の感じだとそれだけじゃないみたいね。まぁ、どちらにしてもルカのためには、こんなところで足踏みしているわけにはいかないのよ。

「ルカのためですから、私も同席します」
「……かしこまりました」
 
 しぶしぶという感じで、二人はまた顔を見合わせたあと、私を応接間に案内してくれた。

 応接間の扉を開けると、真っ先にノベリアと目が合う。
 しかし彼女は、私を見るなり鼻で笑った。

 そしてそのままこちらには声をかけることもなく無視しつつ、彼女は優雅に出された紅茶に口をつける。

 なぜかしらね。ずっと物語の中のキャラとしてノベリアは好きではなかったけど、実物見たらやっぱり好きじゃないわ。むしろそれ以上に、腹が立つと言ってもいいくらい。

「ビオラ」

 公爵は私が部屋に入った瞬間、やや困惑したように眉尻を下げたものの、それだけ。特に表情からは怒った感じはない。呼ばれてもいないのにいきなり入室したら嫌がるかと思ったけど、それはなかったみたい。

 むしろ少し前から私の名前を呼ぶ声が、心なしか優しくなった気がする。

「ああ、今の人がコレなんですね、アッシュ様」
 
 今、はっきりとコレって言ったわよね。勝手に、もはや他人となった者の家を訪ねて来て、その主人の妻に対して言う言葉じゃないでしょうに。
 いくらノベリアが元妻だからと言っても、限度があるでしょう。
 なんだろう。本当にこの人嫌いだわ。常識なさすぎじゃない?

 だけど私はあくまでも公爵夫人。こんなことで怒ったらみっともないことぐらいは分かる。コレ呼ばわりされても私は怒りを顔には出さず、どこまでも澄ました顔で公爵の横に座った。

「アッシュ様、この教養皆無な失礼な方たちは、どこのどなたですか?」

 そう言いながら、私が口角を上げて微笑むと、ノベリアはティーカップをテーブルに叩き付けた。

 そういうとこよ。
 教養ないって自分から言ってるようなものじゃない。

 ただ笑う私に、ノベリアはますます顔を赤くしていた。

 怒りはしないわよ。だけど反撃しないと思ったら大間違いなんだからね。
 秘書たちはノベリアが私に噛みつかないか心配していたみたいだけど、あいにく私も黙っている口ではないのよ。
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