35 / 78
034 先手必勝
しおりを挟む
エントランスには、公爵の秘書と執事長が右往左往としていた。
ここの男性陣はアーユとは大違いね。こんなところでただ慌てふためいていてもどうしようもないでしょうに。と、そんなことを思いながら、私は二人に声をかける。
「何があったのですか?」
「あのそれが……」
私を見た二人は、事の説明をするべきか知らせないべきか、迷うようにお互い見つめ合っていた。
隠したところで、だし。
だいたい、あの馬車を見たら誰が来たかなど分かるでしょうに。
「ルカの母親が乗り込んできたように見えたのですが」
「ご存知だったのですか?」
「先程、中庭で馬車が横付けされた時に見ました」
もっとも、顔を合わせるのは初めてね。
そもそも、実母対継母なんてあのお話の中にはなかったし。
主人公がルカだから、ルカを中心に話が進むのは分かるけど、これって結構なイベントのはずなのに記憶にないなんてことあるかしら。あれだけ何度も読んだのに。
それに今気づいたんだけど、ビオラの途中退場の時期って結構早かったわよね。
病気か何かだった気がするけど。
もしかして、私が記憶を取り戻したあの瞬間とか?
その時から話の流れが変わってしまって、こんなことになってるとか……。
考えたくないけど、あり得ない話ではないわよね。むしろそう考えてしまった方が、この展開はしっくりくる。
「ルカ様の実母であるノベリア様が、連絡もなく来られまして……」
「わざわざ乳母まで引き連れて、お二人は何がしたいのかしら」
「それは分かりかねますが。あまり良いことではないかと思われます」
「まぁ、でしょうね」
何となくはここへ彼女たちが来たことへの予想はつくけど、ここで話していても埒が明かないわ。
「で、二人はどこにいるんです?」
「一応、今お二人は応接間に通してあります」
私が尋ねれば、執事長は応接間の扉をちらりと見た。
「アッシュ様が一人で対応されているのね」
「はい、そうです」
あの方、ほんの少しはルカに興味を示すようにはなってきたけど。
父親としては、まだまだどころか初心者もいいところだもの。
ノベリアに何か言いくるめられたら、大変だわ。
「私も同席します」
「ですが奥様」
「別に噛みついてくるような危険はないでしょう」
「ええ……たぶん?」
秘書はどこまでも自信なさげに、首を傾げながら答えた。
ちょっと、なんでそこ疑問形なのよ。ノベリアって、そんなに危険人物なのかしら。
二人が私を止めたい気持ちは分かる。
所詮、ただの継母だし。
でもなんとなく、今の感じだとそれだけじゃないみたいね。まぁ、どちらにしてもルカのためには、こんなところで足踏みしているわけにはいかないのよ。
「ルカのためですから、私も同席します」
「……かしこまりました」
しぶしぶという感じで、二人はまた顔を見合わせたあと、私を応接間に案内してくれた。
応接間の扉を開けると、真っ先にノベリアと目が合う。
しかし彼女は、私を見るなり鼻で笑った。
そしてそのままこちらには声をかけることもなく無視しつつ、彼女は優雅に出された紅茶に口をつける。
なぜかしらね。ずっと物語の中のキャラとしてノベリアは好きではなかったけど、実物見たらやっぱり好きじゃないわ。むしろそれ以上に、腹が立つと言ってもいいくらい。
「ビオラ」
公爵は私が部屋に入った瞬間、やや困惑したように眉尻を下げたものの、それだけ。特に表情からは怒った感じはない。呼ばれてもいないのにいきなり入室したら嫌がるかと思ったけど、それはなかったみたい。
むしろ少し前から私の名前を呼ぶ声が、心なしか優しくなった気がする。
「ああ、今の人がコレなんですね、アッシュ様」
今、はっきりとコレって言ったわよね。勝手に、もはや他人となった者の家を訪ねて来て、その主人の妻に対して言う言葉じゃないでしょうに。
いくらノベリアが元妻だからと言っても、限度があるでしょう。
なんだろう。本当にこの人嫌いだわ。常識なさすぎじゃない?
だけど私はあくまでも公爵夫人。こんなことで怒ったらみっともないことぐらいは分かる。コレ呼ばわりされても私は怒りを顔には出さず、どこまでも澄ました顔で公爵の横に座った。
「アッシュ様、この教養皆無な失礼な方たちは、どこのどなたですか?」
そう言いながら、私が口角を上げて微笑むと、ノベリアはティーカップをテーブルに叩き付けた。
そういうとこよ。
教養ないって自分から言ってるようなものじゃない。
ただ笑う私に、ノベリアはますます顔を赤くしていた。
怒りはしないわよ。だけど反撃しないと思ったら大間違いなんだからね。
秘書たちはノベリアが私に噛みつかないか心配していたみたいだけど、あいにく私も黙っている口ではないのよ。
ここの男性陣はアーユとは大違いね。こんなところでただ慌てふためいていてもどうしようもないでしょうに。と、そんなことを思いながら、私は二人に声をかける。
「何があったのですか?」
「あのそれが……」
私を見た二人は、事の説明をするべきか知らせないべきか、迷うようにお互い見つめ合っていた。
隠したところで、だし。
だいたい、あの馬車を見たら誰が来たかなど分かるでしょうに。
「ルカの母親が乗り込んできたように見えたのですが」
「ご存知だったのですか?」
「先程、中庭で馬車が横付けされた時に見ました」
もっとも、顔を合わせるのは初めてね。
そもそも、実母対継母なんてあのお話の中にはなかったし。
主人公がルカだから、ルカを中心に話が進むのは分かるけど、これって結構なイベントのはずなのに記憶にないなんてことあるかしら。あれだけ何度も読んだのに。
それに今気づいたんだけど、ビオラの途中退場の時期って結構早かったわよね。
病気か何かだった気がするけど。
もしかして、私が記憶を取り戻したあの瞬間とか?
その時から話の流れが変わってしまって、こんなことになってるとか……。
考えたくないけど、あり得ない話ではないわよね。むしろそう考えてしまった方が、この展開はしっくりくる。
「ルカ様の実母であるノベリア様が、連絡もなく来られまして……」
「わざわざ乳母まで引き連れて、お二人は何がしたいのかしら」
「それは分かりかねますが。あまり良いことではないかと思われます」
「まぁ、でしょうね」
何となくはここへ彼女たちが来たことへの予想はつくけど、ここで話していても埒が明かないわ。
「で、二人はどこにいるんです?」
「一応、今お二人は応接間に通してあります」
私が尋ねれば、執事長は応接間の扉をちらりと見た。
「アッシュ様が一人で対応されているのね」
「はい、そうです」
あの方、ほんの少しはルカに興味を示すようにはなってきたけど。
父親としては、まだまだどころか初心者もいいところだもの。
ノベリアに何か言いくるめられたら、大変だわ。
「私も同席します」
「ですが奥様」
「別に噛みついてくるような危険はないでしょう」
「ええ……たぶん?」
秘書はどこまでも自信なさげに、首を傾げながら答えた。
ちょっと、なんでそこ疑問形なのよ。ノベリアって、そんなに危険人物なのかしら。
二人が私を止めたい気持ちは分かる。
所詮、ただの継母だし。
でもなんとなく、今の感じだとそれだけじゃないみたいね。まぁ、どちらにしてもルカのためには、こんなところで足踏みしているわけにはいかないのよ。
「ルカのためですから、私も同席します」
「……かしこまりました」
しぶしぶという感じで、二人はまた顔を見合わせたあと、私を応接間に案内してくれた。
応接間の扉を開けると、真っ先にノベリアと目が合う。
しかし彼女は、私を見るなり鼻で笑った。
そしてそのままこちらには声をかけることもなく無視しつつ、彼女は優雅に出された紅茶に口をつける。
なぜかしらね。ずっと物語の中のキャラとしてノベリアは好きではなかったけど、実物見たらやっぱり好きじゃないわ。むしろそれ以上に、腹が立つと言ってもいいくらい。
「ビオラ」
公爵は私が部屋に入った瞬間、やや困惑したように眉尻を下げたものの、それだけ。特に表情からは怒った感じはない。呼ばれてもいないのにいきなり入室したら嫌がるかと思ったけど、それはなかったみたい。
むしろ少し前から私の名前を呼ぶ声が、心なしか優しくなった気がする。
「ああ、今の人がコレなんですね、アッシュ様」
今、はっきりとコレって言ったわよね。勝手に、もはや他人となった者の家を訪ねて来て、その主人の妻に対して言う言葉じゃないでしょうに。
いくらノベリアが元妻だからと言っても、限度があるでしょう。
なんだろう。本当にこの人嫌いだわ。常識なさすぎじゃない?
だけど私はあくまでも公爵夫人。こんなことで怒ったらみっともないことぐらいは分かる。コレ呼ばわりされても私は怒りを顔には出さず、どこまでも澄ました顔で公爵の横に座った。
「アッシュ様、この教養皆無な失礼な方たちは、どこのどなたですか?」
そう言いながら、私が口角を上げて微笑むと、ノベリアはティーカップをテーブルに叩き付けた。
そういうとこよ。
教養ないって自分から言ってるようなものじゃない。
ただ笑う私に、ノベリアはますます顔を赤くしていた。
怒りはしないわよ。だけど反撃しないと思ったら大間違いなんだからね。
秘書たちはノベリアが私に噛みつかないか心配していたみたいだけど、あいにく私も黙っている口ではないのよ。
2,041
あなたにおすすめの小説
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
公爵子息の母親になりました(仮)
綾崎オトイ
恋愛
幼い頃に両親を亡くした伯爵令嬢のエルシーは、伯爵位と領地を国に返して修道院に行こうと思っていた
しかしそのタイミングで子持ちの公爵ディアンから、結婚の話を持ちかけられる
一人息子アスルの母親になってくれる女性を探していて、公爵夫人としての振る舞いは必要ない、自分への接触も必要最低限でいい
そんなディアンの言葉通りに結婚を受けいれたエルシーは自分の役割を果たし息子のアスルに全力の愛を注いでいく
「私の可愛い子。たった一人の私の家族、大好きよ」
「エルシー! 僕も大好きだよ!」
「彼女、私を避けすぎじゃないか?」
「公爵様が言ったことを忠実に守っているだけじゃないですか」
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様
しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。
会うのはパーティーに参加する時くらい。
そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。
悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。
お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。
目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。
旦那様は一体どうなってしまったの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる