愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)

文字の大きさ
67 / 78

065 見えない糸口

しおりを挟む
 降り出した雨に私たちがルカたちを迎えに行こうとすると、中庭の奥から二人の騎士がルカたちをそれぞれ抱えてやってきた。

「奥様、雨が急に降りだしたのでお連れいたしました」

 騎士たちは私たちの前に二人を下ろすと、丁寧に頭を下げる。
 あの日以来、ほんの少しだけ騎士たちとの距離も縮んだ気がした。

 前までこんな風に会話をすることすらなかったのだから。

 基本、前の私の使用人たちよりは初めから彼らは礼儀正しかったけど、でも距離はあったのよね。

「ありがとう、助かったわ。二人とも、濡れてしまった体を拭かないと風邪を引いてしまうわね」

 私はルカに視線を合わすために屈むと、なぜかルカは私から視線をそらした。

「ルカ?」

 きっと雨なのだとは思う。
 だけど濡れた髪から滴る雨が顔にかかり、ルカが泣いているようにも見えた。

「何かあったの?」

 そんな風に声をかけてみても、ルカはそっぽを向いたままこちらを見ようともしない。

 急に何があったのかしら。
 騎士団の見学に行くまでは、あんなにも上機嫌だったのに。

 私は答えを求めてバイオレッタの方を見ると、彼女は母の膝に抱きつき、その顔を隠してしまっていた。

 どうしたのかしら二人とも。さっきまであんなに仲良さげだったのに。喧嘩でもしてしまったのかな。困ったわね。

「何かあったの?」

 ルカたちの代わりに騎士たちに尋ねても、二人はただ困ったように顔を見合わせるだけ。
 この場ですぐ言えないこととなると、今ここで聞き出すのは得策とはいえないわね。あとで落ち着いた頃に確認する方が良さそう。

「とにかく今は風邪を引いたら困るわ。二人ともお屋敷で体を拭きましょう」
「ええ、そうですね」

 フィリアも何かを察したのか、私の意見に同意してくれる。

 そして屋敷に戻り、体を拭いたあと、フィリアたちは乗って来た馬車で帰宅していった。
 
 去り際にもし無礼がありましたらと、何度もフィリアは頭を下げていたが、これはあくまで子ども同士のこと。
 殴り合いの喧嘩をしたわけでもないのだから大丈夫だと、私も答えた。

 しかしいつもなら共にとる夕食すら、今日ルカは拒否した。
 どうしても部屋で食べたいと頑ななルカに、私はそれ以上どう声をかけていいのか分からなかった。

 久しぶりの公爵との二人の食事。
 ルカが気になりすぎるのもあってか、どうも落ち着きがなくなってしまった。

「今日、あの準男爵夫人が来ていたらしいな」

 アッシュの声に、私は自分が食事中にボーっとしていたことに気付き顔をあげる。

「ああ、はいそうです。スタンピードでのお礼もかねて遊びに来てくれたんです」
「何やら少し問題があったと報告を受けているが」

 問題があった。それって、あの騎士たちから報告を受けたってことよね。

 ルカもバイオレッタも何があったのか、最後まで教えてくれなかったし。
 あんな風に不機嫌なルカを見たのも初めてなんだった。

「騎士たちはなんと言っていましたか? フィリア様の娘のバイオレッタちゃんと騎士団の見学に行ってから二人の様子がおかしくて。ルカに何を聞いても答えてくれないですし、なんだか避けられているみたいで」
「……」

 進まない食事の手を止めて、彼に尋ねると、なぜか考え込むように押し黙ってしまった。

 初めはルカとバイオレッタがただ喧嘩か何かをしたのかと思っていた。
 しかしそれでは、ルカが私を拒否する意味が分からない。
 だからなんとなく、二人の間で私に関する何かがあったのではないかと思うのだけど……。

「私は大丈夫ですので、教えて下さいませんか?」
「……」

 そう声をかけても、公爵は益々顔の眉間に深くシワを作るだけ。
 なんとなくこういう態度が、ルカはそっくりね。やっぱり親子だわ。

「言って下さらなければ、何も解決しませんし、考えることも出来ないのですよ? 私はそんなに信用ないですか?」
「いや、そうではないのだが……。ルカはあのバイオレッタという子に、ビオラは母ではないのかと聞かれたそうだ」
「ああ……」
「ルカは、それにうまく答えることが出来なかったらしい」
「そう、なのですね」

 落ち込むな、私。知っていたじゃない、そんなこと。

 簡単に母になんてなれないことぐらい。
 むしろそれを聞かれて答えられなかったルカが、一番心を痛めているというのに。
 
 母だって言わせられるほど、あの子の中で大きな存在になれなかった私の責任でしょう。
 凹む権利なんて、ないじゃない。
 ないのよ。自分がそんなこと一番分かっているもの。まだまだ全然だって……。「母」なんてまだ遠いって。

「すまない、ビオラ。君にそんな顔をさせるつもりはなかったんだ。ルカもきっとそうだ。だからあの子なりに、君に合わせる顔がなかったのだと思う」

 公爵が困るほど、きっと私は酷い顔をしていたのだろう。
 必死に取り繕おうとしても、自分のダメさ加減と悔しさで心の中がぐちゃぐちゃだ。

「大丈夫です。……だけど逆に、ルカに申し訳なくて」
「いや、そんなことはない。君はとてもよくやってくれている。俺がもっと、早くからちゃんとその仲を取り持つべきなのに、全然父親らしいことも夫らしいことも出来なかったせいだ。本当にすまない」

 お互いが謝り続け、この日は食事はほとんど手に付かなかった。
 しかも見いだせない解決策にただ頭をもたげ、私は部屋に戻った。
しおりを挟む
感想 62

あなたにおすすめの小説

皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。 この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。 そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。 ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。 なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。 ※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

公爵子息の母親になりました(仮)

綾崎オトイ
恋愛
幼い頃に両親を亡くした伯爵令嬢のエルシーは、伯爵位と領地を国に返して修道院に行こうと思っていた しかしそのタイミングで子持ちの公爵ディアンから、結婚の話を持ちかけられる 一人息子アスルの母親になってくれる女性を探していて、公爵夫人としての振る舞いは必要ない、自分への接触も必要最低限でいい そんなディアンの言葉通りに結婚を受けいれたエルシーは自分の役割を果たし息子のアスルに全力の愛を注いでいく 「私の可愛い子。たった一人の私の家族、大好きよ」 「エルシー! 僕も大好きだよ!」 「彼女、私を避けすぎじゃないか?」 「公爵様が言ったことを忠実に守っているだけじゃないですか」

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

処理中です...