推しと清く正しい逢瀬（デート）生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

隣人特権、強すぎるんですけど。（９）

「違います！　成瀬さんが頼りないなんて思っていません。ただ……」
「ただ？」
「……今は、特に愚痴とかはないんですよ。新しい仕事にも慣れてきましたし。これと言って」

　少し眉を下げてそう言えば、成瀬さんは私の言葉に驚いたように大きく目を見開いた。私は成瀬さんに向かって信じてくれと言わんばかりに、ニコリと微笑む。すると成瀬さんはようやくホッとしたように表情を和らげた。

「でも、だったらどうしてあんなこと……？」
「あんなこと？」
「ベランダから身を乗り出していたでしょう？　俺、てっきり……いろいろと思い悩むことがあって、苦しくなって、それで……」

　成瀬さんは語尾を濁す。

　どうやら、私がベランダで手を伸ばしていたところを見られていたらしい。それを成瀬さんは自殺行為だと勘違いして、慌てて私の部屋へ駆けつけてくれたようだ。確かに傍から見たらそう見えたかもしれない。

　私は慌てて誤解を解こうと口を開く。

「ご、誤解です。私はちょっと手を伸ばしてみただけで、そんなつもりはこれっぽっちもありません。ご心配をお掛けしました。すみません」

　私は成瀬さんに向かって勢いよく頭を下げた。成瀬さんもバツの悪そうな表情で頬をポリポリとかく。

「いや、俺の早とちりだったみたいで。大騒ぎして、こっちこそごめん」

　それからしばらくお互いに「すみません」と「ごめん」を繰り返す。そのうちに、マンションの廊下でしゃがみ込み謝罪し合っている現状が何だかおかしくなってしまい、私は吹き出した。成瀬さんはキョトンとした表情を見せた後、つられたように笑う。

　二人してケタケタと笑っていると、緊張から解き放たれたせいか突然グゥ～とお腹が鳴る音が響いた。それも2つ同時に。あまりに緊張感のないその音に、私たちは顔を見合わせると、また吹き出した。ひとしきり笑った後、成瀬さんは私の手を引いて立たせると、無邪気に口を開いた。

「はぁ～。お腹空いた。その様子だと石川さんも夕飯まだですよね？　どうですか、これから」

　成瀬さんはクイッとお酒を飲む仕草をしてみせる。その様子が様になっていて、思わず見惚れてしまう。

　あ、その仕草もかっこいい。

　そう思った途端、私の脳内でアラートが鳴り響いた。

　ダメ！

　嬉しいお誘いだが、この展開はまずい。私なんかと一緒にいるところを週刊誌にでも撮られたら、成瀬さんの仕事に影響が出てしまう。

　私は慌てて成瀬さんのお誘いを断る。

「週刊誌に撮られたら大変ですから」