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好きだからこそ……(9)
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「妙なテンションだけど大丈夫? もしかして酔ってる?」
相変わらず整った顔がすぐ近くにある。遠くに行ってしまったと思っていた人が、今、目の前にいる。その事実に、どうしようもなく気持ちが昂っていた。もう、自分でも止められそうにない。
私は成瀬さんが離れてしまわないように、彼のシャツの袖口をぎゅっと握った。そして、唇を尖らせる。
「麦茶で酔ったりしません!」
口では酔ってないというくせに、駄々っ子のように掴んだ袖を離さない私。そんな私を成瀬さんは困ったように見つめる。
「相変わらず麦茶なんだ。……でも、その割に、今日の石川さん、ちょっと……変……だよ」
成瀬さんは言いにくそうに言葉を濁す。私は彼のシャツの袖口をさらに強く握った。
……だって、離したくない。
そう心の中で呟いて、私は成瀬さんの目を見つめたまま、小さく首を振った。
「変じゃない。推しが目の前にいるんだから、テンションだって上がります。……それに、久しぶりに会えたんだから……」
最後はつぶやくようにそう答えた私に、成瀬さんは一瞬驚いたように目を見開く。それから空いている方の手で自身の顔を覆った。ふぅと深く息を吐く音が聞こえる。
しばらくの間、成瀬さんはそのままの姿勢で固まっていたけれど、やがて意を決したように顔を上げて私を見た。袖口はまだ私に掴まれたまま、ゆっくりと口を開く。
「俺、グループでデビューしたんだ」
「……知ってる」
「最終選考が終わってから、生活が激変してさ。寝る間もないくらい」
「だろうね。いつも何処かで成瀬さんを見るもん。私の推し、大活躍」
そう言ってニヤリと笑う私の言葉に、成瀬さんは少し照れくさそうに笑った。それから一度大きく深呼吸をして、再び口を開く。
「石川さんに応援してって言っておきながら、直接報告出来ずにいたことがずっと気になってたんだ」
私を見つめた成瀬さんの目はとても優しかった。まるで愛しい人を見るように、真っ直ぐで暖かい視線。
画面の中の成瀬陽一じゃない。私だけが知るベランダの成瀬さんがそこにいた。
成瀬さんを繋ぎ止めようと袖口を掴んでいた手の力が自然と抜けていく。ようやく解放された彼の袖口は、少し皺になっていた。
成瀬さんはそっと私の頭に手を置いて、優しくポンポンとする。それはまるで小さな子供をあやすような仕草だった。
「えっ? なに?」
突然の出来事に、私は思わず声を上げる。
すると成瀬さんは、さらに優しく私の頭を撫でた。
相変わらず整った顔がすぐ近くにある。遠くに行ってしまったと思っていた人が、今、目の前にいる。その事実に、どうしようもなく気持ちが昂っていた。もう、自分でも止められそうにない。
私は成瀬さんが離れてしまわないように、彼のシャツの袖口をぎゅっと握った。そして、唇を尖らせる。
「麦茶で酔ったりしません!」
口では酔ってないというくせに、駄々っ子のように掴んだ袖を離さない私。そんな私を成瀬さんは困ったように見つめる。
「相変わらず麦茶なんだ。……でも、その割に、今日の石川さん、ちょっと……変……だよ」
成瀬さんは言いにくそうに言葉を濁す。私は彼のシャツの袖口をさらに強く握った。
……だって、離したくない。
そう心の中で呟いて、私は成瀬さんの目を見つめたまま、小さく首を振った。
「変じゃない。推しが目の前にいるんだから、テンションだって上がります。……それに、久しぶりに会えたんだから……」
最後はつぶやくようにそう答えた私に、成瀬さんは一瞬驚いたように目を見開く。それから空いている方の手で自身の顔を覆った。ふぅと深く息を吐く音が聞こえる。
しばらくの間、成瀬さんはそのままの姿勢で固まっていたけれど、やがて意を決したように顔を上げて私を見た。袖口はまだ私に掴まれたまま、ゆっくりと口を開く。
「俺、グループでデビューしたんだ」
「……知ってる」
「最終選考が終わってから、生活が激変してさ。寝る間もないくらい」
「だろうね。いつも何処かで成瀬さんを見るもん。私の推し、大活躍」
そう言ってニヤリと笑う私の言葉に、成瀬さんは少し照れくさそうに笑った。それから一度大きく深呼吸をして、再び口を開く。
「石川さんに応援してって言っておきながら、直接報告出来ずにいたことがずっと気になってたんだ」
私を見つめた成瀬さんの目はとても優しかった。まるで愛しい人を見るように、真っ直ぐで暖かい視線。
画面の中の成瀬陽一じゃない。私だけが知るベランダの成瀬さんがそこにいた。
成瀬さんを繋ぎ止めようと袖口を掴んでいた手の力が自然と抜けていく。ようやく解放された彼の袖口は、少し皺になっていた。
成瀬さんはそっと私の頭に手を置いて、優しくポンポンとする。それはまるで小さな子供をあやすような仕草だった。
「えっ? なに?」
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