推しと清く正しい逢瀬（デート）生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

再会 ×（偶然）³ ＋きゅん＝ ゼロ距離って、合ってます？（1２）

「あっ！　俺、ここで降ります」

　成瀬さんが慌てて立ち上がる。

「えっ？　私もです」

　成瀬さんの勢いにつられて私も立ち上がり、思わぬ偶然に私たちは顔を見合わせる。そうこうしているうちに電車は駅のホームへと滑り込み、やがて停車した。

　ホームに降り立った私たちは同じタイミングで笑い出す。

「何これ？　すっごい偶然。こんなことあるんですね」

　私が言うと、成瀬さんも頷いた。私たちは笑い合いながら改札を抜ける。

　成瀬さんの心地良い声音をもっと聞いていたいと思った。けれど、さすがに夜も遅い。これ以上はダメだ。そう思い直す。私は名残惜しさを感じながらも足を止める。成瀬さんも足を止めて私を振り返った。

「今日はありがとうございました」

　成瀬さんに向かって頭を下げる。

「推しの話を……蓮の話を飽きずに聞いてもらえて嬉しかったです」
「俺の方こそ楽しかったですから」

　成瀬さんは少し照れたような顔で微笑んだ。その表情に私の胸がまた小さく高鳴った気がした。

　名残惜しい。

　そう思いながら私が再び口を開きかけた時、成瀬さんが腕時計に視線を落とした。その仕草がまるでドラマのワンシーンのように様になっていて、思わず見惚れる。ポォっとした視線を送っていると、腕時計から視線をあげた成瀬さんと目があった。

「あの……もう遅いですし、家まで送りましょうか？」
「え？」

　思いがけない言葉に思わず硬直する。

　……お、送る？　だいぶ打ち解けたとはいえ、さすがにそれは……。

　固まる私の様子で、自身が発した言葉がどのような意味あいで受け取られているかを察したらしい成瀬さんは、慌てたように言葉を付け足す。

「あ、あの。石川さんの家を知りたいとか、そういうことでは決して……。やましい気持ちはないですから！　ただ……その、こんな時間に女性を一人で帰すのは危ないかなと」

　私は自分の足元を見つめる。やましい気持ちがないと言われて、ほんの少し萎んだ気持ちが私の中にあったのだ。そんな自分に心の中で活を入れる。

　何考えてんの、私。そういう対象として見られていなかったことがなんだっていうの？　やましい気持ちがある方がダメでしょ？

　そう自分に言い聞かせる。でも……やっぱり少し凹む。そんな自分の心から目を逸らして、私は慌てて首を振った。

「だ、大丈夫です。この先の商店街を抜けてすぐなので」
「えっ」

　成瀬さんが驚いたように声を上げる。次の瞬間、私の耳に飛び込んできた言葉は完全に予想の範囲を超えていた。