初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ

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エピローグ

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 いつも仕事で遅くなるゲオルグから、今日は夕食を共に出来ると手紙が届いた。
 そこには、バルバロッサも同席すると書いてあり、メリアは使用人たちにこれまでのもてなし方法を聞きながら、準備をすすめる。
 例のレイブランド元子爵の一件以後、バルバロッサとは二度、ティータイムを共にしていた。
 どちらも屋敷の庭で、モナやハマルが用意した紅茶と菓子を嗜む気楽なものだったが、そのたった二度のティータイムで、メリアのバルバロッサに対するイメージは変わった。
 近寄りがたく硬派な印象があったが、とても気さくな方で、今尚メリアの母を大切に想ってくれている。
 メリアを血縁の家族だと言ってくれる、大切な伯父なのだ。
 ややメリアを可愛がり過ぎるところがあるが、それも愛嬌だろう。
 和気あいあいなゲオルグとバルバロッサを思い描いて、メリアは微笑んだ。

(夕食でのおもてなしは初めてだわ、頑張らないと)

 よし、と拳を握り締めて気合を入れるメリアに、そっと声がかかる。

「奥様、あまり張り切ると失敗しますよ」
「えっ! ……私、失敗すると思う?」
「正直に申し上げますと、思います」
「意地悪! ハマルは日に日に意地悪になるわ」
「いいですね、そのように気楽になさるのが奥様らしいかと」

 ふふ、と笑うハマルに、メリアは憮然とする。
 そのとき、主人帰宅の先触れがきて、メリアはすぐに玄関へ急いだ。
 僅かもしないうちにゲオルグが帰宅し、真っ先にメリアの元へ急ぐと胸に押しつけるように抱きしめた。ゲオルグの香りに混ざって、初夏の香りを感じ、そういえば庭の花々も姿を変えつつあったことを思い出す。

「おかえりなさいませ」
「ただいま、メリア。変わったことはなかったか?」
「はい」

 そっと胸から顔をあげると、微笑むゲオルグがいた。
 メリアは、ぽ、と頬を染めてしまう。

(どうしよう、好き)

 そんなことを考えていると名前を呼ばれた。
 バルバロッサが美しい顔を蕩けるほどに歪ませて、メリアに向けて両手を広げている。
 メリアがその胸に飛び込もうとしたとき、ゲオルグは傍にいたハマルの腕を引っ張り、バルバロッサの胸に押しつけた。

「……申し訳ありません、俺にそんな趣味はないので」
「当たり前でしょう、退きなさい!」

 ゲオルグはバルバロッサの視線を受けて、不敵に微笑んだ。
 相変わらず、悪い男の顔をしている。

「ゲオルグ、嫉妬は見苦しいですよ。久しぶりの姪との逢瀬なんです、抱きしめてもいいでしょう!」
「夫婦になって尚、私の愛は揺るがないのだ。そう簡単に触れさせるわけなかろう」
「揺るがないまでも、少し柔らかくしたらどうですか? 最近のあなたはメリアに対しての愛が駄々洩れ且つ歯止めがきかなくて、大変気持ち悪いと報告が上がっています」
(えっ!)

 ゲオルグの評判に関わることならば、メリアとて黙っているわけにはいかない。
 ゲオルグのメリアに対する溺愛ぶりは、今や周知だ。特に問題ないと思っていたが、かっこいいゲオルグを気持ち悪いと誤解させるなど、とんでもなかった。
 メリアに何か出来ることはないかと聞こうとしたとき、ハマルがそっとメリアの前で手を振った。

「夕食が冷めてしまいます、食堂へまいりましょう」
「でも」
「旦那様もゲスト様も放っておいて問題ありませんよ。奥様がレイブランド元子爵に捕まりかけたとき、旦那様が物凄い形相でレイブランド元子爵を殴りつけたのを覚えておられますか?」

 後日、墓地でレイブランド元子爵が吹っ飛んだ理由が、ゲオルグの拳によるものだと聞いた。愛する妻を救い出すナイトだと、モナからも熱く語られたほどだ。
 だがいかんせん、距離が近すぎただめ、メリアにはゲオルグの行動が見えておらず、気づいたときにはバルバロッサがレイブランド元子爵を血祭りにあげていた。
 ゲオルグの雄姿を見ていないとは言い出しにくくて、それとなく濁している。

「……ええ」
「おや。間がありましたね」
「それよりも! やっぱり先に食堂へ行くなんて駄目よ。私も――」
「奥様がいたら、もっと面倒くさいことになりますよ」
「うっ」
「張り切るのは結構ですが、奥様は『私も頑張らなきゃ』と自分を追い込みすぎです。ほどほどでいいんですよ、ほどほどで」
「で、でも」
「頑張り時がきたら、俺たち使用人が教えて差し上げます。一人ではないのですから、もっと頼ってください」
「そうですよ、奥様」

 いつも傍にいるモナも同意をくれて、メリアは頷いた。

「……ええ、ありがとう。モナ、ハマル。他の皆も」

 そしてメリアは先に食堂へ向かった。
 暫くして、脱兎のごとく食堂へやってきたゲオルグとバルバロッサは、メリアを責めるではなく、メリアを放置して二人でやり取りしていたことを謝罪した。
 どうやら、蚊帳の外に置かれたメリアが落ち込んで先に行ってしまったと思ったらしい。
 そんなことがあり、やっとのこと夕食となった。

「メリア、メリア。私のことをどう思っていますか?」
「とても頼りになる騎士様で、大切な伯父様だと思っています」
「んふふふふふふ」

 彼のファンが裸足で逃げていくほどに表情をだらしなく蕩けさせたバルバロッサは、夕食を終えたあと、机を回り込んでメリアを抱きしめた。

「やはり私は、メリアと結婚します」
「……帰れ」

 ゲオルグの絶対零度な声音が部屋の気温を下げ、蹴りつける勢いでバルバロッサを部屋から追い出すところまで、いつものティータイムと同じだった。
 両手をぶんぶんと振りながら、何度も振り返って帰っていくバルバロッサを、姿が見えなくなるまで見送る。

「伯父様とのお食事も、賑やかでいいですね」
「賑やかなのがよいのならば、家族を増やそう」

 そう言ってメリアの腰を引き寄せると、ゲオルグはメリアの髪に指を差し込んで、自分の胸にぐりぐりとメリアの貌を押しつけた。

(苦しいっ!)

 ぷは、と息を吸い込みながら顔をあげると、頬を赤くしたゲオルグと目が合う。慌てて顔を逸らすゲオルグだが、耳まで赤いので、照れているのは一目瞭然だった。
 つられて、メリアも頬を紅潮させた。

(家族を増やすって、そういうこと⁉)

 確かにメリアもいい歳だし、元々子どもを望まれていたし。

「……誤解するな。バルバロッサをメリアから遠ざけるためではない。むしろ子が出来れば、さらに足しげく通う可能性もある」

 げふん、と露骨な咳ばらいをしたゲオルグは、そっとメリアを見下ろした。

「私の子を、産んでくれるか?」

 答えなど、わかりきっているのに、律儀に聞いてくるゲオルグにメリアは微笑んだ。
 今度は、誤解でもなければ訳あり結婚状態でもない。
 メリアは自分の意志で、返事をした。
 返事を聞いて喜びに表情を綻ばせたゲオルグは、すぐさまメリアを抱き上げて寝室へ直行する。

(……嬉しい)

 メリアは、幸せを噛みしめる。
 今だけではない。
 ゲオルグが帰ってくるたび、朝起きるたび、一緒に食事をするたび……あらゆる場面で、メリアは幸せだと感じた。

 きっと、この幸福は生涯続くのだろう。

 愛しい人との間に子が生まれ、歳を取り、子の成長を見守って。
 メリアはゲオルグと共に、幸福で彩られた生涯を送るのだ――。
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